幼馴染み騎士から惚れ薬の効果が抜けません~本当は別の人を愛しているはずなのに、ごめんなさい!~
ラブコメが書きたくて!書きました!
よろしくお願いいたします!
誤字修正しました!ご指摘ありがとうございます!
連載の方と主人公の名前打ち間違えてたのゾッとします...本当に助かります...(2022.11.3)
「ネージュ!ネージュ・ブランカ!いい加減にしろ!」
バタン!と勢いよく扉を開けて研究室に入ってきた男性―――第2騎士団隊長レオナルド・ラッカーと目が合った瞬間、部屋の主である魔女ネージュは脱兎のごとく駆け出した。
が、そこは引きこもり女と騎士として日々鍛錬に励む男…反射神経に差がありすぎるため、無念にも首根っこをつかまれて捕らえられる。
「落ち着いて、レオ!話し合いましょう!」
国に仕える魔女の証たるローブを取られないよう、必死に押さえつけながら叫ぶと、レオナルドは眉を吊り上げた。
「話し合いだって?お前、自分が何をしたのかわかっていないのか!?…こともあろうにアンリエッタ姫の髪の毛をピンク色に染め上げるなど…!姫様付の侍女がショックで何人、気絶したと思ってるんだ!」
ネージュはその強大な魔力と圧倒的な才能から、弱冠6歳にして王宮に仕え始めた超一流魔女(自称)である。だがしかし、早くから魔法のことしか考えていなかったせいで、常識に疎い自由人。その破天荒な行動によってこの10年間、数多くの事件を起こしてきた。
そんな彼女は昨日も大事件を起こした。国の宝ともいえる15歳の王女アンリエッタの髪の毛をド派手なピンク色に染め上げてしまったのである。
「あ、あれは事故なの…!姫様が気分転換がしたいっていうから一緒に遊んでいたら…本当は毛先が少しだけ淡いピンク色になる予定だったの!」
アンリエッタとネージュは幼なじみである。
早くから出仕していたせいで孤独なネージュと、暇を持て余した王女は、年齢が近かったこともあり瞬く間に仲良くなった。しかもこの2人、揃いも揃っていたずら好きという困った共通点まであったのだ。
昔から、発案アンリエッタ、実行ネージュで起こしてきた事件の数は両の手でも足りないくらいだが、それも姫の社交界デビューの後は幾分落ち着いてきた…という矢先の出来事である。
そして、今憤怒の表情を浮かべている騎士レオナルドも、幼なじみだ。
彼は王女付きの騎士になるべく、幼いころから王宮に出入りしている公爵家のご令息(現在18歳)なのだ。
いたずら娘2人の過激な行動に一番近くで振り回されてきた苦労人でもある。
「何が事故だ!そもそも王宮に仕える魔女でありながら、気軽に王族に魔法をかけるなんてどうかしている!」
「正確には、魔法をかけたんじゃなくて、魔法薬を髪の毛につけたのよ」
「そんなことは重要じゃない!」
怒鳴られたネージュは飛び上がった。
レオナルドは騎士らしく鍛え上げた、たくましい肉体をもつ精悍な青年である。こげ茶の髪の毛が短く切りそろえられているので、常に顔がよく見えるが、凛々しい瞳とすっと通った鼻筋が一部の女子から熱狂的な人気を集めている。そんな彼が厳しい顔をすると、それなりに迫力があるのだ。
「…ごめんなさい…」
しょんぼりとうなだれて謝罪すると、レオナルドも少しだけ溜飲が下がったのか、ため息をついた。
「全く…才能だけは確かなのに、その向け方を間違えるんじゃない。今回は髪の毛の色が変わるだけで済んだが、もしアンリエッタ姫に何かあったら、いくらお前とは言え、本当に取り返しがつかないんだぞ」
「わかってる…」
いじいじと胸の前で指をいじっていたネージュの頭を、レオナルドはポンと撫でた。
彼なりの仲直りの合図である。
「……もう昼飯は食べたのか?まだなら一緒にいこう」
「行く~!」
