Ⅰ
短めです。たぶん次戦闘。
ガコッという音と振動が艦橋のコクピットシートに座る自分に伝わる。
艦橋の中はひどく冷えており吐き出す息は白く見える。
少数の非常灯と僅かにあるボタンの上に設置された小さな電球、そして眼の前の大画面のモニターの青白い光以外は光源がなく、とても薄暗い。
「貴艦の切り離しの完了を確認。ジェネレーターの始動を許可します。」
コロニーに備え付けられた宇宙港の新星児の管制オペレーターから、エンジンの始動の許可を貰う。
多少寒さに耐性のある、新星児の自分でもこの寒さから早く逃れることができるのは嬉しい。自分は迷わずリチウム−反分質対消滅炉の始動ボタンを押す。するとたちまちのうちに、僅かな振動と低い唸る様な音が聞こえたかと思うと、薄暗かった艦橋は明るくなり、一瞬にして室温が15度に上がる。
本当なら最初から炉に火を入れておいて室内を温めておきたいところだったが、何でも100年くらい前にジェネレーターに火を入れっぱなしだった艦の操縦士が酔っ払い、誤って港にドッキングしたままスロットルを入れてしまい、そのまま港との接続部分を軸に羅針盤の針が回るようにそのまま港に突っ込み、更にそこを突き破ってコロニーにまで突っ込んでしまった。
それにより数百人単位の死者と数千人単位の重軽傷者、そして、数千億円規模の大損害を被った、という事故があったらしい。
それまでは普通に港にドッキングしたままジェネレーターを使用していたらしいのだが、その事故が起きてからは、一瞬にしてほぼすべてのコロニーで港にドッキングしたままジェネレーターを使用することが禁止されるようになり、良くて厳重注意、悪い場合にはコロニー付き宇宙港からの強制退去の後、コロニーへの出禁を喰らうこともあるらしい。
その場合、大抵のコロニーではブラックリストを他のコロニーと共有していることも多いので、自らの基地などを持っていない限り、食料品や水、空気やジェネレーターの燃料の供給が出来なり、だだっ広い宇宙の何処かで誰にも看取られず餓死なり窒息死なりをすることとなり、乗艦と共に永遠と宇宙を彷徨い続ける羽目になるので、自らの意思を貫き通そうとする―人の言うことに従うことができない愚者とも言う。―者以外は皆、大人しくコロニー側の指示に従っていた。
最もコロニーを出禁にするというのは最終手段であり、警告にも従わず、何度も繰り返すようなことがない限りは厳重注意で済まされることが多い。
炉が十分な推進力を発揮できるまで待ってから管制官に告げる。
「発艦シークエンスコンプリート。発艦許可を。」
一拍置いてから管制官側から
「港内の発艦待機数0。発艦を許可します。誘導灯の指示のもと発艦してください。……良い狩りを。」と告げられ、モニターの右隅に表示されていたオペレーターの映像が消え、フォンッという軽い音とともに通信が切られる。
モニター上に重ねて強調表示された線に沿って艦を進める。本当なら港内から発艦する際はオートパイロットでもいいのだが、今日はなぜだか久しぶりに、自ら艦を操って発艦したいという気分だったので、気の赴くままに操艦している。
そして「紫雲、発艦。」と小さく呟きスロットルを押し込む。港内からすでに出ていた自艦は瞬く間に加速していき、自らは慣性により、加速する艦に合わせてふかふかのパイロットシートに押し付けられる。
最寄りのスターゲートにたどり着くまではオートパイロットで良いので、手元のタッチパネルにいくつか表示されている航路予測の内の1本に触れ、オートパイロットに切り替える。
減速時間も含めると2時間とちょっとらしい。それまでは寝ていてもいいだろうとコックピットシートを軽く後ろに倒し、ふうっとため息をつく。
眼の前の大型モニターには星雲と数え切れないほどの星々がこれでもかとばかりに映し出されている。画面の端の方では艦が加速するに従い星が多少、線状になる様が映し出される。数多の星に眺められながら自分は仮眠についた。
tips.新星児 人類が宇宙に進出したあと、宇宙上で誕生し、育った子どもたちの事を第一世代という。その第一世代たちの子供(=第2世代)からは無重力、低重力環境下にある程度対応した子どもたちが生まれた。そのまま世代を経る事により、より無重力、低重力環境で低温に適応できる様になり、見た目も元の地球人類とは変わっていった。そして、低重力環境ではあまり使用されなかった筋肉と骨が退化し、必要最低限しか残らなかったため、身長が170cmほど、体重が30キロほどの非常に華奢、というよりは触れれば壊れてしまいそうなぐらい、儚い見た目になっていった者は新星児と呼ばれ、無重力環境下で体が巨大化し、平均身長が210cmほど、体重が160キロほどの筋肉ダルマになっていった者を宇宙人と呼ばれるようになった。一部の地球人類には差別意識をもつ者も入るが、特にひどい迫害や差別を受けることもなく、三者とも普通に共存している。