グチャグチャ家族関係
『ジリリリリリリリリ!』
「ふみゅ……」
可愛らしい声を漏らして目を擦る、生産栽培部門を担当しているイネスの朝は、目覚まし時計の音から始まる。
元々はシエンの私室にあった目覚まし時計だが、彼が勝手に幹部認定しているイネスの私室に持ち込んだせいで、ハイエルフの中で若い彼女は可哀想なことに惰眠を貪ることができなくなってしまった。
「ん……」
それはエステルも同じだ。
清楚や清純と称えられるハイエルフのくせに、やけに男好きのする体を震わせて起きる。
しかもこの女、今まで同性の妹と生活していたせいか自分の家ではかなり薄着であり、余計にそのスタイルが強調されていた。
あるいは夜に誰かを待っているからこそ、デビルに襲われているのに薄着なのかもしれないが……。
そして自室にいる姉妹は、部屋が違うのに示し合わせたかのように暗黒深淵団製の鏡で自分の姿を確認する。
去年の姉妹なら、自分の容姿に頓着せず鏡があっても気にすることはなかっただろう。
それなのに二人とも、妙な寝癖がないか。顔色が悪くないかを確認している。
尤も神が作り出したかのような美貌と肢体を持つエステルと、どこまでも可愛らしいイネスには寝癖すらなく、鏡が光を反射しているためか輝いて見えるほどだ。
「おはようイネス」
「おはようございます姉様!」
これまた示し合わせたかのように自室を出た二人は、廊下で挨拶を交わす。
「あら、おはようございますエステルさん。イネスさん」
その直後、同じように部屋を出たリーヌが母性溢れる笑みを自分の新しい娘二人に向ける。
「……」
だがリーヌの後ろにいたクラウディアは、やってしまったと言いたげな表情で床を見ていた。
(あ、姉としての威厳が……!)
ちゃんと自室があるのに、リーヌに甘えて一緒に寝ていたクラウディアだが、朝から同じ部屋から出てきたところを目撃されてしまい、青い肌を赤らめていた。
「そうだわ。今日の夜はベッドをくっ付けて、家族皆で寝ましょう」
ところがリーヌは、いいことを思いついたと言わんばかりに軽く手を叩き、親子で一緒に寝ようと提案する。
艶やかなトワイライトエルフと、光り輝くように清楚なハイエルフの四人が同じベッドで寝るなど、あらゆる芸術家が絵画として残そうとするし、全ての王侯貴族が同衾を熱望するだろう。
「そうします! ね! 姉様!」
「そ、そうね」
そんなリーヌの提案に対し、母性を求め彼女を母として受け入れ始めたイネスが同意したので、エステルも巻き込まれるような形で頷いてしまう。
「そ、それではシエン様のところに行きましょう」
「ええそうね」
無意識にリーヌにくっ付いて寝てしまうのではと危惧しているクラウディアは、話題を変えるようにそう提案して、母から慈母のような笑みを向けられてしまうのであった。
こうして新生暗黒深淵団エルフの森支部であるプレハブ小屋へ向かう四人だが、当然集落のエルフの注目を集める。
(今日もお美しい……)
なにせ妖しくも艶めいている青い肌を持ちながら慈母のようなリーヌと、厳しく自分を律しているように見えるクラウディアが、清純なエステルとイネスと共に歩いているのだ。
妖艶さと清楚が相反しながら溶け合っている新しい母娘は、エルフの集落で注目の的だった。
「シエン様、失礼します」
「おーう」
そんな四人がプレハブ小屋に足を踏み入れると瞬時に固まってしまった。
そこにいたのは上半身の服を脱いでパイプ椅子に座っている暴力だった。
「あっつい。マジで暑い。なんでこんな時に限って本部のシャワー壊れてんだよ。驚異の科学力はどうした。驚異の科学力は。水浴びしねえと干からびる」
ぶわり。もしくはむわりと漂うシエンの汗の臭いと、ギラギラと宿した明らかな獣性。
まるでつい先ほどまで、誰かと殺し合っていたかのような危険な男の匂いを感じ取ったエステル、イネス、リーヌ、クラウディアは、自分が蹂躙される姿を幻視してしまう。
それはシエンが川に落ちて服を脱いでいた時の比ではなくエステルとイネスの視線を釘付けにしてしまい、彼女達は完全に固まってしまった。
「どうされたのですシエン様?」
「幹部のジジババ連中と対リンチを想定した戦闘訓練したはいいけど、クソつええ上に複数戦だったからタコ殴りにされて疲れた。幹部のジジババ共、昭和ヒーローが出鱈目スペック押し付けても普通に勝ったりするんだぞ。まあそこで仕留められなったら、ヒーローの先輩共が参戦してリンチしてくるんだけどな。戦いに正々堂々はないってこった」