現金にもすぐご機嫌になったネージュに「反省しろよ」と苦笑を漏らしながら、レオナルドはネージュの手を取った。
「放っておくと何するかわからないからな。捕まえていく」
眉根を寄せながら言うレオナルドにネージュはぷくーっと頬を膨らませる。
「子供じゃないのに…」
「大人扱いしてほしいなら、もう少し行動を改めるんだな」
「はあい」
兄妹のように手をつなぎながら、2人は食堂へ向かった。
***
王女や公爵家令息と親しいネージュだが、彼女自身は貴族ではない。
元々は孤児院にいた身元不詳の娘だ。しかし、国民全員に義務付けられている魔力量検査の儀式で、歴代最高となる数値をたたき出したので、特別に名字を与えられ、王宮の魔術師団に入った。
彼女はその魔力量もさることながら、とにかく発想力がすさまじかった。
これまで誰も思いつかなかったような魔法陣や、魔法薬、ひいては魔道具に至るまで、彼女に作れないものなどない。
問題児であることは間違いないのだが、その才能によって、同僚魔法使い・魔女や、貴族・王族からも一目置かれている存在なのである。
「今はどんな研究をしているんだ?……髪の毛の色を変える研究なら、すぐに中止しろよ」
口いっぱいにミートパイを頬張るネージュを呆れた目で見ながら、レオナルドは問いかけた。
ネージュはごっくんと口の中のものを呑み込み、応える。
「えっとね、諜報部門の人に頼まれて、精神作用系の魔法と同様の効果をもたらす魔法薬を作ろうとしているの」
「精神作用系?」
「うん。自白薬みたいなものかな。精神作用系の魔法って、できる人も少ないし、コントロールを間違えると人格を破壊してしまうでしょう?だから、罪人からまともな証言を得られるように、安全で効果のあるものを作ってほしいって」
「…そんなものができたら、大発明なんじゃないか…?」
色々と想像したレオナルドが青ざめると、ネージュはきょとんと首を傾げた。
ネージュは魔力が強い者の特徴でもある夜空のような濃紺の髪の毛と、ルビーのような深紅の大きな目を持つ少女である。色合いは神秘的なものであるのに、小柄なので、全体的にかわいらしい印象だ。…が、そんなあどけない顔をしてとんでもないものを開発中なのである。
「そうかな。でも確かに、一般に流通させるのは難しいかも。悪い人に使われちゃったら大変だもんね」
「当たり前だ!」
途端に16歳の少女らしい表現をされ、レオナルドは頭を抱えた。
「全く…自覚があるんだか、ないんだか…」
「レオったら青くなったり赤くなったり、変なの」
のんきにミートパイ食べを再開したネージュであった。
***
自白薬の試作品1号が完成したのは、それからわずか数日後のことであった。
「よし!できた!…でもなんだか回復薬みたいな色になっちゃった。…間違えないようにラベルを貼っておいて、後で諜報部に届けにいこう」
ラベルラベル…と引き出しの中を探っていると、来客を知らせるドアベルが鳴った。
顔を上げると、眉根を寄せたレオナルドがいた。
「レオ!どうしたの?今は訓練中の時間でしょ?」
「ああ…なんだか調子が出なくて。悪いが、回復薬のようなものはあるだろうか」
「もちろんあるよ!でもちょっと待ってね。今、引き出しの中から手を抜くわけにいかないの。探し物がどうやら奥のほうにあるみたいで…」
ネージュは片付けが苦手である。
今もラベルを探して体を突っ込むようにして、大きな引き出しの中をのぞいていたところだ。
「すまないな、忙しいときに…ん?なんだ、そこにあるじゃないか」
「え?…あ、ちょっと!!!!」
ネージュがばっと振り返ると、レオナルドはあろうことか、例の自白薬の試作品に手をかけていた。
そして止める間もなくごくりと飲み込んでしまった!
