表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

リンネ②

 あれから随分魚にはまってしまった僕が居る。

 暇つぶしがてら適当に訪れたふたご河で、魚を手づかみして食ったのが思いのほか美味しかったものだから、僕は続けて通うことにした。

 しかしどうしたものか。あの時の僕そっくりな魚が特別に愚図で鈍間だっただけで、以降一度も魚を捕まえられていない。日が昇る前からやってるのにね。


 人間界の愚図で鈍間な僕は、一般的な魚様には敵いやしないのだ。


 なので僕は、釣竿を作ることにした。

 人類が大きな脳と器用な手を持つことで、自分よりもはるかに強大な生き物に対抗したように、かろうじて人間である僕も、その人間としての特技を用いることにした。

 今回用意した食材(材料)はこちら。

 ・竹(さんさら公園横の竹やぶからもらったもの。食える)

 ・糸(暇つぶしで編んでた麻ひものようなもの。植物乾かして編んだだけなので食える)

 ・釣り針(河原に落ちてた。さすがに食えない)

 ・ミミズ(言わずもがな、食える。でもちゃんと焼かないと腹壊す)

 食材紹介だからね。こうなる。


 幸い手先は器用なため、小一時間ほどでそこそこの物が完成した。僕の身長の倍ほどある長さの竹竿だ。

 先細りの竹はまだ水分を失っていないものを選んだので、さながら本物の釣り竿のごときしなりと耐久性がある。と、いいなぁ。

 ただ、釣り糸として使っているお手製の細縄が少々厄介だった。

 

 いざ実践。と、ミミズをつけた針を水面に沈めてみれば、なんと縄が水を弾いて浮いてくるのだ。針とミミズ程度の重さではダメだったようで、小石を針の根元に括りつけてみたが、やはり縄が若干水をはじいてるように見えた。うまく沈んでくれない。

 縄を編むときに僕の手の脂か、元にした植物が基から油分を含んでいたかわからないけど。いずれにせよ、水と反発する何かがしみ込んでしまっているのだろう。

 しかたがないので一度縄をじゃぶじゃぶ洗い、水を事前にしみこませてから再挑戦した。

 今度は抵抗なくすっと沈んでいったので、思わずガッツポーズ。しかし、本番はここからだ。

 

 「釣りとは待ちである」と、とある雑誌で読んだことがある。

 釣りをうまくやるコツとして、ただひたすらに待つ耐久力が大事になると。ではその待ち時間は暇にあたるのではないか。そう思った僕は、足で竿を支えながら、余った竹やひもを使って籠を作ることにした。

 万が一に大漁だった場合、僕はそれを持ち運ぶ術がないのだ。

 全部ここで食べてしまうか、必要量だけ釣ればいいのではと思うだろうけど、ひとり、同じ家無し仲間がいるのでプレゼントしたいんだ。気が合うし、互いに同じ境遇なので接しやすい。

 あいつの目や言葉には、同情も固有のやさしさも含まれていないから。

 

 さて、籠が完成した。

 何度か小さなものを作ってきた覚えもあるため、さほど時間がかからなかった。とはいえ、それでも数時間はかかったらしい。朝日の黄色が、白昼に脱色されている。

 しかしながら、ここまで釣果はゼロ。

 どうしてだろうか。原因を探す。

 そうして、ふと思い至ったことがある。

 この前見た魚たちは、川底の石に生した苔を食んでいた。きっと草食であり、死んだミミズは好みじゃないのだろう。


 となればどうしようか。未だ垂れている釣り糸を挙げてしまうか否かで少し悩んでる。

 挙げてしまった瞬間にかかるはずだった魚を逃してしまうかもしれない。このまま待っていれば釣れていたかもしれない。

 そんな「もしも」が僕の行動を邪魔して止まない。

 

 大して長いわけじゃないこの人生で、この優柔不断が道を閉ざすことは多々あった。けれども、その後は決まってなんとかなるものなので、僕は優柔不断を悪とは思えない。むしろ、そういったある種の駆け引きを「楽しい」とすら思えるので、裸のまま受け入れている。


 閑話休題。

 

