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平民出の令嬢は継母と義姉にいじめられる……って全部誤解ですから!  作者: 紗幸


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アラン視点 騎士と金糸の娘

ターニャとアランが出会う前。断罪劇の行われた夜会の前、アラン視点のお話です。


 ーー王城の執務室。


 分厚い扉の向こうで、騎士団長が一枚の報告書を机に置いた。

 蝋燭の炎が揺れ、淡い橙の光が文面を照らす。


「ラウル殿下が、どうやらベルナルディ伯爵家に関して調べを進めておられるようだ」


 その言葉に、アランは眉をわずかに動かした。


「……あの家は、確か国境の防衛にも尽力している由緒ある伯爵家のはずですが」

「それが、どうにも“義理の娘を虐げている”という噂が流れている。国王陛下からの指示で、極秘に調べておくようにとのことだ」


 その言葉を聞き、アランは書面を手に取った。

 名――ターニャ・ベルナルディ。現在16歳。


 彼女が王城での断罪劇に巻き込まれるとは、その時のアランには想像もしなかった。



 調査の結果は、すぐに出た。

「虐待の事実はなし。家族仲、極めて良好。侍女たちの証言も同様」

 騎士団長へ報告をまとめたとき、アランはその結論に安堵を覚えた。

(やはり、ただの噂か)

 王家の密偵も同様の報告を上げてきた。

 ――継母も義姉たちも、ターニャ嬢を心から気遣い、食卓にはいつも笑いが絶えない。


 だが、ラウル殿下はその噂を鵜呑みにし、“正義”の名のもとに動いたのだ。貴族の子息と共に、ラウル殿下が何かを企んでいる情報はすでに入ってきている。


「殿下の暴走を止めるべきでしょうか?」


 その問いに、騎士団長は重く首を振った。


「陛下のご意向は“静観せよ”だ。……おそらく、真実を見極めようとしておられる」


 アランは拳を握りしめた。

(静観……か。何も起こらなければいいが)




 そして、あの夜会の日。

 煌びやかな大広間。笑い声と音楽が満ちる中。アランは騎士団副団長としてではなく、一侯爵家の跡取りとして、客としてその場にいた。


 伯爵家の女性陣――継母エリザベート夫人、二人の令嬢、そして初めて見る淡赤色の髪の少女。


 (……あれが、ターニャ嬢か)


 物静かで、気品のある立ち姿だった。噂にある“虐げられた娘”という印象とは、まるで正反対。

 平民の出自と聞いていたが、彼女の仕草の一つひとつは洗練されており、深い教養と誇りを感じた。


 ――断罪が始まった時。ラウル殿下が立ち上がり、声高に言葉を放った瞬間、会場の空気が急速に冷えていくのがわかった。


「エリザベート夫人は領地の管理権を剥奪し――」


 ラウル殿下の発言に、ざわりとした波が起こる。人々から小さな悲鳴のような息が、いくつも漏れた。


(……やはり、始まったか)


 思わず拳を握る。騎士団副団長として、いや、王国の一人の男として、この偽りの断罪撃を見ながらこの場に留まるのは難しかった。けれど、陛下の「静観せよ」という命が、足を縛る。


(殿下……、あなたは何を見ていたのだ?)


 その時、殿下が振り向いた。

「ターニャ嬢。 あなたを……我々は救いたいと思っている!」


――その言葉が、火蓋だった。


「……はぁぁぁぁぁ?」


 まるで刃が空を切るような、低く鋭い声。誰もが息を呑んだ。彼女の淡い赤髪が揺れ、その瞳が燃えるように光った。


「救うって……? アンタらが? アタシを?」


 会場中が凍りついた。アランの喉がごくりと鳴る。

彼女の声は、怒りで震えながらも清く澄んでいた。


「母さんが死んで、何もなくなったアタシを拾ってくれたのは誰よ!? お母様と、お姉様たちなのよ!それがなきゃ今頃、王都の片隅で野垂れ死んでたかもしれないわ! アタシをこんなに立派に貴族令嬢として育ててくれたのは、この人たちなのよ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、アランの心が撃ち抜かれた。言葉ではなく、その“真っ直ぐさ”に。