「た、大変!レオ、それは回復薬じゃないよ!例の自白薬なの!」
「ええ…!?」
ネージュが慌てて駆け寄ると、レオナルドは目を見開いた。
「レオ、気分が悪くなったりしていない?まだ実証実験の前だから何が起きるかわからないのに…!」
慌てるネージュに、彼は自分の体をまじまじと観察している。
「今のところ何も変化はないが………ネージュ、愛してる」
「は?」
一瞬の沈黙。
レオナルドは途端に顔を赤くしたり、青くしたりしている。
ネージュは高速で頭をフル回転させ…
「大変!自白薬じゃなくて惚れ薬になっちゃった!!」
と大慌てで叫んだ。
***
「い…一体何が起きてるんだ? ネージュ、好きだ」
「あわわわわわ」
あれからレオナルドは、何をしゃべっていても最後にネージュに対する愛を囁くという、とんでもない状態になってしまった。自分では制御が利かないようで、真っ赤な顔をしながらしゃべっている。
「ど、どうしよう…ごめんねレオ、紛らわしい色になってしまったばかりに…」
「いや、そもそも油断して確認もせずに飲んだ俺が悪い……ネージュ、かわいいな」
「ひえええ」
心なしかうるんだ瞳で甘い言葉を囁かれて、流石のネージュも動揺した。
一番の問題は、この状況が、ネージュを少なからず喜ばせてしまっていることである。
(た、た、大変…!冷静に考えなきゃいけないのに、ときめきが止まらない!)
――――ネージュは実は、レオナルドに恋をしていた。
幼いころから魔法にばかり夢中で、ろくに友人もいないような天涯孤独のネージュである。知り合ったころからアレコレと面倒を見てくれる優しく美しい少年に、特別な感情を抱くのはごく自然なことであった。
…が、しかし、ネージュはこの恋が報われないものであることを知っている。
(ど、どうしよう…姫様に申し訳が立たない…過去最大の大事故になっちゃった!)
ネージュは知っているのだ。幼なじみの2人が、密かに想い合っていることを。
誰よりも2人のことを近くで見てきたから間違いない。だって、姫様の社交界デビューのとき、彼女のパートナーを務めたのも、兄である王太子殿下ではなく、レオナルドだったくらいなのだから!
「た、大変だ…未来の王族になんてことを…」
「? ネージュ、どうかしたのか? …なんていい匂いなんだ。好きだ」
「わー!安心してね、レオ!なんとか姫様にバレる前に解除してみせるからー!」
「え?なんでそこでアンリエッタ姫が出てくるんだ?…愛してる」
首を傾げたレオナルドの言葉も耳に入らないような勢いで、ネージュは薬を作っていた時のメモを見直した。
この薬には、いくつかの魔法を組み込んである。
口が軽くなるように、体をリラックスさせる魔法。嘘がつけないように、夢見心地になる魔法、そして、言われたことへの返事がすぐ口に出るようになる命令魔法…これは惚れ薬になってもおかしくない調合である。ネージュは過去の自分を呪った。
「ううう…ごめんね、思ってもいないことを言うなんてつらいよね…すぐに楽にしてあげるからね…」
「その言い方だと殺されるように感じるからやめてくれ…それに、別につらいなんてそんなことは…」
もごもごとよくわからないことを言われたので「え?」と耳を近づけると「好きだ」という囁きを直で受けることになってしまった。不覚!
「ひえー!……はっ!でも大丈夫!もともと安全性担保のために、持続時間が短くなる配合になっているから!明日になったらきっと元通りだよ」
「そうなのか……夜空のような髪色が美しいな、ネージュ」
小さなつぶやきにもきちんと愛の言葉を添えつつ(添えさせられつつ)、レオナルドは難しい顔をして黙り込んだ。
「レオ?どうしたの?気分が悪くなってきた…!?」
不安に思ったネージュが俯いたレオナルドの顔を覗き込むと、彼はパッと距離をとった。
「い、いや、何でもない……近くに来られると心臓が…!」
「????」
「と、とにかく、明日になったら大丈夫だというなら、そんなに慌てなくてもいいだろう」
とりあえず訓練に戻る、とレオナルドはくるりと踵を返した。
「また、明日来る」
「うん!わかった…行ってらっしゃい!」
ネージュが声をかけると「ん」とか「ああ」とかよくわからない言葉を発しながら、レオナルドは出て行った。
(何事もないといいんだけど……)
ネージュは眉を下げてその背中を見送ったのだった。
***
「おはよう、ネージュ......その、今日も可愛いな」
「なんてこった!!!!」
翌朝、訪ねてくるなり開口一番愛を囁いてきたレオナルドに慌てて駆け寄った。
(一晩経っても効果が消えないなんて...!)
