4-1
翌日、宿を出た貴臣と昴は、チンピラのたむろする街を散歩していた。
貴臣は周囲を見回す。柄の悪い男達が、地面に座り込んで思い思いに過ごしている。
賭け事に興じる者。今にも殴り合いが始まりそうな者。酔っ払って陽気に笑い合っている者。
五感に染みつくような治安の悪さを噛み締め、貴臣は感動に打ち震える。
(朝の爽やかな空気には似つかわしくない、このギスギスした空気! ああ、堪らない……)
凶悪な顔つきをしている街のゴロツキ達は、昴に気がつくと素早く立ち上がり、直角のお辞儀をする。
「おはようございます、アニキッ!」
「アニキ、ざーっす!」
「おう。お前等、あんま朝から飲み過ぎんなよ」
「はい! 気をつけます! ありがとうございます!」
(黒咲さん、この辺りのゴロツキ共から本当に信頼されてるんだな。「アニキ」呼びも、舎弟と兄貴分という感じがして良いな。……良いな)
貴臣は思わず口元に笑みが浮かびそうになるのを手で隠す。だが、昴は見逃さなかった。
「おいおい弌ノ瀬クンよぉ、んなニヤニヤしてどうした? マブい女でも見つけたか?」
昴は楽しげに貴臣の肩に腕を回す。ちょうどその時、少女達の派手な笑い声が聞こえてきた。
数メートル先の道端で、派手な髪色をした少女達が座り込んで喋っている。彼女達は、現代でいうところの「ギャル」「地雷系女子」のどちらにもそぐわない刺々しい雰囲気を放っている。
(おお、まさかあれは、この世界におけるレディースではないか? あの髪は地毛ではないよな? どうやって染めているんだろうか……)
貴臣はしげしげと少女達を見つめた。昴は、「なるほどな」と不敵に笑う。
「童貞くんはああいうのが好みなのか」
貴臣は眉を顰め、口を閉ざした。貴臣が恥ずかしがっていると思った昴は、
「んな顔すんなって! 男だったら女に興味あんのは当然のことだろ? な?」
と言って、貴臣の肩を強く叩く。
貴臣は尚も黙り込んだままだった。
「おい、どうしたよ。俺が童貞っつったのがそんなに嫌だったのか?」
「……そういうわけではないのですが」
「じゃあ何だよ」
貴臣は非常に困っていた。昴の問いかけに対して、どのようなリアクションをすれば良いのか分からなかったのである。
元の世界では、下ネタや恋愛話をするような友人はいなかった。進学校の中でも一際真面目な同級生とばかりつるんでいたせいかもしれない。
貴臣は、恋愛耐性が異様に低かった。今、彼の頭はいつになく目まぐるしく回転している。
(ヤンキー漫画文脈で考えるなら、女性に興味があるというスタンスは分かりやすく表明しておくべきか? いや、でも女性と親交を深めたところでドンパチできるというわけでもないし……いや待てよ。一人の女性を争って男同士で戦うという展開は、ヤンキー漫画でもかなり王道だ。いや、しかし僕の勝手な趣味に無関係な人を巻き込むわけには……)
昴が、貴臣の顔の前で手を振る。
「おい、生きてっか?」
「……ああ、すみません。どう動けばより面白い展開になるかを考えてました」
「何言ってんだお前」
「こっちの話です」
貴臣は咳払いをして、気持ちを切り替える。自分の恋愛観について考えるのはやめておくことにした。
「そ、そういえば、くろさ……アニ……いや、黒咲さんはお付き合いされてる方はいらっしゃらないんですか?」
昴はフンと鼻息を軽く鳴らす。
「んなのいねぇよ。こっちの世界でもな。ったく、俺ほどの男前を放っておくなんて、あいつら見る目がねぇぜ」
「でも、ニーナちゃんに結婚を申し込まれてたじゃないですか」
ニーナとは、二人が泊まっている宿屋の主人の娘だ。
「アイツ5歳だぜ? ガキに興味はねぇよ」