 (……これが、“強さ”か)


 貴族社会で育った自分には、あまりにも眩しかった。頬を伝う涙さえもが美しかった。誰もが建前で笑うこの世界で、真っ直ぐな感情を目にすることなどなかったのだ。


 ――心が、動いた。

 それは、長年閉ざされていた感情が、初めて息を吹き返すような衝撃だった。


 彼女は、ただ声を荒げているだけではなかった。家族を守りたいという強い願いが、その一言一言に滲んでいた。


 王子の権威を恐れず、誰の機嫌も伺わず、ただ愛する人を守るために主張したのだ。


 その姿は、あまりにも凛々しくて美しかった。気づけば、アランは息をすることすら忘れて見入っていた。


 国王陛下の沙汰が下ったあと、すぐに彼女の肩が震え始めた。

 怒りの余熱が抜け、現実が押し寄せたのだろう。足元がふらついた瞬間、アランの身体は自然に動いた。


「……っ」

「大丈夫ですか?」


 支えた手の中で、彼女の肩が小さく震えていた。彼女はとても強いのに、あまりにも華奢だった。さっきまで燃えるように立っていた彼女が、いまは小鳥のように頼りない。


(……守らなければ)

 なぜか胸の奥で、静かにそう思えた。



 あの夜のあと、彼女を王城で見かけ挨拶をした。

なぜか彼女が笑うと、胸の奥がくすぐったくなった。

(あの夜、あれほどの強さを見せたのに、今はこうして穏やかに微笑む――本当に、不思議な人だ)


 それから。

 王妃様に見出され、ターニャが王城へ足を運ぶようになった。アランは、たまたまを装って同じ廊下を通るようにした。

 書類を抱えたふりをして、彼女の姿を見かける。


「おや、また会いましたね」

「まぁ、アラン様。偶然ですね」


 (偶然ではないんだが)

 そんな小さなやりとりが、いつしか日常の一部になった。


 彼女が笑えば、朝の稽古の疲れも消えた。

 彼女の声を聞くと、不思議と心が落ち着いた。


 真っ赤になった頬を隠すように俯く彼女が可愛くて、思わず微笑んでしまった。彼女の愛らしさに日に日に惹かれていく自分がいた。



 そして、あの夜会。

 自らエスコートの申し出をしたのは、彼女を他の誰かに奪われたくなかったからだ。

 彼女が大広間に入る瞬間、無意識に息を呑んでいた。

 淡赤色の髪が灯りを反射して、金の糸のように光る。ドレスの裾が揺れるたび、彼女の笑みが花のように開いた。


「……美し過ぎて見惚れてしまったかもしれない」


 思わず口をついて出た。


「アラン様、からかわないでください」

「からかってなんかない。事実を述べただけだ」


 そんなやり取りに、耳まで真っ赤にして恥ずかしがる彼女は、とても愛おしかった。



 そして夜会の後、庭園へと誘った。月明かりの中で、彼女に自分の気持ちを伝えた。


「ターニャ。……俺はあなたと共に生きたい」

 

 もし許されるのなら、あなたの人生を一緒に歩ませてほしい。そんな俺の真っ直ぐな気持ちを、ターニャは微笑みながら受け入れてくれた。彼女の瞳がほんの少し揺れる。握りしめた彼女の手は、とても暖かかった。