慌てて様々な解除魔法や解除薬をかけるネージュを赤い顔で見ながら、レオナルドは続ける。
「あー、その、ネージュ、あの薬なんだが......あの、あいして.....いやあの、うん、可愛いな、ネージュ」
「全然効かない!!しかも昨日より言葉も出なくなってる!?...悪化しちゃったの!?」
「え!?...いや、あの、そうかも......」
「どどどど、どうしよう...」
ネージュは真っ青になった。
自分が知り尽くす限りの解除術を施したのに、効果が消えないなんて初めてのことだ。
しかも、長い時間経ってから、むしろ効果が増す薬なんて聞いたこともない。
ネージュは研修室にあるありったけの魔術書を引っ張り出してきて、怒涛の勢いでめくり始める。
「おい......ネージュ...?」
「待っててね、レオー!必ず助けるからー!」
「あ、いや、その...」
「まさかこんなに強力な薬になってしまうなんて...自分の才能が怖い!えーん!」
「いや、落ち着いてくれ、ネージュ!」
レオナルドはぱしっとネージュの腕を掴むと、泣きそうに潤んだ彼女の瞳を見て、ごくり、と息を飲んだ。
「あ、あの...消化してやればいいんじゃないかな!!」
真っ赤な顔で叫んだレオナルドを、ネージュはキョトンと見つめた。
「消化......?」
首をかしげたネージュに、レオナルドは首肯する。
「そ、そうだ...!その、食べ物と一緒だ。薬のせい...で、好き...な気持ちが溢れてしまうなら、その、心の赴くままに行動して、発散というか...解消というか...を、させればいいと思う!」
薬のせいなのか変な言葉の区切り方をしながら伝えてくるレオナルドを、ネージュはじっと見つめた。
「......具体的には、何をしたらいいの...?」
珍しく何のアイデアも思い浮かばないネージュに、レオナルドは決意の滲む顔で言った。
「デートをしよう」
***
レオナルドの理屈を完全に理解したわけではなかったが、ネージュはとりあえず、乗ってみることにした。
それに、彼からしたら仕方なくとはいえ、好きな人とデートできるなんて嬉しい。
(だめだめ...!これは治療?みたいなものなんだから。それに姫様のこともあるし...)
ネージュは自分を律することにした。
「とりあえず、街に出てみよう」
レオナルドの提案で、2人は城下におりた。
ネージュは普段、王宮にある自分の研究室に引きこもりっぱなしなので、外で過ごすこと自体久しぶりだ。
しばらく来ない間に、知らない店も増えていた。
「わぁ...!たくさんお店があるねぇ!」
キョロキョロとあたりを見渡すネージュを見て目を細めながら、レオナルドは手を差し出した。
「ほら...その、迷子になったら大変だからな...そ、それに、いまはデート...だからな...」
「う、うん...わかった」
これも治療...と頭のなかで言い聞かせて、ネージュはレオナルドの手をとった。
それから2人は、いくつかのお店を見て回ったあと、最近できたというカフェに入った。
そこはタルトがイチオシとのことだったので、ネージュはイチゴのタルトを、レオナルドはレモンのタルトを頼んだ。
「わ~~!おいしそう~~!」
「気に入ったか?」
「うん!お店の雰囲気も素敵だし、来られてうれしい!ありがとう、レオナルド!」
「よかった...その、お前が喜んでくれると、俺も嬉しい」
薬のせいとはいえ、レオナルドが嬉しいことをたくさん言ってくれるので、ネージュは笑顔になった。
(惚れ薬...なんて恐ろしい代物...)
