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婚約破棄された悪役令嬢は、ネグレクトと暴力に耐え抜いた末に家を飛び出し、隣国の皇太子に見初められたが、復讐が終わるまで求婚を拒み続けた結果、最終的に次期王妃になりました

作者: 結城斎太郎


「レティシア・ヴァルムート、貴様との婚約を、破棄する」


その言葉は、侯爵家の広間に響き渡った。

貴族たちの視線が一斉に彼女に突き刺さる中、レティシアは微動だにせずに立ち尽くしていた。冷ややかな目を向ける婚約者レオナルドと、その隣で涙ぐむ自称“清らかな聖女”こと実の姉・アメリア。すべてが出来すぎていた。


──仕組まれたのだ。

アメリアが放った偽の手紙、捏造された毒の瓶、召使たちの偽証。

レティシアが“妹をいじめていた悪役”にされるまで、ほんの一日もかからなかった。


「そ……うですか。承知いたしました」


静かに、淡々と、レティシアは頭を下げた。

婚約破棄とは名ばかりで、実際は“破棄してやった”という既成事実を作り、彼女を社交界から永久追放する目的だ。

それでも、彼女にはもう反論する気力すら残っていなかった。


両親に愛されたことは一度もなかった。

姉のアメリアは幼少期から美しく、賢く、社交界の花。

比べてレティシアは「冷たい」「無愛想」「陰気」と言われ、疎まれていた。


唯一の救いだった婚約者レオナルドも、いつの間にかアメリアの手に堕ちていた。

裏切られ、汚名を着せられ、味方は一人もいない。


その晩、レティシアは静かに部屋を出た。

必要なものは、幼い頃にこっそり蓄えていた緊急用の金貨と、最低限の着替え。


「──さようなら、ヴァルムート家」


馬車に乗ることさえ叶わず、徒歩で国境を目指して歩き出した。

身分証も持たず、守るものもない。

それでも、あの地獄のような屋敷に戻るぐらいなら、野垂れ死んだほうがましだった。



---


数日後、彼女は隣国アルセリアの森で倒れていた。


「……君、大丈夫か?」


霞む視界に映ったのは、金の髪と蒼い瞳。

まるで陽の光を浴びたような青年が、彼女を覗き込んでいた。


「……っ、触らないで……!」


思わず身を引くと、彼は微笑を浮かべて手を引っ込めた。


「すまない。だが君、倒れていたんだ。医者も呼んである、安心してくれ」


その声音は優しくて、けれどどこか力強かった。


──彼が、アルセリアの皇太子アレクセイであることを知ったのは、それから三日後のことだった。



---


「君は、僕にとって“光”なんだ」


「……馬鹿ですか、あなたは。私はすべてを失った、ただの逃亡者です」


「だからこそ、君を守りたいと思った。君を失いたくないと、本能で感じたんだ」


アレクセイの求愛は、常に真っ直ぐだった。

けれど、レティシアは拒み続けた。


──傷が、深すぎたのだ。

誰かを信じれば、また裏切られる。

優しい顔の裏には、冷たい策略がある。

そんな世界で生きてきた彼女にとって、アレクセイの言葉は、眩しすぎた。


「私には、王宮も、愛も、ふさわしくありません。あなたを裏切りたくないんです」


それでもアレクセイは言った。


「なら、君の代わりにすべてを壊してやろう」


その蒼い瞳に宿るのは、愛情と──狂気。


「ヴァルムート家、レオナルド公爵家、アメリア嬢……君を傷つけたすべてに、代償を払わせる」


彼の口調に、一片の迷いはなかった。



---


──数週間後、ヴァルムート侯爵家の屋敷が貴族院によって調査され、不正の山が暴かれた。


──姉アメリアは、聖女の座から転げ落ち、偽証と薬物使用の罪で捕らえられた。


──元婚約者レオナルドは、国外退去処分のうえ爵位剥奪。


すべてが、アレクセイの意志一つで動いた。

レティシアはただ、彼の傍でそれを見ていた。


「本当に……あなたが、復讐してしまったんですね……」


「君の涙の価値を、奴らに思い知らせただけだ」


