十年前、確かに私はあなたを愛しておりました。
「さよなら殿下──」
「まっ……待て、止めろ……!!」
かつてプレイした乙女ゲームの攻略対象かつ、現在私の夫でもあるこの国の王クイネル・ゲルニウスを、今まさに毒殺しようとしている所だった。
──私には前世の記憶なるものが存在する。
それは十年前突如として蘇り、この世界がゲームの世界である事を私に思い出させた。
思えば、短いけど思い出の多い人生だった。
苦い思い出ばかりのね。
親には虐待され、学生時代はいじめられ、社会に出てようやく出来た彼氏がDV男で、しかも浮気されて口論中に──あぁ思い出したら鬱ってきた。
ともかく、そんな嫌な事だらけの人生の中で唯一の私の心の救いが乙女ゲームだった。
ゲームに出て来る彼らはいつだって私を愛し、甘い言葉をくれる。
人には言えなかったけれど、私は本気で画面の中の彼らに恋してた。
それだけに死後、私が一番好きだったこのゲームの世界で意識を取り戻したのは、神様が私にくれたご褒美だと思ったわ。
そう、十年前までは。
初めは順調だったわよ?
だって何度もプレイしたから攻略法は知ってるし、一番好きだったクイネル殿下と結ばれるのも容易かった。あぁ、今は殿下じゃなくて陛下か。
でもね、私の思い出にある彼はいつだって殿下だったから、ついそう呼んじゃうの。
ずっとずっと、現実でそう呼べたらって何度も思ってた。
なのに──。
「待て?何故私がそんな事をしなくちゃならないのですか?あなたが私を裏切ったのでしょう?」
「そ、それはっ……!」
「言い訳は結構ですわ。証拠はいくらでもありますもの」
そう、クイネルは私に黙って幾人もの女と関係を持っていたのだ。
それだけじゃない。囲った女には敵国の者も含まれており、あまつさえ国政をペラペラと語っている始末。
現代で言うハニートラップに、まんまと引っ掛かってしまっていた。
こんな事、家臣はもちろん、国民に伝わってしまえばこの国は終わりだ。
内乱が始まり、その隙を狙った敵国の襲来を防げる筈もない。
だから、今ここで私が終わらせるしかない。
これは私が招いた結末でもあるのかもしれない。
ゲームの知識で悠々暮らそう──そんな甘い考えを持っていなかった言えば嘘になる。
だけど、それは殿下と結ばれてからすぐに捨て去った。
なんせゲームは結ばれてしまえばエンディングに入ってしまう。
エンディングのその後なんて知ってるわけがない。
十年前から今日までは必死で、誇張ではなく、死に物狂いで努力してきたと思う。
なんせただの一般人が王妃になってしまったのだから。
……だからこれは私の責任だ。
「クイネル陛下……この国は私に任せて下さい。きちんと安定させてから私も責任を取りますから」
「なっ、何を言っている!?今でも我が国は──」
「はぁ……本当に先の視えない人ですね」
長く共にしなかった寝室の中、寝静まったクイネルに仕掛けた麻痺毒のせいで、彼は自由に身体を動かせない。
その時に致死性の毒を盛れば良かったのだけど……この時間は私のわがままだ。
だから、今から贈る言葉は王妃としてではなく、報われない日々を送った私の言葉を──。
「私、あなたが居てくれて本当に救われたの。大好きだった……!心から感謝してる……!」
「……な、なにを……」
「きっと伝わらないよね……。ごめんなさい、でも嘘はついてないから」
一筋の涙が溢れた。
私はそれを拭う事はしなかった。
「だったら──」
驚愕で目を見開いて私を見つめる彼は、救いを求めるような言葉を呟こうと口をキリキリと開いた。
私はそこへ、蓋を開けた瓶の中身を流し込む。
「!?」
「……許す訳ないでしょう」
ごくん、と吐き出さずに無事、液体を胃に送り込ませた。
「あなたは私を裏切った。国王としての自覚もない。今の私はあなたへの気持ちなんて──」
「がごごっ……ごふっ……!」
「……」
首元に手をあて、苦しそうにもがきだした彼を冷ややかに見下ろす。
「……おおお、おマエは……俺ヲッ……!!」
「……」
「……っ……」
続きを口にする事なく、クイネルは息を引き取った。
そう言えば前世で聞いた事がある。
人は脈が止まって死へと向かう最中、最後まで残るのは聴覚だとか。
ならば本当に最期、彼にこう言葉を遺そう。
「──十年前、確かに私はあなたを愛しておりました」
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