固まっているエステルとイネスをよそに、シエンに何をされても柔らかく受け止める意思のあるリーヌがおっとりと尋ねた。しかし、彼の言っていることは大部分が理解不能だった。
「リンチ?」
「この場合は、複数で囲んでボコボコにするって感じだ。ヒーローも悪の組織もリンチは基本中の基本だから覚えといた方がいい。ヒーローなんざ後輩を鍛えるためにリンチしたりするしな。ちなみにだが悪の組織が行うリンチはあんま通用しねえ。昭和スペックのヒーロー共は普通に大軍の戦闘員と怪人をぶっ飛ばすからよ」
母と同じ意思を持つクラウディアが首を傾げると、シエンは悪の組織とヒーローの共通する特技について力説した。
このヒーローによるリンチで倒れた怪人は数知れず、逆に仕掛けたら普通に突破するのがヒーローの理不尽さである。
「いい機会だから教えとくか。暗黒深淵団の指揮系統は大雑把に、戦闘員、怪人、幹部、大幹部、そんで昔の首領は親父で、今は俺がトップだ。ただまあ、研究班やら後方支援班がいるから、完全に戦闘部門だけって訳じゃねえ。これもまたちなみにだけど、親父は百人からヒーローリンチを受けて負けた。やっぱヒーローの得意技だわ」
「幹部と大幹部? それにお父様……ですか?」
「分かる分かる。幹部と大幹部はそんなに違いがあるのかって思うよな」
まだ固まっているエステルとイネスをよそに、シエンは自分の組織のことについて教え、クラウディアの質問にも答える。
「だけど結構差がある。幹部は国家を相手にすることを想定してて、大幹部は大陸制圧の最高責任者みたいな感じだ。普通の怪人でも対軍隊を想定してるのに、幹部はその怪人を指揮して、大幹部に至っては更にその複数の幹部を率いてるから、とんでもねえ強さだぞ」
「そのような方々が……」
「そんで親父は大悪王なんて大層な名前の宇宙規模の存在だから、邪神が直接顕現でもしねえ限り出てこねえけど、そのうち合わせてやるよ。聞いた話じゃ、悪の組織の首領として立派に、人類根絶を目論む邪神と戦ってたらしい悪党の中の悪党だけど、気のいい親父さ。おっと、俺がこんなこと言ってたなんて親父に言わないでくれよ。絶対調子乗るから」
シエンから受けた説明で、リーヌとクラウディアは思ったよりもはるかに暗黒深淵団が凄まじい組織だと実感する。
ただ、これらは殆ど過去形だ。
「ま。全員ちっちぇえ島国で負けて、今じゃ隠居気分のジジババだけどな」
その凄まじい組織を相手取り、大体は後手に回っていながら正面から打ち砕いたのがヒーローであり、敗残兵達は今やすっかり老化していた。
「あ、そうだ。小さくなったら涼しくなるんじゃねえか?」
唐突にシエンは自分が発したちっちぇえという言葉から、意味不明な仮説を生み出してしまい、悪ガキ形態に変わることにした。
「ぜんっぜん涼しくねえ!」
だが背が縮んだところで運動後の熱はちっとも変わらず、シエンは叫び声を上げる。
獣性を暴力の残り香をそのままに。
以前にも述べたがやはりこの男は、特殊な家族関係を構築する四貴種エルフにとって毒なのだ。
四人の女にとっては共通して、自分達を容易く蹂躙できる力を露わにする青年体は頼りになる男であり雄でもある。
更に悪ガキ形態は妙に放っておけないと思わせる感情をくすぐり、母性を全開にして甘やかしたいと思ってしまう。
そして、悪ガキ形態と外見年齢が同年代であるイネスにとって自分の腕を引っ張る遊び友達であり、エルフの母娘の様々な女としての欲を刺激し続けるのだ。
これでシエンが上の形態を披露して、父性でも見せられた日には更に感情をグチャグチャにされ、異性関係が全てシエンで完結した泥沼に嵌まってしまうだろう。
「あ、そうだ。なんかダークエルフとナイトエルフの四人家族の伝承を見つけたから、スカウトしてくる! ダークエルフとナイトエルフの婆さん二人、ナイトエルフの娘が一人、ダークエルフの孫娘が一人の三世代とかなんとか」
なおシエンはそれを気にすることなく、最後となる爆弾にして事態を余計にややこしくする計画を告げるのであった。
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