0通目 恋の始まりは突然に
「君は向日葵みたいな人だね。」
都立✕✕精神科病院。通称『檻』。
6つの病棟と外来、通所からなるその病院に私は入院していた。
古びた白と荒れ果てた草木の、社会から切り離されたそこは異様な姿をしていた。
しかし、それを気に掛けるような人間はここにはいない。
私もその一人だった。
だから彼に出会ったとき、心臓を撃ち抜かれたようだった。
他病棟の彼とは、病院の敷地内で会った。
「外」と呼ばれるそこは、入院患者が交流をしている病院で唯一タバコやお菓子が許された場所なのだ。
メンソールのタバコを吸いながら彼はチョコレートを食べていた。
「こんにちは。」
テノールの心地よい声が響く。私はその姿に声を上ずらせながら答える。
「こ、こんにちは。」
目をキュッと細めて微笑む。赤いパーカーが眩しい。
一目ぼれだった。
「かっこいい。」
「え?」
「あ、あの彼女いますか!?」
「い、いないけど!?」
突然の問いかけに彼も驚く。でしょうね。私が一番びっくりしている。
一瞬だった。
「私が彼女じゃダメでしょうか!」
私はいつも後先考えずに行動するタイプだった。
傍から見たら異常だっただろう。
初対面で告白なんてどうかしてる。でもここでは「また次の機会」なんてない。
私は紺のパーカーを握りしめながら理解っていた。
「面白いね。むしろ俺でいいの?」
彼は目を細めたまま楽しそうに笑った。
「は、はい!」
思わぬ返事に嬉しくなる。
近くの患者さんたちが色めき立つのも気にせず、彼のことだけをまっすぐ見つめていた。
「ありがとう。よろしくね。」
ここから私と彼の幸せな恋が始まることになる。