「では、どういった女性が好きなんですか?」
「そうだなぁ」
昴は目を閉じ、ニマニマと笑みを浮かべる。
「俺は派手な奴よりは清楚な方が好みだな。そんでもって、年上で、綺麗系の顔で……」
なるほど、と貴臣は頷き、鞄からペンとメモを取り出す。
「『黒咲昴は年上の女性が好き』、と」
「……何やってんだお前」
「次にまた似たような話になった時、より円滑な会話ができるようにメモリーしておきたいんです」
貴臣の眼鏡がキラリと光る。
「さあ、続きをどうぞ。恋バナの準備はできています」
「そうだなぁ。何より大事なのはオッパイのデカさ_____って、できるかボケ!」
「『黒咲さんはノリツッコミも可能』と」
「もはや俺の観察日記じゃねぇかよ、それ」
貴臣は満足げに頷く。
「黒咲さんの好みは大体理解できました。次はルクレツィアさんですね」
「は? 何で今ルクレツィアの名前が出てくるんだよ」
「ちょうどそこにいるので」
貴臣は背後を指さした。昴は勢いよく振り返る。すると、建物の影に身を隠すようにして、ルクレツィアが二人の様子をじっと窺っているのが見えた。
ルクレツィアは見られていることに気がつくと、慌てて身を隠す。
昴は唖然とした。
「……お前、さっきから気が付いてたのか」
「はい。宿屋を出た時から、気配はしてましたよ」
「早く言えよ! 危ねぇだろうが!」
昴は貴臣に掴みかかる。
「……あのよ。ひとつ言っておくが、この場所は普通の女が歩いて良い場所じゃねぇぞ」
「そうでしょうね」
「そうでしょうって、お前なぁ。もしアイツが怪我したらどうすんだよ。責任取れんのか?」
「実は、僕もそこが気になっていたんですよ」
「あぁ? どういうことだ?」
昴は片眉を吊り上げ、怪訝な表情をする。
「僕達は昨日、彼女を王宮近くの街まで送り届けた。そうですよね?」
「おう」
「ここで重要なのは、王都から森に至るまでの道程です」
「童貞?」
「黒咲さんに案内していただいたことで分かりましたが、王都から森に行くには、この治安の悪い区域を絶対に通らなければならないんですよ」
貴臣は辺りをぐるりと見回す。
王都から森までは、ほぼ一本道だ。ルクレツィアがこのスラム区域に近い森の入り口で蜘蛛に捕まっていたことからも、この道を通って森に入ったのは間違いなさそうである。
「ルクレツィアさんが無事に森まで辿り着けたというのは、本来おかしいことなんです。彼女、どこからどうみてもこの辺りに住んでるような見た目はしていないでしょう?」
「おお?」
要するに、と貴臣は話をまとめる。
「彼女、只者ではありませんよ。あるいは、彼女自身は普通かもしれないが、彼女の傍についている者が相当腕が立つ可能性がある。はっきりとした根拠はありませんが、そんな気がしませんか?」
昴は頭を押さえ、呻き声を上げる。
「まさか、ルクレツィアのことを調べるために外に出たいっつったんじゃないだろうな」
「最初はただ散歩をするつもりだったんです。でも、あそこまで熱心に見つめられると、彼女の正体が気になってくるじゃないですか」
貴臣は平静とした表情で言ってのける。
「僕が思うに、あれは好意ではありませんよ。恋をする人間が、あのような恐ろしい形相をすると思いますか?」
昴は背後を振り返った。ルクレツィアが、全身からドス黒いオーラを放ちながら、ぶつぶつと呟いている。
唇の動きから、言っていることは何となく分かる。
『チーノ様……』
昴はゾッと顔を青ざめさせた。
「確かに恋って顔じゃねぇけどよ、だとしても嫌ってるって感じでも_____」
昴がそう言いかけた時、
「きゃあああッ!」