 ではこうしよう。

 このまま釣りを継続しながら、手掴みを試みよう。

 僕は河原の石で釣竿を固定し、裾をまくって水に入る。

 絶えず流れる水は僕の足を冷やす。水の音がより一層大きく感じられ、そこに僕という異物が入ったことで点として大きくなる。そんな自然に、一介の人間が介入できることに高揚感がふつふつ湧いてくる。

 

 さて、今の今まで成功しなかった魚の手掴み。やり方を変えなければ二の舞で、このまま日が暮れてしまうだろう。いっそ、夜の方が魚は眠りについて捕まえやすいかもしれないが、夜は僕が眠らなくちゃいけない。無理にでも。それが約束だから。

 

 気合を入れて入水したものの、たったそれだけで魚は翻しては逃げていく。まずは近づかなければ話にならないということらしい。


 というわけで僕が考えた案はこれ。

 先程編んだ籠を逆さに抱いて、遠くに見える魚へ飛びつくだけのシンプルな方法。

 我ながら何という頭のない発想なのだろうと思いはしたが、物は試しとしてみれば、これが存外うまくいった。

 あれほど素早く逃げていた魚たちも、重力を武器にした僕からは逃げ切れなかったようで、地面と籠の隙間に捕らえられた。

 そうなれば後は簡単で、逃がさないように気をつけつつ隙間から手を入れてしっかりと掴んでしまえば終わり。

 

 そうして大体三匹捕まえたぐらいだろうか、上流に固定していたはずの釣り竿がぷかぷか浮いて流れてきた。

 おや、そんな流されるようなやわな固定はしていなかったはずなのに、と思ったが、原因はすぐに判明した。

 その釣り竿に、魚がかかっていたのだ。魚がそれはもう元気よく暴れまわった結果、固定が外れたのか。

 そんなことより、釣れていたことに驚いてしまった。だが、同時にたまらなくうれしかった。


 なるほど、僕の作った釣り竿は実用的だったのだ。ミミズだろうが食べてしまうようで安心もひとつまみ。だが、これじゃあ、釣りじゃなくてただの罠だ。いかんともしがたい不完全燃焼感。


 とはいえど、先日とは違ったまるまるとした魚が四尾も手に入ったわけで。魚取り二日目にしては十分な釣果になるのではなかろうか。

 初日で一尾、二日で四尾であれば、三日目、四日目はどうなるのだろうか。八、十六とでも取れてしまうんじゃなかろうか。

 なんて発想ももちろん出た。だけれど僕は自惚れてはいない。身の程は知っている。ほかの何も知らないけれど、この身がどれほどのもので、どれだけの価値があるのかだけはわかっている。だからこそ、そんなに上手くいかないことなど無いと知ってたりする。同年代であれば、きっと、誰よりも。

 でも、期待するのは楽しいのだ。自分に期待するのは。無情にもね。

 自分に期待して、ダメだったとしても、「まあ、自分(落ちこぼれ)だし」で終わらせられるから。少なくとも、がっかりとかしない。

 他者から向けられる期待は嫌いだけれどね。期待って、達成されたときに次の期待になっちゃうから。褒められないから嫌い。自分だったら好きなだけ褒められるから好き。

 つまるところ、僕は僕を褒めてくれる人が好き。

 なんてちょろい人間なのだろうか。

 褒めてくれよ。褒めるからさ。

 

 思い老けてみれば、やっぱり先日の魚は僕に似ていたようだね。あれほど捕まえて食べやすいのだから。

 でも捕まえたところで、食べたところで、身はほとんど付いていないわけで。つまり歩留まりが悪いのだ。

 でも、そんな魚だって悪いことばかりじゃない。

 取った僕にとって成功体験になったわけで、そのおかげで今日は四尾を取れたんだ。はじまりたる彼が居なければ、成し遂げられなかった。僕にとっては、あの愚図で鈍間な一匹の魚が大先生なのだ。

 

 よし、これで実質僕を褒めたことになる。


 ならないかな?

