第五話 出会いは唐突に 後編
「ありがとう……ございます。気持ちが昂っちゃって……」
「気にすることはない。誰でも君と同じ境遇になったら同じようなことをするに決まっている」
「そ、それで! 今の自分に何が起きているんですか?」
涙も落ち着き、ようやく自分自身の意志を取り戻すことができた。
城ケ崎明と有栖川咲はどちらか一方を選択することはできない紛れもない自分自身。どちらも夢ではない現実である。
では何故こんなことになってしまったのか。昨日までは城ケ崎明ただ一人として生活していた。それが自分は有栖川咲でもあるって……、頭の中がパニックになってしまう。
「教える前にまず私の仮説を確証にしたい。そこで自分が覚えている記憶を教えてくれないか? 名前、年齢、性別、それから国籍と最後に覚えている光景をね」
「名前は城ケ崎明。二十歳で男。日本の大学に通っている普通の大学生……だった。公園のベンチで時間を潰したら突然……」
「空に謎の飛行物体が現れたんだね?」
そうだ。何度も思い出せるあの光景。一生忘れることのないあの異常事態からすべてが変わったんだ。
「そうです。空に浮かぶ謎の球体が現れたんです」
「そうか……、私の仮説はやっぱり正しかったみたいだ。まず簡潔に言うと君はこの世界とは別の世界の人格だ。私たちは君たちのことを『漂流者』と呼んでいる」
「私たち? 君たち?」
話を半分だけ理解することができた。城ケ崎明という人格は別世界の人間である、それはすんなりと頭の中に飲み込めた。
でもこの子はこちらが情報をいう前から何かを知っていた様子だ。まるで過去に同じ事例があったかのように。
「この世界では稀に君と同じ症状を持つ人が現れるんだよ。いつの間にか自分が別人になっているってね。詳しい理由はこの世界でもわかっていない。おまけに年代も国も地域も全部バラバラ。でも漂流者たちは口を揃えて言うことは一つ、『飛行物体はどうなった』って」
自分と同じ境遇の人がこの世界にいる。それを聞いて自分だけじゃないという安心感が生まれた。
今の自分の状況も少し見えてきたし。
「それで、その漂流者になって人はどうなるんですか?」
「……残念ながら解決策は見つかっていない。漂流者の研究は長年続いているけれど多くは謎に包まれたままなんだ。それに漂流者の症状自体も安定するわけでもないし、君が明日どうなっているかも予測が立たない」
「漂流者が安定しない?」
「この世界の通説では『漂流者はこの世界とは異なる世界からやってきた』とされている。身体には異常は見られず記憶だけが別人になってしまう極めて特質な病気としてね。でも過去にこんな例があった。漂流者の症状が現れた翌日元に戻ったっていうケースが。だから可能性はゼロじゃない、一方で今なお漂流者であり続ける人だっているのも現実だ。……君にはこんな話するべきではないと思うけれど、現実を少しでも知ってもらった方がいいのかなってね」
「そうなんだ……、そっか」
期待していた情報はなかった。貴重な情報はあれど、それは寧ろ現実を見せつけるものでもあった。同じ症状を持つ人たちがいるのなら解決策の一つや二つくらいあってもいいじゃないか……、これは贅沢すぎだろうか。
どうしようもないと諦めかけたその時、彼女は希望とも言える言葉を投げかけてくれた。
「君はこれまでの漂流者の中でも幸運な方なのかもしれない。だから安心してほしい。今君がいる場所は魔法研究の最先端、当然漂流者の研究だってされている。だから今は自分自身を、これまでの自分とこれからの自分を大切にしてほしい」
「これまでの自分とこれからの自分。――わかった、大切にします。それとここを信用してみたいと思います。魔法研究の最先端である学園を……、えっ? 魔法?」
今日は忘れられない光景があった。一つは元の世界で見たあの光景、そしてもう一つは隣で淡々と説明してくれた女の子、『白世未来』が意気揚々にこの台詞を発した瞬間の表情だった。
「ようこそ、魔法の世界へ。歓迎するよ有栖川咲……、いや城ケ崎明さん」
白世未来の一言は思考を混乱させるには十分すぎる効果があった。
『魔法の世界』
かつて誰もが一度は憧れたことがある夢。そんな非現実的である話を簡単に受け入れるはずがなかった。