紫と縁
今回ヒロイン登場。
結局、この日は親父達の演奏の後、雑談に興じて、その流れで親父達からの個人レッスンになった。
俺は、親父から、もっとスキャロプトの特性を生かす様に、左手の握力の微妙な調整や、ヴィブラート、チョーキングでどうすればもっと音の表情が豊かになるのか、等親父の演奏を交えて教えてもらい、昔、ギターの弾き方を習ってた頃を思い出して少し照れくさかったが、今までよりも、左手に意識が行く様になった。
泰士は、政則さんから、チョッパーやライトハンド等の魅せるソロの弾き方を懸命に習い、政宗は、政孝さんにリズムキープとパワーは、文句無しと言われ喜んでいたが、「派手さに欠ける、ただの縁の下の力持ち!」と落とされていた、その後は、効果的なおかずの入れ方や、視覚に訴える派手な叩き方等をレクチャーされていた。
この日は、思った以上に収穫の多い1日になったと思う。
家に帰ると、すぐに部屋に籠り、昔、親父にもらったMTRの前で、曲を作ろうとした。
曲を作ろうとしたのだが、どうやら俺が歌付の曲を作るには、前もって歌詞を用意しなければ、メロディが浮かんですら来ないようだ。
恥を忍んで、親父にアドバイスを求める事にした。
「お父さん、少し教えてほしいんだけど。」
「お前に、お父さんって呼ばれると何か不気味な気がする(笑)」
「いや~曲作ろうとしたんだけど、何てぇのかな?歌詞が無いと何も浮かんでこなくってさ、」
「ああ、成る程!そんな時は、何処かの歌手の歌詞に、曲を作るんだよ。
でも、そう言う時は、知ってる曲でやろうとするなよ、元の曲のメロディに引っ張られたりするからな(笑)」
「それなら、何となくやれそうな気がする。
ちょっと部屋に戻ってやってみるよ。」
と部屋に戻ってはみたものの、思い浮かぶ歌詞が無いので、知ってる曲でやってみた。
元の曲と似た様な曲になってた。
親父、なかなか的確なアドバイス、ありがとう。
それから俺は、PCで適当にマイナーな歌手の歌詞をダウンロードして、メロディを悩み、コード進行を考えて形にしていった。
翌日の日曜の昼過ぎ迄に4曲スコアに纏めたので、MTRにドラムマシン、ベース、サイドギター、リードギターと被せていった。
出来上がったモノを聞いてみると、初めてにしては、まあまあの出来だった。
この作業を続けて行けば、曲作りのコツの様なモノを掴める様な気がしたので、暫くは、曲作りに没頭しながら、親父にの教えてくれた左手の感覚を磨いて自分のモノにしようと思う。
月曜日、登校すると、政宗と泰士が既に教室にいたので、
「お前ら、曲とか、作ったりしてる?」
「いや、個人練習に夢中で、まだだよ。」
「なら、これに歌詞付けてくれ。」
とDATのヘッドフォンステレオを渡すと、
「紫、これ何?」
「DATのヘッドフォンステレオ。」
「俺、こんなの初めて見たよ。」
「親父が昔使ってたやつだから、仕方ないだろ!」
「何でもいいけど、ちょっと聞かせてくれ!」
珍しい物を見て騒ぐ泰士の隣で、政宗が極めて冷静な行動をとる、イヤフォンを両耳に突っ込み暫く聞き入って、
「紫、これ何曲入ってるんだ?」
「土日で8曲作って、DATに落としたのは、7曲入ってる」
「紫、お前、何か凄過ぎ!多分、音楽室か教材室で、DATのプレイヤーが有ると思うから昼休み迄に、軽音部の顧問に聞いて、鍵借りようぜ!」
「そうだな、取り敢えず、聞いてくれ。」
タイミングよく、チャイムが鳴ったので、泰士は、隣のグラスに帰って行った。
1限目が、終わるとすぐに、職員室に向かい、軽音部の顧問に何処かDATが聞ける所ないかと尋ねると、放送室しかないと言われ、入れるのか、尋ねると、昼休みは、放送委員が放送室に居るから、そいつらに聞けとあしらわれてしまった。
俺は、職員室に同行した政宗と顔を見合せると、
「確か、うちの学校、昼休みに、お昼の放送とかしてたよなぁ。」
「そう言えば、たまにロックとか流してたよなぁ。」
「それに、放送室って防音扉だから、表からノックしても聞こえないから、飯食ってる暇ないぜ!」
「早弁決定だな、4限目が終わる迄に飯食って、ダッシュで放送室に行こうぜ!」
「じゃあ泰士にも教えなきゃ!」
政宗と泰士のクラスへ行ってその事を告げると、
「俺、朝コンビニで、パン買って来たから、それ持って行くわ。」
と、話しは終わり、弁当持参の俺と政宗は、3限目が終わると、脇目もふらず、休み時間のうちに弁当を平らげた。
そのお陰で、4限目は、眠かったけど、どうにか乗り切った。
政宗と2人ダッシュで放送室に行くと、そこには、見たことの有る顔が…………
「え~っと、先輩、何て名前でしたっけ?
