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平民出の令嬢は継母と義姉にいじめられる……って全部誤解ですから!  作者: 紗幸


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11 婚約


 アランからの正式な求婚の申し出が届いたのは、あの夜会の翌週のことだった。

 その手紙を手に取ったターニャは、何度も何度もその文字をなぞった。

 ――信じられない。夢のよう。


「まあまあ! 本当に、あのアラン様が!?」

「良かったわねターニャ!」


 お姉様たちはターニャを抱きしめて喜びを伝えてくれた。エリザベート夫人も、優しく微笑みながらそっとターニャの肩を抱く。


「あなたの優しさが伝わったのよ。今までの努力が報われたのね、ターニャ。私達はあなたを誇りに思うわ」


 その言葉に、ターニャの胸が熱くなる。

 ――この人たちが、私の家族でよかった。

 心の底からそう思えた。



 婚約の発表の日。

 ベルナルディ伯爵邸のサロンには、花と笑い声が満ちていた。ターニャは淡いピンクのドレスに身を包み、少し緊張した面持ちで立っていた。  

 アランが姿を現すと、アナスタシアがにっこりと微笑む。


「妹をよろしくお願いしますね。少々真面目すぎるのですが、そこがとても可愛いんですの」

「えっ! ちょっとお姉様……!」


 セレスティーヌも続く。

「でも芯は強いから、何事にも負けませんわ。むしろ、たまには振り回される事もあるかもしれませんよ」

「それは光栄ですね」


 アランがそう言って微笑んだとき、ターニャの頬が一気に赤く染まった。

(もう……みんなからかわないで……)


 エリザベートがそっと二人を見つめ、目元を拭った。


「あなたが幸せそうで、本当にうれしいわ。お母様もきっと天国で、微笑んでいらっしゃるでしょうね」


 その言葉に、ターニャの胸がぎゅっと締めつけられた。母のことを思い出しながら、指先で無意識に自分のハンカチに縫い込んだ小さな花の刺繍をなぞる。


 ――お母さん、見てる?

 わたし、今、本当に幸せだよ。




ーーそれからの月日は穏やかに過ぎた。


 午後の陽光がやわらかくカーテンを透かして部屋を満たしていた。サロンには花々の香りと、紅茶の湯気が満ちていた。

 ターニャは、窓際のテーブルに刺繍を広げながら、微笑を浮かべた。


 数か月のあいだに、姉たちの人生は大きく動いていた。

 長姉アナスタシアが公爵家へ嫁ぎ、次姉セレスティーヌも、文官として働いていた青年と結婚して伯爵家を支えるようになったのだ。あまりにも早い展開に、ターニャは驚きながらも嬉しくてたまらなかった。


「お姉様たちが幸せそうで私も本当に嬉しい……」

 思わず小さく呟くと、カーテン越しの光がキラリと刺繍糸に反射した。



 長姉アナスタシアは、今や王都でも名高い公爵夫人だ。

 もともと縁談が持ち上がっていた相手。エドワード公爵は、厳格で近寄りがたい人物として知られていた。けれど、アナスタシアは彼に臆することなく意見を述べ、それがきっかけで互いを深く知るようになったという。

 婚約期間もそこそこに、あっという間に決まった結婚式。挙式前夜に見た姉の姿を覚えている。鏡の前でドレスの裾を整えながら、アナスタシアは静かに言った。


「ねえ、ターニャ。わたくし、最初はこの結婚は“義務”だと思っていたの。けれどね……彼と話していくうちに思ったの。わたくしの頑固さを受け止めてくれる人は、この人しかいないわって」


 ターニャは思わず微笑む。


「それは……たしかに、受け止められる方は限られそうです」

「ちょっと、ターニャ?」

 アナスタシアがむっとしながらも、口元に笑みを浮かべた。


「彼はね、一見冷たい人に見えるけれど“あなたの信念は誇りだ”って私言ってくれたとき……ああ、この人の隣にいたいって思ったのよ」


 その瞳は、もう誰のものよりも穏やかで、強くて、愛に満ちていた。

 今では、アナスタシアは公爵夫人として社交界を優雅に歩み、エドワードとともに孤児院や芸術支援を行っている。ふたりで寄り添いながら笑う姿が王都の話題になるたび、ターニャは胸を張って言いたくなる。


 ――それが、わたしのお姉様なのです!と。



 次姉セレスティーヌは、今は伯爵家を夫のレオナルドと共に家を支えている。

 彼はもと王城の文官。穏やかで知的な人柄で、セレスティーヌのよき理解者だった。ふたりが出会ったのは、城の資料室。報告書の整理をしていたときに、ほんの小さな言い争いをしたそうだ。


「ここの文体、古いままでは通りません」

「ええ、でも伝統の文式を無視するわけにはいきませんわ」

「ならば折衷案を出しましょう。貴女の意見も尊重して……」


 その一言に、セレスティーヌは驚いたのだという。彼は彼女を“正す”のではなく“尊重”してくれたそうだ。


 後日、ターニャが茶を淹れながら尋ねたことがある。

「セレスティーヌ姉様は、レオナルド様のどんなところを好きになったのですか?」


 姉は少し恥ずかしそうに笑った。


「そうね……私の“強がり”をそのまま受け止めてくれたところかしら。『君は一人で抱え込みすぎる』って、何度も言われたわ。そのたびに泣きそうになったの。でも、彼は決して笑わないのよ。黙って、手を握ってくれるだけで」

「……姉様、素敵ですね」

「ふふ、ターニャだって。素敵な彼がいるでしょ」


 照れながらそう言うセレスティーヌの指先には、今も細やかな書類のインク跡が残っていた。彼女は今、伯爵家の実務を担い、夫と並んで家を盛り立てている。

 彼女の背に寄り添うレオナルドの眼差しは、穏やかで深い愛に満ちていた。



 その日の午後、アナスタシアが久々に里帰りをしていた。セレスティーヌが淹れた紅茶の香りが、柔らかく部屋を包む。窓辺のティーテーブルには、ターニャが刺繍した花模様のクロス。


「ターニャ、あなたの刺繍はいつ見ても素敵ね」

「ありがとうございます、お姉様。これ、お二人の幸せを祈って刺したんです」

「まあ……泣かせるわね」

「あら、いつから涙脆くなったの?」

と、セレスティーヌが軽く笑った。


 三人の笑い声が、春の風に乗ってやさしく広がっていく。


「ねえ、こうして三人でお茶できるなんて、幸せね」

「ええ、本当に。こんなに穏やかな日を過ごせるなんて幸せよね」

「私たち家族は、どんなに形を変えても……きっと絆は変わらないわ」


 姉達の言葉に、ターニャは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 そこへ、エリザベート伯爵夫人が現れた。淡いローズ色のドレスに真珠の首飾りをまとい、いつもよりも優しい表情をしている。


「本当に。あなたたちがこうして笑っている姿を見るのが、何よりの幸せだわ」

「お母様……」

「ターニャ、あなたも幸せそうね」

「はい。毎日が、本当に幸せです」

「ふふ、あの真面目な騎士殿が、あなたを笑顔にしてるのかしら。とても柔らかく笑うようになったわね。見ていて微笑ましいわ」


 エリザベートは三人の娘を見渡しながら、静かに言葉を続けた。


「この庭も、あなたたちと同じ。最初は季節の変化に戸惑っていたけれど……今はそれぞれの花が咲いている」


 風が三人の髪を揺らし、花の香りが一面に広がった。



次のお話が最終話です。


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