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第3話 少年の持つ価値

 あの日から二週間。あの日舞っていた埃はもう、跡形もなく消え去っている。もちろん私の手によって。


 踏み台に乗って中級ポーションの棚を開ける。幸いなことに、今日は二十本もいらない。一番手前の小分け用の箱から一本ずつ回復ポーションと解毒ポーションを取り出し、私は踏み台から降りた。


「俺、なんでもするから! だからお願い、ポーションをください!」

「何でもはしなくてもいい。君が、僕にとって価値があると思うものを、僕に出してくれればそれでいい」


 その言葉に、男の子は深く俯いた。以前の自分を見ているようで少し気恥ずかしい。

 それから目を逸らすために私はカウンターまで行き、梱包用の緩衝材を取り出した。丁寧に、ポーションを緩衝材で包み込む。


「————そうだ! これ!」


 そう言って彼が首から外したのは、古ぼけたネックレス。


「これ! 昔お父さんが使ってた高いやつだって、お母さんが言ってた! これあげるから!」


 そう言って差し出されたネックレスを店長は大事に受け取った。


「これは、壊れてはいるが魔道具か。機能は——」


 そこで店長は言葉を止める。


「それ、お父さんの形見なんだ! 俺にとって大事なネックレスなんだ! だからお願い、それでポーションを売ってください!」


 涙ながらに頭を下げ、必死に頼み込む男の子。でも、多分それでは……


「……申し訳ないが、それはできないな」

「っ! なんで!」


 掴みかからんばかりに男の子は店長に詰め寄った。最後の頼みが、二度と取り返せない大切な思い出が、拒絶されたのだ。そうなってしまうのも無理はないだろう。

 でも、そうじゃない。店長は別に、他人の大切な思い出を奪い取りたいわけではないのだ。


「このネックレスは、君にとって価値があるものなのかもしれない。だが、あくまでそれは、君にとっての価値だ。僕にとってじゃない」


 これは、大事に君が持っていなさい。そう言いながら、店長はもう一度男の子の首にネックレスを掛け直した。


 項垂れるその男の子に、優しく微笑みかける。


「聞かせてくれるかい? 君と、君の大切な家族の話を」


 穏やかに彼の頭を撫でる店長。しばらく俯いていた男の子はあるときようやく、うんと頷いた。




 彼のお父さんは、彼がまだお母さんのお腹の中にいたときに、彼と奥さんを守って命を落としたらしい。妊娠が判明して故郷に一度帰ることになった彼のお母さんと、それに同行した衛兵だったお父さん。お母さんの故郷まで僅かのところで魔物に襲われ、彼のお父さんは命を落とした。それでもお父さんの稼いだ時間のおかげでお母さんの故郷の衛兵が到着し、彼のお母さんとそのお腹の中にいた彼の命は助かった。


「俺はお父さんと会ったことはないけど、お父さんも、お母さんも大好きなんだ」


 涙が浮かぶ目元をぐしぐしと擦り、男の子は顔を上げる。その目は真っ赤になっていて、今にも再び雫がこぼれ落ちそうだ。


「お父さんは、俺とお母さんを助けてくれた。それに、お父さんと同じ衛兵だったって人たち、みんな優しいんだ。俺のお父さんに恩があるから、代わりにそれを俺に返すんだって」


 ボロボロと涙を流し続ける男の子。


「お母さんは、一人でずっと俺を育ててくれてる。体も強くないのに毎日働いて、俺には気にせずいっぱい食べていいんだよって、ずっと言ってくれてる。俺のために働いてるんだから、俺が我慢しちゃったら意味がないでしょって」


 半ば睨みつけるくらいの力強い眼差しで見上げてくる男の子を、店長は優しく見下ろす。


「俺は、まだお母さんと一緒にいたいよ」

「……うん」


 その瞳に、店長はどう映っているのだろうか。

 自分とそんなに歳は変わらなそうなのにやけに大人ぶった話し方をする謎の人物か。それとも中級ポーションを売ってくれない悪魔か。


 ……少なくとも、後者ではなさそうだ。その証拠に男の子は、店長にまっすぐ頭を下げた。


「お願いします。ポーションを売ってください!」


 それを見つめる店長の目には、その外見に似合わない、慈愛の色が浮かんでいた。


「…………ソフィ」

「はい」


 店長に私が梱包していた中級ポーション二種を一つずつ渡した。これで多少走って帰っても割れることはないだろう。


 少し店長が照れ臭そうなのは、私に店長がこうすることがバレていたからだろうか。無職から転職して店長の観察者になった私をあまり舐めないでほしいものだ。


「ありがとう」


 私からポーションを受け取った店長は、頭を下げ続ける男の子の前にそれを差し出した。


「契約成立だね。このポーションは君のものだ」

「————————え? 俺、何も……」


 突然渡されたポーションにパニック状態になる男の子。受け取っても良いのか、それともこれは何かの罠なのか、そんな思考が漏れ聞こえてくる様子で手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返している。

 そんな彼の手を引き、店長はポーションを握らせた。


「君は僕に、君の家族の話を聞かせてくれた。愛情と思いやりに満ち溢れた家族の話だ。君の、お母さんに対する思いも教えてくれた。大切な人と離れたくない、純粋で、強い思いだった。君は僕の心を温めてくれた。僕に大切なものを思い出させてくれた。それが君の話の、僕にとっての価値だ。————そしてその価値は間違いなく、中級ポーション二本分くらいはあるだろうね」


 男の子の目が大きく見開かれる。

 その瞳からゆっくりと流れ落ちる雫は、もう悲しみによるものではないだろう。


「——本当に、いいの?」

「もちろん。君は僕にそれだけの価値をすでに差し出している。……願はくば、君のお母さんが回復した後の話も聞かせてほしいがね」


 店長の言葉を聞き、ぎゅっとポーションを大事そうに抱きしめた男の子は店長に断言する。


「うん! 絶対また来る!」

「では、その時の報酬も先払いしておこう」


 そして店長は長杖を握った。


 カン、と軽く地面にそれを打ち付けると、魔法石が淡く輝く。


「うわぁ……」


 驚嘆の声は男の子から漏れ出した。


 そんな彼の髪が、まずは綺麗になる。次は上半身の服が、その次は下半身の服が、最後に靴が。全てが終わった頃には、見窄らしかった頃の面影など全く無くなっている。

 キラキラと星が降るように、チリがこの世界から消えていった。


 男の子の頭に優しく店長は自身の手を当てる。


「うん、綺麗になった。ちゃんと報告しに来るんだよ? 泥棒は、許さないからね?」




 男の子が帰った後、店長はいつものカウンターにある椅子に座った。


「一週間ぶりのお客さんでしたね」

「そうだね。僕の店も少しは有名になってきたかな」


 そんな言葉に私は曖昧な笑みを返す。エリーさんを除けば、私が働き始めてから今の男の子が二人目のお客さん。有名とは少しばかりかけ離れているかもしれない。


 そんな私の心の中も知らずに、店長は満足そうな顔で彼が来る前に淹れたお茶を飲んだ。


「うん。ちょうどいい温度になっているな」


 店長は、緑茶が好きなくせに猫舌なのだ。


 魔導書が手に入るまであと二ヶ月と半分。その時が楽しみなようで、その時はずっと来て欲しくないようで。

 ちょっとだけ複雑な気持ちになりながら、私も彼女の隣でお茶に口をつけた。

続き(長編化)も構想はあるのですが、まだ描き始められておりません……

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