「アラン様。私がまた変な噂を呼んだ時は、私の口でアラン様を守ってさしあげます!」


 彼女にそう言われたときは呆気にとられた。俺の事をあの夜のように守ってくれるらしい。俺の事も想ってくれる彼女の強さと優しさに、心が震えた。


「でもその時は、私の剣で君を守ろう」


 そう返した時、耳まで真っ赤にして照れる彼女はとても愛おしかった。


 笑い合う二人の間に、月の光が降り注いだ。彼女の握りしめて、彼女の笑顔は自分が守ると心の底で誓った。



 そして数ヵ月後。

 彼女は俺の妻になった。

 結婚式の日、継母も姉たちも涙を浮かべて笑っていた。王妃様からは祝福の品が届き、彼女の顔は幸せの色に染まっていた。



 結婚式の翌朝、カーテンの隙間からやわらかな朝の光が差し込んでいた。

 昨夜の灯が消えた寝室には、かすかに香る花の匂いと、穏やかな吐息だけが残っている。


 アランは、枕元の淡赤色の髪に視線を落とした。陽を受けて金糸のように光るその髪は美しかった。まるで太陽が朝に溶けていくようだ、と心の中で思う。


 彼はゆっくりと息を吸い込み、目を閉じた。昨日、誓いを交わしたのは確かに現実だった。自分の人生に、これほどの幸福が訪れるとは、かつて想像もしていなかった。


 小さな動き。布の音。

 ターニャが、目を覚ました。


「……おはようございます、アラン様」


 眠たげな声。まだ少し頬が上気していて、柔らかい笑みを浮かべている 彼女がこの声で“おはよう”と告げる朝が、これから続くのだと思うと、胸の奥が静かに熱を帯びた。


「おはよう、ターニャ」

「……起きたら、アラン様がいるなんて……緊張します」

「俺はターニャの寝顔をいつまでも見ていたかったけどな。……おかげで、いい朝だ」


 ターニャが恥ずかしそうに小さく笑った。

 彼女の笑みを見るたびに、胸の奥で何かがほどけていく。それは、今まで感じたことのない種類の安らぎだった。


「……まだ、夢みたいです」

「夢じゃない。君が隣にいる。それが現実だ」


 アランは、ゆっくりとターニャの手を取る。彼女の指が小さく動いて、優しく握り返された。


「君が笑ってくれるなら、どんな戦いにでも負ける気がしないな」


 ターニャは少し顔を赤らめ、視線を逸らした。


「……そういうこと、簡単に言うんですね」

「本気だからな」

「……ずるいです」


 照れたように言って、彼女が笑う。その笑顔が、アランの胸の奥を静かに震わせた。


(あの夜――)


 ふと、記憶の片隅に浮かぶ。断罪の夜、怒りに燃えた彼女が毅然と立ち上がり、家族を守るために声を上げた姿。あの真っ直ぐな瞳を、彼は今でもはっきりと覚えている。

 “誰かを守る”という言葉の本当の意味を、あの時、彼女が教えてくれた。


 そして、あの後。人々の前で毅然と立っていた彼女が、誰もいない廊下で小さく震えていたことも。

 自分の腕の中で、必死に呼吸を整えようとしていたあの温もりも。


――あの時、守りたいと思った。それは騎士としてではなく、一人の男として。


 今、その腕の中にいる彼女は、安らぎに包まれて微笑んでいる。その穏やかさが、何よりも尊いと思った。


「アラン様」

ターニャがそっと彼の頬に触れる。


「……私、本当に幸せです」

「ありがとう。その言葉が、何よりも嬉しい」


 アランは彼女をそっと抱き寄せた。淡赤色の髪が指の間を滑り、朝の光にきらめく。


「これからも君の笑顔が見たい」

「……私も、アラン様の隣で笑い続けたいです」


 静寂の中に、二人の鼓動だけが響く。その音が、まるで新しい時を刻むようだった。


 アランは嬉しそうにターニャの頬に唇を寄せ、静かに囁いた。


「これからも、共に歩こう。君の未来を、俺の手で照らしていく」

「……はい。私もその光を守りますから」


 朝の光が、二人を包み込んだ。淡赤の髪と銀の髪が、寄り添うように輝く。


 新しい一日の始まり、そして永遠の始まり。アランは彼女の髪を撫でながら、胸の奥で静かに誓った。


(この先も、すべてこの笑顔と共に迎えよう)


 そして、ターニャが小さく囁いた。


「……アラン様、大好きです」

「俺もだ。今も、これからも、ずっと」


 やわらかな陽光が、二人の頬を照らす。その温もりが、まるで祝福のように降り注いでいた。




  

最後まで、お読み頂きありがとうございました。


明日から、新作の投稿をはじめます。

このお話とは全く違うラブコメ路線になる予定ですが、よければそちらの方もよろしくお願いします。


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