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知らない人

作者: 茶柱てぃーぜ

 文庫本サイズの弁当とはよく言ったもので、私のお弁当は文庫本と重ねても変わらないサイズだ。

 お昼前の三時間目が終わるチャイムを聞くと、私は毎日、そんなお弁当と、一日で読み終わってしまう二百ページほどの文庫本を手に、部室へと走っていた。

 お昼の時間、部室には誰もいない。人のいない空間がほとんどない学校という場所において私のこの時間の安息の地は部室しかないのである。

 教室から部室まで移動するときの私は、きっと体力測定の五十メートル走の時の倍はスピードが出ているだろう。それほど急いでたどり着いたオアシスに踏み込もうと扉を開けたとき、私はオアシスの水が干上がっているような気持ちになった。

 中には人がいた。

 彼は一人、校則では禁止されているはずのゲーム機を操作しながら、しかし背中に物差しを入れられているように、両足は括り付けられているように、非常に姿勢よく座っていた。

 普段人のいないこの部室に人がいることに驚き、立ちすくんでいると、彼が一言だけ発した。

「これがバレるとまずいので早く閉めてください。里奈先輩」

 その声に私は慌てて中に入り扉を閉めた。

 直後、私の心の中に激しい後悔の念が生まれていた。

 なぜ、ここに入ってから扉を閉めたのか。そのまま入らずに扉を閉め、どこか別の場所、例えば裏庭等、この時期には暑すぎるものの一人になれる場所がないわけではないのに。安息の地とまでは言わないまでも、現状の部室よりはまだマシな場所が。

 しかし、一度入り、その上扉まで閉めてめてしまってはここから出るのも不自然であり、その不自然を私が生み出すのは許容できるものではなかった。

 仕方なく、空いている彼の前の椅子に座り、文庫本を読みながらお弁当を食べることにした。

 彼の方からふわっと潮の匂いがした。

 目の前の彼が姿勢よくゲームをしながらチラチラとこちらを見ている。

 不良少年の割には女子に免疫がないのだろうか。

 そう思いながら三分の一ほど弁当を食べ進めた時、私はふと疑問に思った。

 彼はなぜ私の名前を知っているのだろう。


 三時間目が終わるチャイムの音が聞こえるとすぐに、私は教室を出た。

 今日も又、部室で文庫本を読みながらお弁当を食べるためだ。

 クラスには居場所がない。一向に仲良くなれる人間がいないのだ。

 一人でいることは気楽で、どうしても親しい人間を探すことができない質の人間だ、私は。

 その点、部室はこの時間誰もいない。だから、私にとって部室は学校で唯一の安らぎの地なのである。

 だが、今日、その部室のドアを開けると、そこには知らない少年が、座ってゲームをしていた。それもやけに姿勢よく。

 私は扉を閉め、違う場所に行こうとも考えたが、しかし元々私の居場所である部室だ。むしろ後から入ってきたのは彼の方なのだから、私が場所を移動する必要はないだろうと開き直り、部室の中に入った。

 私の定位置は彼が座っている席の隣である。さすがにそこに座るのは勘弁してやろうと、彼の前の椅子に座った。

 彼の方からふわっと潮の匂いがした。

 私は彼を気にも留めず弁当箱を開け、本のしおりが挟まれたページを開く。

「里奈先輩は今日もいつもと同じお弁当なんですね」

 いつもと同じ……?

 そうだっけ。私は案外記憶力はないのだ。だから、昨日のお弁当も覚えていない。


 みんながお昼ご飯を取り出し始めるより前に、私は教室を出て、ダッシュで部室に向かう。

 この手にはいつも通り、お弁当と初めて読む本を持っている。

 最近、私に対する風当たりが強くなっている、ように感じる。

 教室の机がなくなったのだ。しかも、その直前に机の上にお花を置かれる典型的なやつまであった。

 仕方なく私は教室の後ろで授業を受けているのだけど、お昼の時間は部室という居場所がある。

 この時間の部室には誰もいない。私一人だけの聖域。

 そこで本を読みながらお弁当を食べるのが日課となっている。

 しかし、今日その部室のドアを開けると、そこには見知らぬ男が座っているのだった。

 彼はやけに姿勢よくゲームをしながら、珍しくご飯を食べていた。

 今日は部室に入るの、やめとこうかな、回れ右仕掛けたその時、彼が私に声をかける。

「里奈先輩、入ってくださいよ」

 そういわれて無視できるほど私の心は強くない。

 仕方なく部室に入り、彼の前の席におずおずと座る。

 彼の方からふわっと潮の匂いがした。

「もうすぐ一年ですね」

 突然、彼が震えた声でそう言うが、私には一体何が一年なのか、さっぱりわからない。

 突然話しかけてきた彼に呆けた顔を見せてしまい、彼は、ひどく残念そうな顔をしている。

 だが初対面の私に一体どのような反応を見せればよかったのか。 

 私は手元に視線を落とし、お弁当を食べるのだった。


 三時間目が終わる直前。

 僕は部室に向かう。

 僕にとってこの学校のあの部室は永遠の楽園だ。

 時間の止まってしまった彼女と、先に歩くしかない僕が、この昼食の時間だけ話すことのできる、ただ一つの空間なのだ。

 僕はあれからこの学校を卒業し、大学に進学し。

 何とか教員免許を取得しこの学校の化学科の教員をしている。

 三時間目だけは僕の授業が入らないように何とかうまく時間割を組んでいる。

 大学で勉強している間、彼女がいなくなっていたらと思っていたが、やはり、彼女は今もこの学校で、昼になると部室に走っている。

 僕はいつもの椅子に腰かけ、もう、八年も前の、やりつくしたゲームを起動する。

 そろそろだ。

 キーンコーンカーンコーン、と聞きなれたいつものチャイムがなる。

 そしてしばらくすると、きっと彼女が思っているより盛大に音を鳴らしてこの部室の扉が開く。

 今日はすんなりと入ってくる日のようだ。

 そして何も言わずに僕の前に座る。

「今日のお弁当はおいしそうですね。里奈先輩」

 彼女から、潮の匂いがした。

 

 

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