確か軽音部の先輩でしたよね?」
「えー!名前ぐらいちゃんと覚えてよー、僕は2年の成瀬悠太だよ。」
「ん?先輩、俺に名前教えてくれましたか?初めて聞く名前ですよ。」
「ハハハ、そうだっけ?」
「それより先輩、何で放送室に?」
「ああ、僕、軽音部と放送部両方、掛け持ちでやってるんだよ。」
「なら、話しは早い、放送室で、DATを聞かせて欲しいんですけど、いいですか?」
「放送の邪魔しないなら構わないよ、もうすぐ女の子が来るけど、彼女が喋るの邪魔すんなよ。
ところで何が入ったテープなんだ?」
「紫が作った曲なんだ。」
「それは、僕も是非聞きたい、出来が良かったら、校内放送で流してもいいか?」
「いいけど、俺が作った曲って言わないで下さいね。」
先輩と話してると泰士が遅れてやって来たので、放送室に入り、先輩にテープを渡し、泰士と政宗に作った曲の譜面をわたした。
「お前スコア迄用意していたのか?マメな奴だなぁ。」
泰のが呆れ果てた様に言うと、先輩が、
「女の子は、15分ぐらいに来るからそれまで、ボリューム上げて鳴らそうか。」
と俺の曲が流れ始めた。
「先輩これって、もしかして外にも?」
「外には流れてないよ。
普通にプロミュージシャンの曲みたいだね、これに歌は付くの?」
「そのつもりなんですけど、土日で8曲作って、テープに7曲落とすのが精一杯で、歌詞迄は余裕がなかったんですよ。」
「お前って本当に凄いな、プレイも驚いたけど、作曲もこれ程とは、畏れ入ったよ。
歌詞なんだけど、軽音部でコンペしないか?」
「面白そうですね、その歌詞が本決まりになるかわ分かりませんが、今後の参考になりそうです。」
「じゃあ決まりね、何か賞品用意しておいてね。」
「俺がですか?」
「当たり前、お前の為にやるんだから、何か適当な私物でいいぞ、女子部員が喜ぶから(笑)」
「そんな簡単な賞品でいいの?」
「お前ら3人、最近屋上で練習しないから、知らないだろうけど、人気あるんだからな、たまには屋上に来ないか?」
先輩は女子が来たら直ぐに放送が始められる様に機材をいじりながら、俺に言った。
「分かりました、たまに顔出しますよ。」
「ユータ先輩、用意出来てますか?今日は、少し遅れました。」
俺の作った曲が流れる放送室に、1人の女の子が慌ただしく入って来た。
「ユータ先輩、今日は、人数多いですね、新しい放送部員ですか?」
「軽音部の後輩だよ、今、流れてる曲を聞くのに、やって来たんだよ。」
女子は、少しの間、室内に流れてる曲に耳を傾けている、今流れてるのは、3曲目のバラード、
「いい曲ですね、誰の曲なんですか?」
「うちの軽音部の1年が作った曲だよ。」
「えっ?もしかして彼等?
って紫君じゃないの?この高校に入ってたんだ?」
「えっ?俺の事知ってるの?」
「知ってるも何も、中学の1年と2年の時、同じクラスだったじゃないの。
逢坂縁よ、えにしって書く方の、名前の読み方が同じだから、同名夫婦ってからかわれてたじゃないの。」
「縁って、三つ編みツインテールの縁か?