癖にならないようにしなくちゃ、と気合いを入れていると、おもむろにレオナルドが手を伸ばしてきた。
そのままネージュの口元を指でこする。
「クリームがついてるぞ、気を付けろ」
「は、はひ...ありがとう」
唇に少しだけ触れた指先に、ネージュはどきどきしてしまった。
ネージュは夢のような時間を過ごせて幸せだったが、今後のことを考えて、帰り道は憂鬱な気持ちになった。
(このまま薬の後遺症が残っちゃったらどうしよう...姫様が悲しむ...)
大好きなアンリエッタの顔が浮かんで、しょんぼりしているうちに、いつの間にかネージュたちは研究室の前についていた。
「レオ......どう?薬の効果は薄れていそう?」
不安げに問いかけると、レオナルドは目を泳がせた。
「あー、うん...どうかな、なんだかまだ少し...」
「そんなぁ」
「あ、あの...もうひとつ試してみたいことがあるんだが...」
「試してみたいこと?」
ネージュが首をかしげると、レオナルドはごくりと息をのみ...
ーーーーーーネージュを抱き締めた。
(えっ、え...!?)
ピシリと固まったネージュの耳元で、レオナルドが慌てたように喋り出す。
「く、薬のせいかもしれないが、こうしたいなと思ったんだ...!だから、少しだけ...」
そう言って腕の力を強める。
最初のうちこそ呆然としていたネージュだったが、途中でハッと我に帰り(これは治療...!)と唱えて、おずおずとレオナルドの背中に腕を回した。
ネージュは親の記憶もないので、誰かに抱き締められたことすらない。このドキドキが初めての行為に対してのものなのか、封印するべき恋心に対してなのか、いまいちよくわからなかった。
***
困ったことに、惚れ薬の効果はなんと3日経っても消えなかった。
どうしたらいいかわからなくなってしまったネージュの代わりに、レオナルドが様々な治療方法を編み出してくれた。
お互いの身体が触れあっているといくらか症状が落ち着くようで、レオナルドはネージュと手を繋いだり抱き合ったりすることを望んだ。
ネージュも内心嫌ではないので、流されるように応えていたのだが、ある日廊下を歩いているときに、王宮のメイドたちの話し声が聞こえてきて、青ざめた。
いわく、「レオナルドとネージュが交際を始めたらしい」という噂が流れているとのことだ。
(たたた、大変!そんな噂が耳に入ったら、姫様がなんて思うか...!)
バレる前に早く解除方法を見つけなくては!...と思っていた矢先、アンリエッタ姫からとうとう呼び出しの手紙が届いた。中には「レオナルドのことで話がある」と書いてあり、ネージュの背中を冷や汗が伝ったのだった...。
***
約束の日、アンリエッタの部屋の前で、ネージュはぷるぷると震えていた。
(ど、どうしよう...やっぱりご存知なのかな、噂のこと。なんてお詫びしたらいいのか...!)
いやいや、もしかしたら全然違う話かもしれないし...と首をふって気持ちを切り替えると、思いきって扉をノックした。「どうぞ」といつもの優しい声がしたので、恐る恐る中を覗き、固まる。
お気に入りの椅子で優雅に座るアンリエッタの横に、気まずそうな顔をしたレオナルドが立っていたからだ。
心なしかアンリエッタも難しい顔をしている気がする。
(やっぱり...ご存知なんだ...!!どうしよう!!愛し合う2人の邪魔をしてしまうなんて...!!)
ネージュの脳内を、アンリエッタのデビュタントのときの映像がめぐった。
――――――美しい2人。お似合いの2人。仲睦まじくダンスを踊る2人を影から眺めて、身分違いの幼い初恋に蓋をしながら「この2人のために誠心誠意お仕えしよう」と決めていたのに...!