 

 ああ、また考えすぎちゃった。考えること自体は楽しいけど。

 まあ、ひとりぼっちだし。それぐらいしかすることがないのは事実。

 それでも、やっぱり一人が気楽だ。ひとりぼっちを寂しいといえるほど、僕は贅沢者じゃあない。

 ざぁざぁと流れる川のせせらぎも、「そうだね」と言っているようだった。


 さて、この四尾の魚はどのように処理しようか。

 日は落ちてきたし、食べきるのであれば丸焼きでいいけれど、一尾食べるだけでおなか一杯になりそうだ。

 

 そうだ、燻製にしてみようか。

 長い時間燻製すれば、水分が飛んで長く保つと聞いたことがある。あと、においを嫌って虫が寄り付かないとか。

 一尾は丸焼き、三尾は燻製。決まり。


 ただ問題は処理が難しいこと。

 丸ごと燻製にすると、内臓だったりとかから嫌なにおいがしそうだ。せめて内臓だけでも取りたいけれど、捌くものがない。

 適当に石をたたき割って尖らせ、それを用いるほかないかな。


 ということで、試しにそこらの石を投げつけて割ってみたけど、なるほど、上手くいかない。

 都合よく鋭利に割れるなんてことはまずないし、大抵は砂のように小さく砕けてしまう。

 それでも様々な石で試していると、運よく鋭利な面のある破片が作れた。どうやら、石の種類によって割れ方が違うということもわかった。正直なところ、やっていて楽しかった。もしかしたら僕には破壊衝動があるのかもしれないなぁ。

 なんて。僕はおしとやかで平和を愛する人間なんだよ。なにせ、特技は「土と同化」だからね。これほど平和なことないよ。ほぼ植物だもん。


 さて、そんなこんなで燻製を始めてみた。

 使ったのは今日作った籠。隙間に青草を詰めて、石で底上げした火にかぶせる。魚を捕まえる時に濡れていたので、燃えることはないはずだ。

 そんな籠の上部に魚を括りつけて吊る。サイズ的にギリギリになっちゃったけど、まあいいや。

 肝心の煙だけど、いい匂いのする煙を出すものなんて知らないから、とりあえずその辺の食べられる雑草をくべた。すると白い煙がこれでもかと立ち上り、あっという間に魚のつるされた籠を満たし、下からあふれ出る。

 このままだと籠が乾いて燃えちゃうから、たまに水を少し振りかけてしばらく。

 日が暮れ切ったころに取り出してみた。


 おお、魚の表面が乾いている。水は少しずつかけたから中までしみこまなかったみたい。よかった。

 匂いは、正直微妙。若干青臭いけど、悪くはない感じ。それに、ちゃんと火も通ってるみたいで、一安心。

 ただ、火に近かった頭ががっつり焦げてる。触ると黒くポロポロ落ちるぐらいに。

 もっと火から距離を開けないといけないみたいだ。次は気をつけよう。


 さて、随分暗くなってきた。下は石だらけで寝にくいので、少し歩いて土のところまで。

 寝転んでみればきれいに星が見えた。

 特別光る青い星。名前がきっとあるのだろう。でも、知ろうとは思えない。

 仮にあれが、いつぞやに読んだとある醜い鳥の物語の成れ果てであれば、名前は知ってることになるなぁ。

 

 そうして最後の暇つぶしに、いくつか星を数えて、あの星になった鳥の物語を振り返りながら眠りにつく。


 昨日と今日、僕の暇つぶしも随分と捗った。少なくとも、「暇だな」と感じたことはなかった。やはり新しいものや挑戦というのは、素晴らしい暇つぶしになりうるのだと学習。

 

 さて、明日はこの燻製した魚を、知人の元へプレゼントするとしよう。

 喜んでくれるといいけれど。

 

 おやすみなさい、僕。

 






 

リンネはこれにて完。

いやぁ、いろんな意味でリンネは続くんだけど、表題としてのリンネはおわり。

次回はようやっと別の登場人物が出てきます。多分。

ぶっちゃけノリで書いてますんで、それっぽいこと匂わせておいて、全然関係ないもの持ってきかねないのがこのタイトル。


でも、最低限の設定や、ある種の思想は詰めに詰めてます。

私の独白じみた、後からみたらば恥ずかしさで枕に叫ぶようなポエムもふりかけ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