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(短編)ウーバーです

作者: 昼八伊璃瑛

 僕は再びウーバーイーツでローソンを頼んだ。

 15分で到着するらしい。

 何か食べることでしか癒せない出遅れというものがあると思っている。

 僕の場合はそれが毎朝のエンジンふかしであって、朝の諸作業のどこから手をつけるにしろまず朝ごはんを食べなければ始まらないという所があるのだ。

 であれば朝食作りが先に来そうなものだが、実際、調子が良ければ作るのだが、明確に遅刻という概念が存在する平日の朝は何を作ろうか悩んでしまう。悩んだ末に作ったものが大して美味しくない。いや、美味しいが、悩んだ末に十分かけて作ったにしては全く割に合わない味気なさだと言う他ない。しかし朝に味を追求しすぎても遅刻のリスクが味覚を衰えさせてくる。火の元の確認が疎かになりもするだろう。日の本だけに。

「削除するか……」

noteにベタ打ちしていた「ひのもとだけに」をテチテチと抹消。

 下書きをしている方が気は楽だが下書きをしてそれを転記した瞬間「そんな大層なもんだろうか」と思う。不安とむなしさを天秤にかけて、むなしさの方が怖かった。

 だから僕は一発本番、noteにベタ打ちでblogというかなんというかを綴って、校正無しの大放出をする方向に打って出た。週に二回これをしなければ動画の再生数も伸びない。逆に、投稿さえすればある程度いつものメンツは見てくれる。見てくれなくても、noteを投稿しなかったから見てくれなかったんだとは思わなくて済む。何をやってもダメだったということに落ち着ける。一打一打に強い拍動を感じながら句点ごと視野が暗がるのを感じながら、投稿する時には毎回腕が痺れている。

 短期的に見れば会社での通常勤務の方が遥かにストレスフリーだった。定期代が出る会社なので交通費を気にしないでいいし、オフィス街は元々嫌いでもなんでもなくて、丁寧に磨かれた建物で、おわりとはじまりを他人に区切ってもらって、自信を持ってそこにいられる。むなしさとは無縁でいられる。

 しかしそこで一生終えろとなると途端極大の失望が目の前にデッデレとかぶさってくる。僕は音楽の道を見定めて動画を投稿してからやっとその失望を少しづつ晴らすことができるようになった。

 しかしながら、いかんせん、日常生活ほど難しいものは無い。なまじっか節約も贅沢も経験のある大人にとっては、早起きも遅起きも経験のある大人にとっては、全てが全てチョイス次第になってしまう。日常生活だけは平和で安全でそれなりに幸福であるべきだ。日常生活が幸福でなければ、日常生活くらい上手くやれなければ、自分はきっと何もなせない、と思わなければならないプレッシャーが突如独身の乾燥肌を滅多打ちにしてくるのである。

 多分これは寒さのせいもあるのだろう。冬SADと言うらしい。特務部隊みたいでかっこいいからそのうちHSPみたいに市民権を得るんじゃないかと期待している。

 特に外敵もおらず、過去にトラウマもなく、心に傷などおってもいない僕の憂鬱は、気持ちいい朝が来ないというその一言でカタがつく。

 気持ちいい朝を迎えられない代わりに怠惰で無機質なドーピングを行うべくたどり着いたのがウーバーイーツでローソンを頼むことだった。

ローソンなら単品価格が(ほかのレストランに比べれば)比較的低く、トイレットペーパーやら二リットル水やらもあるのでいくらでも千五百円の壁を超える口実がある。冷凍食品も買えるし実際に翌日の力になって貰っている。

 カット野菜は二回に一回腐って終わるがついでだから仕方がない。可哀想だとは思うし申し訳ないとも思う。それでも、自分でひと玉から切り分けたレタスサラダとわざわざ油汚れをキッチンに作ってまで朝っぱらから作った目玉焼きと消費期限を気にして無理やり二枚焼きこんだトーストに皿を使われてしかもなんだかモサモサしていた時の、全てへの申し訳なさに比べれば、本当に話にならないくらい些末だと思う。

 好きなことで頑張って、好きでないことも頑張って、やりたくない日も頑張ってはいる。信用できるんだかできないんだかよくわからない好き嫌いを受け取って、それでも学びを続けている。はたして、一日の頑張りを始めんとする朝の時間に、値段相応に、手間相応に、こんなもん食うんじゃなかった作るんじゃなかったなんて思わせないでいてくれる、そういうものがないと、顔を洗いたくなくなった。


ふと思いたち。注文履歴を見た。

一つ前の注文履歴はひと月前のものだった。


*****


 ひと月ほど、僕はウーバーイーツを卒業することに成功していた。

 会社の後輩の女子が一人、たまたま近くに住んでいることが判明した。そして、何かしらの拍子でうっかり、この惨憺たる朝について口を滑らしてしまったのだ。

 捌けた性格の彼女のこと、そりゃしんどいですね、何しろ野菜が足りないと言った後、じゃあ近くのモーニングを食べましょうよと誘ってもらった。それも毎日である。不思議なことに……いや当然なことに、僕は出勤前モーニングにつき全く身じたくが苦にならなかった。いくらでも思いつきで家事をこなして、お決まりのカフェに走っていった。

 彼女は僕の音楽やらnoteやらを否定しないでいてくれたし、自分の好きな物をおしえもしてくれた。彼女に教わったものを摂取するんであれば、大義名分十分な状態で未知の世界に触れることが出来る。そして彼女もまた、別にいつだって、朝はモーニングにありつきたいのだと気楽なふうにいてくれた。聞けば引越し間近という話で、それまでの間に毎日モーニングをしようと思っていたが、道連れの人を探していたのだと言う。