その瞬間、ネージュの瞳から滝のような勢いで涙が溢れ出した。
レオナルドがぎょっとしたように目を見開く。
「な、ネージュ!何を泣いてっ...!?」
「うわわあぁぁあん、姫様、ごめんなさぃいいいい」
とても年上とは思えないような勢いで、子供のように大声を出して泣き出したネージュを見て、アンリエッタが「あらあら」と駆け寄ってきた。
「どうしたの、ネージュ!何をそんなに泣いているの?」
「うわーーーん、レオの気持ちを曲げちゃってごめんなさぃいいい!!絶対元に戻しますからぁあ!!」
「まぁ、一体なんのこと?」
ひぐ、グスッと泣きながら、ネージュはこれまで起きたことを正直に洗いざらい話した。
「あら、まぁ、ネージュったら...貴女って天才だけど、本当におバカさんねぇ!」
「うっうっ、そうですよね...変な薬を作り出して、人の気持ちを曲げてしまうなんて...愛し合う2人に余計な軋轢をぉおお」
謝ると、レオナルドが「えっ!?」と大きな声を出したので、ネージュはきょとんとした。
「だって、今日は噂を聞いたからお呼びになったんでしょう?わたし、本当に2人のお邪魔をする気なんてなかったんです...っ」
「なっ!ネージュ!そんな風に思ってたのか!?」
すると、突然焦り出したレオナルドを、じろりと睨み付けてから、アンリエッタはにっこり微笑んでネージュをぎゅっと抱き締めた。
「ネージュったら、私がおバカさんって言ったのはそういう意味じゃないのよ」
「じゃあ、どういう意味...?」
幼子のように問いかけたネージュをよしよしと撫でながら、アンリエッタは苦笑した。
「そもそも、今回の件はネージュは全く悪くないのよ。悪いのは全部、『意気地無し』なレオナルドなの。だって......薬の効果なんて、翌日にはすっかりなくなってたんだから!」
「え?」
ネージュはパッと顔を上げてレオナルドを見た。
彼は顔を真っ赤にして、気まずそうに俯いている。
アンリエッタはそんなレオナルドを見て、呆れたようにため息をついた。
「ネージュ、この人はね、貴女のことが、可愛くて、大好きなのに、どうしても伝えられないからって、薬を言い訳にしてたの!」
「大好きって...でも、それは惚れ薬の効果でしょう?」
「違うわ!ネージュ、もっと言うとね、貴女が作ったのは惚れ薬なんかじゃないのよ」
「ええ!?そんなまさか!?」
ネージュが目を見開くと、アンリエッタはまたため息をついて、「ここからは貴方が言いなさい」とレオナルドを睨み付けた。
レオナルドはますます顔を赤くしたが、ネージュの近くにおずおずと歩いてきて、彼女の手をとった。
「その...恐らくなんだが、お前が作った薬は、惚れ薬ではなくて...『飲むと思ったことが口から出る薬』だと思う...」
「え!?」
「お前が考えていたように、どちらかというと自白薬にとてつもなく近い品だ。その...俺の口から出てたのは、俺がいつもお前と一緒にいるときに考えていたことだから......」
ネージュは頭が真っ白になって、口をあんぐりと開けたまま固まった。
レオナルドは眉尻を下げながら申し訳なさそうに続ける。
「すまなかった...確かに初日は薬の効果で、あんなことを言っていたんだが、アンリエッタ姫の仰る通り、翌日からは違う。薬のおかげで、ずっと言いたくても言えなかったことがするする言えたから...その、薬のせいにしたら、もっとお前に近づけると思って」
「えっえっ」
「まさか、お前が、俺とアンリエッタ姫のことをそんな風に思っていたなんて知らなくて...その、薬のことを棚に上げて、てっきり俺の気持ちは伝わっていると思っていたんだ。姫に怒られてようやく、自分が大事なことを言い忘れてたことに気づいたんだ」
「...レオの、気持ち...?」
ネージュが大きな目を見開いて見上げると、レオナルドは握る手の力を強めた。そして、ほんのり頬を染めながら、微笑む。
「ネージュ......俺は、お前のことが好きなんだ。薬を言い訳にしてでも抱き締めたいくらい......愛している」
ネージュはビックリして...それから頬を真っ赤に染めた。あわあわと焦り出す。
「そ、そんな、わたしてっきり...だって、姫様のデビュタントのときすごく仲良さそうに踊ってたから!」