そう言って微笑むアレクセイは、あまりにも優しく、あまりにも恐ろしかった。





ーーー



「私が王妃に、ですって……?」


皇太子アレクセイの口から出た言葉は、あまりにも現実味に欠けていた。


「正式に、君を婚約者として迎えたい。アルセリアの次期王妃として、僕の隣に立ってほしい」


「……待ってください。私は……何も持っていません。王妃にふさわしい教養も、血筋も……」


「君は、自分を知らなすぎる」


アレクセイはそう言って、レティシアの手を取った。


「君の目は真実を見通す。君の声は、誰かの心を震わせる。君が流した涙の重みを、僕は知っている」


「アレクセイ様……」


──それは、初めて彼の名を呼んだ瞬間だった。


その日から、レティシアの“修練”が始まった。


礼儀作法、言語、舞踏、政治学──

それらはかつて、姉アメリアに押し付けられ、レティシアから奪われたはずの未来。


「……私は、本当に王妃になっていいのでしょうか」


時に不安が顔を覗かせるたび、アレクセイは静かに微笑んでこう言った。


「君が君である限り、僕は君を選ぶ。誰が何を言おうとも」


その言葉が、レティシアの胸の奥に、小さな灯をともしていった。



---


半年後──


アルセリア王国全土に告知がなされた。


「次期王妃は、ヴァルムート侯爵家令嬢──レティシア・ヴァルムート」


この発表に、アルセリア国内は騒然とした。


出自は隣国、しかも“問題のある家の出”という風聞が尾を引いていたが、アレクセイの鶴の一声で、すべては覆された。


「……ふん。どうせ私なんて、今でも悪役令嬢扱いでしょうね」


レティシアは自嘲気味に笑った。


だが、その背後からアレクセイの大きな手が、そっと肩に触れる。


「“悪役令嬢”は、すべての真実に立ち向かった者だけに与えられる称号だ。僕にとっては、誇りだよ」


「……あなたって、本当にずるい人」


ふっと笑みをこぼすと、レティシアはようやく、心の底から微笑んだ。



---


戴冠式と並ぶ盛大な婚約式は、王城の大広間で行われた。


レティシアは銀糸を織り込んだ深紅のドレスに身を包み、堂々と玉座へと歩を進めた。


その姿に、アルセリア中の貴族たちは息を呑んだ。


──気品、威厳、美しさ──

何より、その瞳に宿る決意が、すべてを圧倒していた。


「今日より、我が婚約者レティシア・ヴァルムートは、アルセリアの次期王妃であることを宣言する!」


アレクセイの宣言に、場内が歓声に沸いた。


──そしてその報は、隣国の王都にも届いた。


アメリアはすでに幽閉、レオナルドは辺境の寒村で細々と生き、ヴァルムート家は爵位と領地を剥奪され没落。

家族という名の鎖を断ち切ったレティシアの“復讐”は、すべてアレクセイの手で完結した。



---


数日後。王宮のバルコニーにて。


「……全て終わりましたね」


「いや、始まりだよ。君と僕の、新しい人生の」


「私、まだあなたに、全部返せてない気がします。復讐も、愛も、未来も、全部……あなたにしてもらってばかり」


「君は僕に、“生きる理由”をくれた。君がいたから、僕は変われた。返すだなんて、言わないでくれ」


「アレクセイ……」


レティシアは静かに、彼の胸に身を預ける。


「私も……あなたとなら、前に進めそうです。もう、過去に縛られずに」


「君は縛られる側じゃない。君は、選ぶ側だ。だから、これからは選んでくれ。自分の人生を、自分の意志で」


──“悪役令嬢”と呼ばれた少女は、

今や、王国の希望となる王妃として、人々の祝福を浴びていた。


そしてその傍には、どこまでも真っ直ぐな愛を貫いた、一人の皇太子の姿があった。


「──レティシア、愛してる。ずっと、君だけを」


「……はい。私も、あなたを」


静かに、彼女はその唇を重ねた。


誰にも邪魔されることのない、ふたりだけの約束のキスを。



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