 僕は彼女に聞かれれば必ず朝の気だるさを語った。聞かれなければ何も言わなかった。しかし共有してもらうだけで少し心は楽になった。

 先輩、もっと他の人にも話しましょう。同じ気持ちの人もきっといますよ。私は同じ気持ちじゃないけどわかりますよ。そう言ってくれた。実を言うと冬SADという言葉で世界中によくある話ということを僕は既に知っていたが、彼女にはそんな単語あえては聞かせなかった。僕のある種の苦しさを、僕の抱える苦しさとして率直に受けとって欲しかったからだ。

 そして先週の金曜日の朝、来週からは引越し作業で来られなくなるというタイミングで、僕は珍しく、というか多分初めて、自分から、朝の重たさについてあてもなく、しかしいままでで最も本心から語った。それが彼女のおかげで少し解消されてきた、ありがとうと、伝えた。

彼女は苦しげに呟いた。


 言いづらいですけど、いつまでもそんなことばかり言ってたらバチが当たりますよ。やりたいことやってるんだからいいじゃないですか。


 僕はつい、言葉を飲んで。そこから言葉を失った。

 彼女はこれ幸いとばかり続けた。

 私は先輩に元気を出して欲しかったし、先輩と一緒にご飯が食べたかった。

 でも先輩はその場の朝を充実させることしか考えてなかった。

 私ってウーバーですか?とか……。いや、すみません、ちょっとそれは、言い過ぎかもだけど。 

 ……引越ししちゃうって話はずっと前からしてるのに、なんで、引っ越したあとの約束くらいそちらからしてくれないんですか。

 そういう所なんじゃないですか。

 私は1ヶ月あなたの話を聞いてきたんです。力になれたらと思って。楽しい時間を過ごしたいと思って。でも先輩は1ヶ月、少しましな朝をすごしただけですか?

 そんな風に一年二年過ごしてきたんでしょう、目の前の人間を見ないできたんでしょう。

 一瞬一瞬返ってこないんです。時間は返ってこないんです。人生は一回だけだし、私はそのつもりで先輩といたんです。

 私のこと、一体なんだと思ってます?


 彼女が女性として怒ったのか、人として叱ったのか、どっちのつもりか、僕にはそれを判断できなかった。

 ただ確かに言われてみたら、朝の調子どうですかと聞いてくる割に、返事をしたらすぐ他の話に切りかえていたなとか、僕が必死で取り組んでいるものを"否定しない"だけだったなとか、彼女の好きな物の話ばかりだったなとか、色々に思い当たった。

「僕は……」

 僕のその一声聞いて、彼女は涙をためた目を合わせてきた。一瞬一瞬返ってこないんです、と言わんばかりだった。冬SADって知ってる?と言いそうになって、あー自分はそういう奴なんだなと思った。彼女の言い分がそれはそれで正しくかなしい。

 そうだね。君の言う通りだね。全くもってその通りだね。僕も心底そう思う。

「僕は……だからこそ、何気なくやって行ける時間が、欲しかったんだ。そのせいで、失礼な態度とってたらごめん」

これを言ったら泣かれるな、

「お互い、自分の都合のいいように、話しちゃったんだろうね」

本当に泣かれた。

 彼女も僕も、欲しいものを手に入れる為だけに会話していたんだなと、改めて腑に落ちた。

 きっと彼女は僕の言ったこの言葉もよくわかってないだろうし、自分の言った言葉の意味もよくわかっていないだろうし、僕も彼女がどうして僕にそんな多大な期待をしたのかよく分からなかったから、お互い様という言葉で何とか自分を納得させた。

 大人になるとはこういうことか?

 心に余裕が無くなることか?

 自分の都合しか目に入らなくなることか?  

 近視みたいなものだ。自分の手元くらいしかピントが合いやしないのだ。なるほど老化の一種だろうな。野菜食べたら多少はマシになるだろうか。


*****


 ひと月ぶりウーバーイーツが届いた。

 寒いと言ってるのにアイスメガラテを3秒啜って胃の中に膜を張り、期待せずにからあげクンをひとつ放り込む。と、思いのほかに美味しくて、期待していなかったのが申し訳なくて、やっと呼吸が肺に入った。そしてなんだかよく分からないうちに涙がボロボロボロボロこぼれた。そのくせ呼吸は穏やかだった。


 一瞬一瞬返ってこない。

 だから一瞬も無駄にせず、できる限り全国で個体差が出ないよう仕組まれた、できる限りみんなが同じ幸せを享受できるよう仕組まれた、このプロダクトを運んでもらう。断じて自分のせいにしなくていい、断じて有意義なんかじゃない、断じて心の柔らかいところになんか触らない、ごく当たり前のエンジンを、普通に自分で温めたいだけ。

 もしも仮にこのエンジンが冷えて固まったら?

 全てのやる気が止まっちゃったら?

 二度と戻ってこれなくなったら?

 怖くて怖くて怖かった。そこから逃げたいだけだった。

 馴染み深い美味しいものに、背中を撫でてもらわないと、胃が上がったまま下がらない。この気持ちがわからないなら、自分のことなど初めから放っておいて欲しかった。


 タイトルをつけて投稿し終えた。呪い呪い、うらみうらみ、それでも少し体が温まってきて、仕方なくカット野菜をゆっくりとかみ締めてみることにした。


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