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_____「Mr.ガリ勉」と呼ばれるこの僕が、まさかヤンキー漫画を愛読しているのだとは、誰も思うまい。
路地裏で、弌ノ瀬貴臣は一人の男と出会った。
金髪のリーゼント。紫色の特攻服の背に白い刺繍で刻まれた
「邪男歩輝徒」
の文字。
ヤンキー漫画の世界から飛び出してきたような「理想の」男が、目の前に立っている。
そして、そのヤンキー男は、これまたファンタジー漫画の世界から飛び出してきたかのような、異形のモンスターと対峙している。
「あ、危ない!」
モンスターは口から炎の玉を吐き出した。ヤンキー男はその攻撃を間一髪で避ける。炎は地面に当たると、土を黒色に焦がし、シュウシュウと白い煙を上げる。
ヤンキー男が貴臣の方へと顔を向ける。
「おい、そこのシャバ僧。さっさとどっかいけ」
貴臣が返事をしないでいると、ヤンキー男は苛立って舌打ちをした。
「聞いてんのか! 邪魔だから失せろっつってんだよ!」
ヤンキー男の剣幕に対し、貴臣は全く怯まなかった。
「……いやです」
「ハァ?」
貴臣の心臓は、ドクドクと早鐘を打っている。恐怖ではなく、喜びで。
「シャバ僧などと馬鹿にされて、尻尾を巻いて逃げていたら、男が廃るというものです」
「……いや、お前のプライドはどうでも良いけど、危ねぇから早くどっか行けよ」
「心配には及びません。僕、こう見えて結構強いんです」
「はあ? お前が?」
貴臣は学生鞄を地面に置き、メガネを制服の胸ポケットに差し込んだ。視界を遮る前髪を、頭を揺らして払い除けながら、ネクタイを片手で外す。
_____ “待”ってたぜェ、この“瞬間”をよォ!!
右拳にネクタイを巻きつけ、貴臣は一直線にモンスターへと走り寄った。モンスターの胴体へと、捻った拳を叩き込む。
ズシン、と骨に響き渡る衝撃。
モンスターは悲鳴を上げ、長い首をうねらせた。
貴臣は立て続けにモンスターに攻撃を仕掛ける。目を見開き、口の端を上げて静かに笑いながら。
(ああ、楽し過ぎる!)
ヤンキー男は貴臣のその表情を見て、背筋をゾクリと震わせる。
「……おもしれぇ。ただのシャバ僧とはワケが違うみてぇだな、お前!」
*
時は少し前まで遡る。
貴臣は気がつけば見知らぬ場所に飛ばされていた。
真っ暗な部屋の中、彼の足元だけが薄ぼんやりと輝いている。
視線を下に向ける。蛍光色の魔法陣の上に貴臣は立っていた。
そして……一人の人間が、魔法陣の前にしゃがみ込み、祈りを捧げるようなポーズをしている。
三角帽子で目元を覆っているため顔貌を窺うことはできないが、小柄な体躯と唇を彩る真っ赤な口紅のおかげで、女性だということはかろうじて理解できる。
女性は不意に顔を上げ、ビクッと体を震わせた。
「あれれ? 何で? あれぇ?」
女性はあたふたと立ち上がると、貴臣に駆け寄ってくる。貴臣の体をペタペタと触り、首を何度も傾げ、ひとしきり独り言を呟くと、
「あ、あの、あなたのお名前は?」
と尋ねてきた。
「……そういうあなたは一体_____」
貴臣が困惑しつつも尋ねると、女性は唇を歪ませ、声を震わせた。
「そ、そうですよね。まずは私が先に名乗るべきでしたね。申し訳ありません……私はラルメリア。王宮で、召喚士の仕事をしているんです」
「召喚士?」
「別の世界から、ありとあらゆる物質をこの世界に運び込むお仕事をしていて……あの、ところであなたのお名前は_____」
ラルメリアは下手に出るような態度だ。貴臣は胡散臭さを抱きつつも、
「弌ノ瀬貴臣です」
と答える。
「い、イチノセタカオミさん! 素敵な名前ですね!……うう、そういう話がしたいんじゃなくてぇ……」
ラルメリアは胸に手を当て、何度も深呼吸を繰り返すと、意を決して口を開く。
「あ、あの、実は……私、召喚する人を間違えちゃったみたいです」
そう言ってラルメリアは「てへぺろ」とでも言いたげに舌を出した。




