懇願
「え?」
俺は自分で気持ち悪いことを考えてるな、と思いながら隣を歩く優芽を見た。
すると優芽は目を大きく見開きながら俺を見ている。
何やら驚いた様子だが、一体何に驚いたというのだろう。
俺は優芽が自分を見ている訳ではなく、奥の方を見ているのだと踏んで逆方向へと視線を向ける。
だが、特に何も無い。あると言えばご高齢の夫婦が楽しそうな笑顔を浮かべながらウォーキングしているだけだ。
日直という仕事は…。
「あっ、あの!兄さん?」
考えていたことを優芽の話で遮られる。やはり俺の事で何か驚いていたのだろうか。
「どうした?歩くの遅いか?」
「違う。そういうわけじゃない…です…」
「じゃあどうしたんだ?」
「いや、さっき…あの…」
「さっき?」
さっき、てのはいつの事だろうか。特に何事もなくここまで歩いてきている気がするのだが。
「言質…はとったよ?」
「お、おう」
俺何か言ったっけな?
学校はやはりつまらない。
授業というのは本当につまらない。なんだ数学という教科は。
数学という教科は将来絶対に使わないと思う。家庭科やら情報などの教科は使うかもしれない。
ただ数学や理科、国語の中の古典は必要ないだろう。
心の中で学生はいつもある省に文句を言っているに違いない。
俺もその中の1人である。どうせなら第一人者にでもなりたい気分だ。
ただそんなことをしてしまったら俺の人生は確実に終わってしまうので、決して口にはしないし行動もしない。
昼休みになったから俺は今から恒例の行事をしなければならない。
暗黙の了解になりつつある俺のスピーチを聞くために、廊下には多くの学生が集まっている。
今日は優芽のことではなく葉月ちゃんのことをスピーチするつもりなのだがヤジとか飛ばないだろうな。
午前中の暇な時間、俺は全て今のための原稿を考えていた。朝に投稿された俺の投稿の原稿をそのまま発表してしまえば身バレの可能性があるから出来ない。
期待の視線が周りの様子を見なくても送られてきているのが分かる。視線を敏感に感じることができる身体になってしまった。
これが幸運な事なのか不運なことなのか俺に判断しようはないが、今のところ得をした覚えは無い。
「よいしょっと」
ゆっくりと立ち上がり、今では見慣れた教卓の上に上がる。俺は陰キャではあるものの、ここで立つことに緊張も何も感じなくなった。
俺、陽キャになれたりしないのかな。
今朝考えた女生徒への距離を近づけてみることを考えてみてもいいかも知らない。
最近このスピーチでの客は男子よりも女子が多い。
これが神様が俺にチャンスをくれているのかもしれない。
そう捉えれば自信が湧いてくるというものだ。放課後にクラスのマドンナ様に話しかけてみようかな。
俺はそんなことを考えながらスピーチに望んだ。
放課後になり、俺は解放感を感じていた。
昼休みにした初めての葉月ちゃんスピーチだが、存外何事もなく、否どちらかいえば優芽の話の時よりも盛り上がっていた気もする。
これを気にシャーベット全員のファンになって欲しいものだ。
「よし、やるか」
俺は今自席に腰を下ろしているのだが、俺から見て斜め前の方。そこにある女生徒が座っている。
クラスのマドンナと言われている結城 奏さんだ。俺の下の名前と彼女の苗字が同じ。運命だったり?
彼女に話しかけてみようと思う。アイドルと関わって来ている今日この頃、普通のと言っては悪いが一般の女性とも親交を深めたい、そんな気持ちが俺の中にあった。
運がいいのかこの教室には俺と結城さんのすがたしかない。まるで彼女が望んで2人きりになっているみたいである。
俺は席を立つと、恐る恐る結城さんの元へと向かう。傍から見れば不審者…と前も思ったことがあるような。
余計な想像もそこそこに俺は結城さんの席へとたどり着く。
「あの結城さん」
結城さんは読書をしているようだった。
邪魔してしまったかな?
だが、彼女は俺の心配杞憂に近くに置いてあった栞を本に挟むとパタッと本を閉じた。
「ごめんなさい。読書の邪魔をして」
「いえいえご心配ならずに。読んでおりませんでしたので」
「え、読んでなかったんですか?」
「形だけです。やっと話しかけてくれたんですね結城さん」
俺は状況を読み切れていなかった。結城さんの態度が想定した以上に…なんというか。
「どういうことです?」
「そうだ。私は結城であなたも結城さん。凄く分かりづらいですので私のことは奏とお呼びください」
無視されたことにがっかりしつつ、俺は頭の整理をエネルギーを使う。
結論は出そうにないが。
「奏さん。さっきの言葉はどういう意味なんですか?」
「ん、あぁ。あれはですね。実はと言うと、私結城さんのことが気になってまして…。私から話しかける勇気も出なかったので」
「はぁ?」
俺の何が気になっているのだろう。存在?それとも昼休みのスピーチのこと?
どっちにしろ、奏さんの真意が伝わってこない。奏さんは見ていて感情が伝わってこない。話すことが苦手なのか、本当に無の感情で話しているのか。
「私嬉しいです。結城さんに話しかけてもらえて」
突然彼女は俺の腕を取ると彼女の胸の部分に…。
「ちょ、ちょっと!」
俺は慌てて手を離す。
危ない。危なく犯罪者になるところだった。シャーベットのためにも罪人になるわけには行かない。
「すみません。つい興奮してしまいました。私、結城さんにお願いがあります」
「お願い?」
「はい。お願いです」
内容によって判断するが、一体どんな要望だろう。
「私のマネージャーになってくれませんか?」