「あれは!王太子殿下が、どうしても意中の令嬢と踊りたいから、アンリエッタ姫の相手をしてくれ、と頼まれて仕方なくパートナーになっただけで...!大体、ネージュはあのパーティーに来ていたのか?いつも不参加だから、俺は誘っても来てくれないと思ったのに...!」
「あ、正式に行ってたわけじゃなくて、覗いてたの...だってわたし、パーティーになんか出られる身分じゃないし...」
そうだ、いずれにせよネージュとレオナルドには身分の差がある。レオナルドに好きだと言ってもらえて、とっても嬉しいのに、そのことを思い出して泣きそうになった。
しかし、レオナルドはいぶかしげな顔をする。
「身分?何を言っているんだ?ネージュは王族に名字を与えられた魔女だろう?」
「でも...平民だし......」
「ネージュ、まさか知らないのか...?」
え、とネージュが顔を上げると、横でにやにやしていたアンリエッタが呆れたように言った。
「ネージュったら!まさか本当に知らないの!?王宮に仕える魔女や魔法使いにとって、王族から名字を与えられることは、叙爵されたのと同じことなのよ!」
「......ええ!?」
本当に知らなかったネージュは、ただでさえ大きな瞳を溢れんばかりに見開いた。
そんなネージュを見て、レオナルドが「仕方ないな」というように笑った。
「ネージュ、お前は貴族位でいえば、公爵に近い立場にいるんだ。だから、俺との身分差なんてほとんどないんだよ。むしろ跡取りにすぎない俺より上だ」
「そ、そうなの!?」
全く、与え損じゃないの!と叫ぶアンリエッタの声を聞きながら、ネージュの心にじわじわと喜びが溢れてきた。
「じゃ、じゃあ...レオとこれからも一緒にいられるの?好きでいて良いの?」
初めて、好きだと口に出したネージュに対し、レオナルドは頬を染める。
「ネージュ!嬉しいよ!...もちろん、いいんだ。俺のことをずっと好きでいてほしいって、俺も思ってる」
そう言ってぎゅっと抱き締めてくれたので、ネージュは今度こそ満面の笑みを浮かべたのだった。
***
その日、ネージュは朝からたくさんの魔法薬を作り出していた。しかも全て自分のためのものだ。
「よし...!これだけあれば...!」
その時、研究室の扉をノックする音が響いて慌てる。
「ネージュ?いるのか?」
「あわわわわ、レオ!」
バタバタと作っていたものを隠そうとすると、レオナルドが眉をひそめる。
「......一体、何を隠したんだ?」
「な、なんでも!なんでもない!」
急いで背中の後ろのものを引き出しに突っ込もうとすると、レオナルドが後ろからぎゅっと抱きついてきて捕獲される。想いが通じあってから、レオナルドはこうしてすぐネージュにくっついてくるようになった。ネージュはまだ慣れなくて、毎回真っ赤になってしまう。
「わわわ...」
「また怪しい薬を作ったのか...?まったく、見せなさい」
そう言って、ひょいと薬瓶を手に取り、
ーーーーーー固まった。
ラベルに書いてあったのは「くっつきたくなる薬」「愛してるって言いたくなる薬」「抱き締めたくなる薬」そして、「キスしたくなる薬」だったからだ。
これらは全て、ネージュが後でレオナルドに使おうと思っていた薬だ。こそこそやろうとしていた恥ずかしい悪事がバレて、ネージュは真っ赤になって固まった。
「ネージュ......ばかだなぁ」
「ご、ごめんなさい...」
消えたい、と思いながらネージュが謝ると、レオナルドは彼女の身体をぐるりと回して、その顔を優しく覗き込んだ。
「...こんな薬なんかなくても、いっつも思ってるよ」
「...!」
そう言って、レオナルドが顔を近づけてきたので、ネージュはぎゅっと目を瞑った。
初めてのキスは、あったかくて、甘くて、ネージュはとっても幸せな気持ちになったのだった。
天然なネージュに振り回されるのが大好きなレオナルド...。
アンリエッタはそんな二人に呆れてはいるものの、どちらのことも大好きなので、ついつい甘やかしてしまうのです。
ちなみにアンリエッタのなかではネージュ>>>>>>>>レオナルドくらい扱いに差があるので、レオナルドはいつも、ネージュを取られないように必死です。