戦車の目覚め
ある休みの日の朝。
ベットからいつもの木造の天井を見上げていた。
空は薄暗く、晴れていた。
「いい、夢だった。」
その朝、ふと思い出した。
前世の楽しいゲームの記憶。
何にもない今にはとても輝かしい記憶。
俺はキラ パンツァー。
21歳になってもふらふらして、親に心配ばかりかけいた。
親には何にも考えていないと、いつも言われていた。
何もしていなかったので、何かをしなければという焦りもあり、軍に入った。
面倒な新入隊教育訓練も終わり、基礎魔法も格闘術もある程度できた。
更に面倒な教育訓練にも参加させられ、最後の最後に問題を起こした。
ゆえに無事、出世の道を外れている。
地元近くの警備隊に配属されていたが、それでもまだふらふらしていた。
そもそも入隊の志望動機が、人の役にたちたいとか、技能を身につけたいだの、自分でも曖昧で、確固たる人生の目標が無いのだ。
その日、巡回勤務も無難に終わり、同期に晩御飯に誘われた。
「君はもっと仕事に対して真面目に考えた方がいいんじゃない?」
目の前の女性はフォークをこちらに向けながら言っていた。
人にフォークを向ける方が問題だろう。
「考えてるよ。」
ちゃんと訓練も参加しているし、勤務もさぼったことはない。
「そうじゃなくて、なんかふわふわしてるっていうか、何にも考えてないでしょ。」
真面目な表情で女はこっちを見ている。
なぜ仕事でもないときに、説教をうけなくてはならないのだと思っても、絶対に口には出さない。
口に出したら余計な火種になる。
「そんなことないよちゃんと考えてる。」
今日は何を食べようとか。
休みは何しようか。
苦しい言い訳は言わない。
一言えば十返ってくる。
「私が言っているのは仕事に対して主体性をもって考えているか、なんだけどね。」
ああ、目が厳しい。
自分の考えが見透かされてる。
つらい、ごはんが美味しくない。
目の前の同じ制服を着た女、
セイヴ レッドウィングは小さい頃からの仲だ。
よく、一緒に山に遊びに行っていた友人だ。
彼女ははよく俺のことを知っている。
考えが見透かされてるとよく感じるほどに。
ばれたくないことほどばれる。
昔はもっと可愛げがあったのに、今はことあるごとに文句を言われてる気がする。
逆らえない相手だ。
黙っていれは可愛いのに、説教の多いお母さんのようで嫌だ。
一緒にいるとちょっとしんどい。
「明日はなにか予定あるの?」
「ゆっくり、1日寝ようと思ってるよ。」
間髪いれずに頭をはたかれた。
何かお気に召されませんでしたでしょうか。
「明日は私に付き合ってもらうからね。」
何が嬉しいのか、彼女は笑っていた。
こちらは休みくらいゆっくりしたいのにだ。
その夜、楽しい夢を見ていた。
俺は夢の中の暗い部屋で、ゲームを楽しんでいた。
大好きな戦車のゲームだ。
堅牢な装甲、雄々しき砲、無限軌道たるキャタピラ。
様々な戦車を選択でき、その戦車にあった戦い方をする。
車体に角度をつけ、正面装甲で弾を弾いたり、相手の戦車の旋回速度を考え、近接で回避したり、仲間と戦線を維持して共に火線を集中させたりと。
思っていたように、戦いが運べなくて、ぼこぼこにやられても楽しかった。
同じチームの他人から、悪口があっても気にしない。
悪口を言ったプレイヤーの評価を下げておく。
このゲーム好きは、もはや病気だろう。
仲間の動きを考えて、自分に有利な地形で戦う。
虎と呼ばれた戦車で、気持ちよく戦いに勝ち目が覚めた。
見慣れた薄暗い寮の木造の天井。
日はまだ昇っておらず、外は薄暗い。
朝早くの気持ちの良い涼しい空気。
雲一つない空。
「戦車っていいよな。」
楽しい夢だった。
戦車はとてもかっこいい。
しかし、この世界に戦車は無い。
ゲームもない。
剣と魔法で戦うゲームのような世界。
しかし、ゲームはないのだ。
窓から石畳を見下ろす。
もしも戦車があったなら。
鋼鉄の装甲、機能美のあるバランスのとれた車体、逞しく強靭な大砲。
その時、魔法が発動した。
自分のイメージが形になっていく。
魔力を使う疲労感と共に、光から虎と呼ばれた戦車が現れた。
何もなかった石畳にキャタピラがめり込んでいる。
自分にも特別な才能があったのだ。
しかも、理想的な形で。
小躍りしたくなる。
むへへ、むへらむへれ。
笑いが止まらない。
最高じゃないか。
窓から飛び出し、戦車に駆け寄った。
車体をべたべた触る。
冷たく、固い鋼鉄。
ふと考えてしまった。
ちょっと試し打ちがしてみたいと。
ちょうど目の前にいい標的がある。
寮の前の初代イーストランド皇帝の銅像に砲口が向けられた。