白シャツ白昼夢
その男は年中、黒ズボンに白シャツという恰好をしていた。他の服装にうつつを抜かしたことはなく、その覚悟をもっているだけあって顔つき、体つきに似合っており、どうやら母親の体から出てきたときからその恰好をしていたものだと思われる。ただし、この男の正確な出生記録は残っていない。彼は海のみえるハイチの野戦病院生まれであり、それでいて純粋な日本人だった。縁あって今は日本へ移り住んでいるが、周りからは特に外国人あつかいも海の男あつかいも受けない、それはステキな暮らしを送っていた。
今年で三十になった男は、なおも中学生のカッコよさを維持し続けていた。周囲の大人を信用しまいと尖らせた目に、手を突っ込んで歩くためスマホも入れていないズボンのポケット。ニキビもあどけなさも失ってしまったが、男の青さはむしろ年を重ねるごと濃くなっているようだった。
男にはその矛盾の答えがもちろん分かっていた。年齢でいえば大人を迎えている自分を、中学生の自分は信頼していいものか。答えとして、男は自分のことなど一向に信用していなかった。男は日々、オレは何をしているんだろうと思いながら、意識は白昼夢にとじこめられていた。男の目は自分の中の己にだけ向けられ、とっくの昔から他の大人のことなど眼中にないのかもしれない。男には気さくに話せる友達がいなかった。
初夏の朝、男は他人の家の小さなキャベツ畑で目が覚めた。昨日のことが思い出せない。男には昨日を思い出す機能など初めから備わっておらず、ただ東の太陽に焼かれて眼球がこぼれるほど暑いことだけが切実な問題だった。その辺のキャベツから葉をちぎって、日除けのために使いながらつまんだ指にみずみずしさを覚える。それからすぐに畑の主にみつかって寝床を追い出される。汗だくになって逃げ惑う。男は今日一度目の、オレは何をしているんだろうを胸に唱え、行き当たりばったりに出くわした自販機で買ったお茶を飲んでも、ハツラツとしないまま白昼夢に飲み込まれ、男の人生が始まったことに不満も満足もない。納得感だけが人生だった。




