5通目 1日1回30分
「公園に行こうか。」
彼が突然誘ってきた。病院敷地の隣にあるスポーツスペース。通称「公園」。彼も私も許可が下りていたから、外出時間の間であれば自由に使うことができた。
「お散歩。どう?」
「行きます!」
座っていたベンチから勢いよく立ち上がると、立っていた彼の胸元に頭が当たった。
「ご、ごめんなさい!」
「はは。そんな楽しみにしてくれたなら嬉しいな。行こうか。」
そっと手を差し出される。しばらくその手と彼の顔を視線が行ったり来たりしながら困惑していると、困ったように彼は笑った。差し出された手にそっと自分の手を重ねる。そうしてようやく彼は安心したように私の手を握った。
病棟ごとに外出時間が異なるから、彼と一緒にいられるのは1日1回30分だけ。私の病棟と彼の病棟の時間が重なるその時間が唯一の逢瀬の時間だった。公園まで5分、居れて15分、帰りに5分。そこから病棟まで追加で5分といったところか。彼が横目でダイバーズウォッチを見る。彼も時間を気にしているようだ。
「ごめん、もっと一緒に居れたら良いのになって。」
「そうですね。」
外には制限がある。出られる範囲、出られる時間。
1日の大半を病棟で過ごす私たちにとって、外での時間は貴重だった。
タバコを吸えるだけ吸うもの。お菓子に舌鼓を打つもの。病棟前のマリア様像で祈りをささげるもの。交流を楽しむもの。各々が羽を伸ばしていた。
普通の病院にはない制限時間。それは私たちを守るためでもあった。
外からの刺激に弱くなってしまったもの、情報遮断をしなければいけないもの。患者には常識じゃ通じない理由があった。
公園ではいつもと同じように彼の話に耳を傾け、彼の声で満たされるというとても幸せな時間が待っていた。15分はあっという間で公園の中を歩きながら彼の体温を受け止めていた。右手から伝わる彼のぬくもり。夢じゃないよねと何度か握り返すと、彼は手をぎゅっと握りこんで離さなかった。
「離さないでくださいね。」
「うん、もうずっと離さない。」
ふふふ、二人で笑う。
次の日、彼から渡された手紙はこの日のことが書かれていた。
『二人で散歩して初めて【て】を繋いで。
正直めっちゃドキドキした。ちゃんと女の子なんだなって。守りたいって思った。
そうなると今度はキスしたいとかになるんですけど。まあ怒られそうなのでやめときます。素直な男でごめん。
2作目も読みました。
そいえばそんなこともあったね。覚えていてくれてうれしいな。
俺の秘密まだまだあるよ。実はコレにも・・・なんてね。
また一緒に散歩行こうね。大好きだよ。』
2人だけの時間が幸せで、気づいていなかった。
「離さない」って言ったのに。