あなたの人生を変える小説
「バカバカしい。たかが小説を読んだだけで人生が変わる訳がない」
ひょっとするとあなたは今、そう考えていらっしゃるかもしれません。確かに、小さな子供であれば、素敵な物語との出会いに感動して小説家を目指すこともあり得ますが、大人になっていくにつれて人生に大きく影響を及ぼすような体験は滅多に訪れなくなるでしょう。
日々真剣に思い悩み、努力を積み重ね歩んできた遥かな道のりが、そう簡単に方向転換されてしまっては堪りません。ましてやネットに投稿された素人の小説で人生を左右されるなんて、荒唐無稽な話です。
しかし、この作品があなたの未来に対して、ほんの僅かな変化すらもたらさないと断言することが本当にできるのでしょうか。
力学系の専門用語に「バタフライ効果」というものがあります。ある状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の状態が大きく異なってしまうという、カオス理論で取り上げられる現象のことです。その効果の比喩として「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こす」という表現が用いられたことが名前の由来となっています。
これは日本語のことわざの「風が吹けば桶屋が儲かる」にも通じています。風によって砂ぼこりがたつと、砂ぼこりが目に入るために視覚障害者が増え、彼らが三味線で生計を立てようとするため、その胴に張る猫の皮の需要も増え、猫が減った結果、増えた鼠が桶をかじるので桶屋が儲かり喜ぶ。些細な出来事が次々に連鎖して、思いもよらぬ影響を与えることになるという意味です。
これを小説に置き換えるとすれば、あなたがここまで文章を読んだ時点で、あるいは、そもそもこの作品のタイトルがあなたの視界に入った瞬間、既に人生に不可逆な変化が起きていたのです。この小説と出会わなかったあなたの一生と、これから歩んでいく一生との差がどれほどかけ離れているかは誰にも分かりません。それでも確かなことは、池に投げ込まれた小さな石ころから波紋が広がっていくように、この作品はあなたの人生に何らかの影響を与えていくのです。
もっと具体的に想像してみましょう。たとえば、あなたがこの文章を読むのに掛けた時間。それはこの小説と出会わなければ生じなかったはずです。ひょっとすると、この先その短い数分の差のおかげで、命に係わる事故を免れる可能性もあります。あるいは、発生したズレによって運命の相手と出会ったり、プレゼンに成功して契約を掴んだり、宝くじに当たるかもしれません。
あまり押しつけがましいことを言いたくはありませんが、ある意味で私は人生の恩人と言っても過言ではないでしょう。だからといって、あなたに感謝を求めたり、何かしらの対価を要求したりするつもりは毛頭ありません。
ただ、人間という生き物はあまりにも大きな借りを作るとついつい無意識的にストレスを感じてしまうものです。あなたがそのような苦痛を味わう姿を私は見たくありません。そこで、お互いのためにも一つのご提案があります。毎月、給与の5%を下記の口座に振り込んでいただくというのはいかがでしょうか。
勘違いしないでいただきたいのですが、決して浅ましい利己的な金銭欲のためにこのような話をしているわけではありません。これは、あくまでも莫大な恩義に対するあなたの心苦しさを解消し、なおかつ私にもささやかなオマケとしてのメリットをもたらす、まさにWin-Winの取引なのです。
……はい?
「この小説のせいで事故に遭ったり、恋人から別れ話を切り出されたり、仕事をクビになったりする可能性もあるじゃないか。その責任は一体どう取ってくれるんだ。お前の方こそ慰謝料を払え!」ですって?
……バカバカしい。たかが小説を読んだだけで人生が変わる訳がないでしょう。