第十五話 周囲の評価は唐突に
「そういえば未来から見て有栖川咲ってどうだったの?」
時は真昼。図書館から食堂に向かう最中気になったことを未来に尋ねてみた。
あくまでも有栖川咲を知るための一歩。城ケ崎明だった頃は他人の評価なんて気にも留めていなかったが。
「ん……、私も他の生徒と同じような感じかな。唐突に表れた天才少女って噂は聞いていただけ」
学園の中でどのように噂されていたのか聞きたかったが、これ以上有益な情報は未来の口から出ることはなさそうだった。
もしかしたら天才少女という称号に浮かれていたのかもしれない。学園にとっては特別なのかもしれないが、未来や他の生徒はさほど興味がないのかも。
ここは反省。有栖川咲と城ケ崎明、どちらにせよ自分は招かれざる客だと思っていよう、きっと周りも興味がないはず……、はずだった。
食堂に案内され、適当にメニューを選び未来と二人で向かい合って座る。図書館で話した時と同じ構図だ。
あの時は何気なく座って話し合っていたが……、不思議と周りの生徒の視線が集まる。
元の世界でもこの世界でも作法は変わらないと思っていたが、何か不自然な行動をとってしまったのか?
もしかしたら自分が漂流者ということがバレてしまった?
とっさに未来の方を見るが、何も言ってこなし食べることに集中して周りの異変に気付いていない。
未来が何も話さないというなら、これは自意識過剰?
「……いただきます」
ご飯を口にし、食べ物を噛む。そして飲み込む。
ごく自然の食事の光景。それでもなお視線をずっと感じる。チラッと周りに目を向けるも顔をそらされてしまう。
気にしないようにして食事を始めると左の方から唐突に声をかけられた。
「やっほーアリスちゃん! 検査大丈夫だった? 隣の席座ってもいい?」
視線を向けると翡翠ちゃんがいつの間にかいるじゃないか。こんな近くにいたのに話しかけられるまでわからなかった。
とりあえずこの子だけでも異変を悟られないようにしないといけない。
「うん大丈夫。翡翠ちゃんだけ?」
「ううん、クラスの子も何人かいるよ」
翡翠ちゃんの後ろに数人隠れている子が二、三人。その子たちの顔は自室に置いてあったあの本に載っていた……ような。
名前と顔が一致していないから部屋に戻ったら記憶しないと。
翡翠ちゃんのクラスメイトというなら自分とも同じクラス。でも様子が少しおかしい。
……何だろう、何故だかこの子からも周りと同じ視線を感じる。
警戒や敵意ではない。嫌っているのなら無視するのが一番だろうに。
――あれ? もしかしてこれって。
一つの可能性を導き出す。
可能性を確かにするために翡翠ちゃんではなく他の生徒にわざわざ声をかけた。
「ほら、みんなも一緒に座りなよ!」
「あ……、は、はい!」
彼女たちの態度で一つの確証にたどり着いた。
――この視線は「憧れ」なんじゃないか。
そもそも「憧れる」ことはあれど「憧れの対象」になることは決してなかった。だから慣れない視線に違和感を感じてしまった。
他に座っている生徒も悪気があるわけじゃなさそうだし、まぁ大目に見てやろうか。
昼食を食べ終え食堂内の人が減り始めた頃、未来とそろそろ図書館に戻ろうと話していた矢先に翡翠ちゃんがとあることを質問してきた。
「ねぇアリスちゃん。何で未来先輩と一緒なの?」
何気ない一言は鋭利なものだった。
翡翠ちゃんが疑問に持つのも不思議はない。
今日の授業は体調の検査という名目で欠席している。であるなら他の教職員と行動するべきなのに、たかが一生徒と行動?
漂流者のことを含めて成り行きで一緒にいるわけだが、それを全部説明してしまうのはまずい。
未来は無表情のまま見つめてくる。こちらが適当に話を作ってもいいという合図だ。
「いやぁ、実は……」
適当な話を言おうとするやいなや、どこから話しているのかわからなくなるほど周りが一気にざわつく。
「聞いちゃったよ、あの子」
「翡翠ちゃん、悪いよそんなこと聞いちゃ」
関係のない生徒だけでなく一緒に昼食をとったクラスメイトからも心配されている。
未来と一緒にいることがそんなに珍しい光景なのか。
普通の生徒と学園で特例の待遇を受けた生徒。
自分のせいでこんなにも周りの生徒を動揺させてしまうと思うと、人目につく場所で一緒に行動するのは避けなきゃな、なんて思った。
「でも絵里ちゃん。私たちが誇るアリスちゃんと学園が誇る白世先輩のツーショットだよ? 二人が一緒にいる理由気になるでしょ?」
周りのざわつきに屈することなく翡翠ちゃんがクラスメイトに言い訳をする。
そりゃあ確かに、とクラスメイトは引き下がった。
彼女たちも自分たちが一緒にいる理由を聞きたいみたいで……、ん?
「学園が誇る……白世先輩?」
ひょっとして自分のこと?
でも聞き間違いでないなら『白世先輩』と発言していた。
「そうだよアリスちゃん! 自分から先輩のこと話していたのに忘れちゃったの?」
「えっ!? いや、その……」
咄嗟の言い訳が出なかった。過去の自分を知らない自分にとって過去のことを口にされるのは一番困ることだ。
「どうしたの?」
動揺してしまった姿に翡翠ちゃんからは怪しまれる。
やばい、ダメだ。何も言い返せない。
頭が真っ白になったところで未来がフォローをしてくれた。
「石川さんが忙しいみたいで私が代わりに有栖川さんの面倒を見てるんだ。……君たちが思っているほどの仲でもないよ」
「そうだったんですか。学園を揺るがす大きな事件になるかと思いました」
未来がそう説明すると次第に周りの視線も減っていった。
生徒がバラバラとまばらに解散し、周りから注目されなくなったその瞬間も未来にとっては何事もないようだ。
「それじゃあ行こうか有栖川さん」
「は、はい、み……白世先輩」
お互いに言いなれないし聞きなれもしない呼び方で呼び合う。こうして難関になってしまった昼食タイムを乗り切ることができた。
ただ一つ。白世未来が何者であるのかを除いて。