あの頃とイメージが、全然違うんたけど。」
「三つ編み止めたからね(笑)」
「おいおい、そろそろ放送始めないと………」
先輩に急かされ、縁は、放送席に座りマイクオンにして喋り始め、オープニングの定型文を読み上げ、その後、
「今日は皆さんに、変わった曲をお届けします。」
と言ってマイクを切り、
「ユータ先輩それ、最初から流しましょう!」
「おっ、気に入ったのか?」
「中学の頃の、私の旦那様の曲だよ(笑)聞きたくない理由ないじゃん(笑)」
縁は、中学の頃、からかわれた事を引き合いに出して笑って見せた。
「逢坂さん、巻き戻すのに少し時間が掛かるから、10秒程喋って!」
縁は、は~い、と間延びした返事をすると、マイクのスイッチをおんにして、
「皆さん、これから流す曲は、私の旦那様が作った曲なんですよ(笑)素敵な曲なので、皆さんも聞いて下さいね!」
と言ってマイクのスイッチを切った縁に、
「おい、さらっと凄い事言ったな。」
「おい、深町、お前これから大変だぞ、逢坂って人気あるからな。」
ユータ先輩が、不穏な事を言い出した。
今は校内放送で俺の曲が、1曲目から流れている。
「そう言えば、逢坂、中学の頃と比べると、垢抜けて綺麗になったからなぁ。」
「だって~!紫君と夫婦って、からかわれてたけど、私嫌じゃなかったし、どうせなら紫君に釣り合う様になりたかったから、三つ編みも止めて、少し、お洒落にも気を使う様にしたのよ。」
「お前それって………」
「うん(笑)大体、紫君が想像した通りだと思うよ、紫君、頭良かったから、最難関高校に行くと思ってたから、一緒の高校って判って、ちょっと感動!」
「おい!紫、そっちで青春してんじゃねぇ!」
「しかも、逢坂って入学してから、立て続けに10人ほど告って、全員撃沈したって聞いたけど。」
「今日、放送室に来る前に12人目が来たわよ(笑)」
「流石、難攻不落の天使様だよ。」
「ちょっと、その難攻不落って何よ?」
「えっ?知らないの?少し前から、笑顔の天使って男子の間で言われてたけど、誰にも靡かないから、難攻不落って言われ始めたんだよ。」
「私、そんな風に言われてるって知らなかった。」
泰士に説明されてクスクス笑う緑は、何の違和感もなく、それが当たり前の様に、紫の左肘に、自分の右手を絡ませて、
「紫君、私の初恋、成就させてね♡」
上目遣いに紫を見詰める縁の頬は、台詞とは裏腹に真っ赤になっていた。
「前向きに、考えるけど、先ずは、友達から仲良くなって行くって言うのでいいか?」
と格好付けてみたけど、内心、心臓バクバクだった。
縁は、俺の返事に少し頬を膨らませたが、俺が、
「急がなくても良いじゃないか、こう言うのは、知り合いから友達、そして恋人って順を踏みたいんだよ、取り敢えず、縁の気持ちには応えるつもりだが、先ずは、仲の良い友達の時間を楽しみたいんだ。」
って言うと、満面の笑みで躊躇なく抱き付いてきた。
ユータ先輩、泰士、政宗の3人は、「砂糖吐きそう!」と言いながら、俺の作った曲を聴いていた。
昼休み終了10分前、流れていた曲をフェードアウトさせて、縁がマイクオンにし、
「皆さん、私の初恋の人の曲、いかがでしたか?
私は、この曲を聴いて凄く良い事がありました。
皆さんにも幸運が訪れると良いですね、それでは、午後の授業も頑張りましょう。
担当は、2年の裏方成瀬と1年の逢坂でした。」
マイクのスイッチを切る縁に、
「また危ない台詞、プチ込みやがって、でもまぁ何だ、縁と仲良くなるのは、悪い気がしない。」
「そうだ、紫君、そのテープ私にコピーしてくれない?」
「いいよ、後1曲作った曲があるから、それまで、録ったらコピーして持って来るよ。
ところで縁は、何組なんだ?」
「私、3組だよ、たまに遊びに来てね。」
「2組なら、泰士に会うついでに、会えるんだけど、おしいね(笑)」
縁は、意地悪なんだから!と膨れて見せるが、それが妙に可愛くて微笑みが洩れてしまう。
「ところで、2人は、土曜日に教えてもらった事、モノになりそうなのか?」
「なんとなく良い感じに成ってるけど、昨日の今日で出来るもんじゃないだろ。」
「俺は、ソロの練習だから、併せるのには、問題ないぜ、ライトハンドは、どうにかなりそうだけど、チョッパーは時間が掛かりそうなかんじだな。
で、そう言う紫は?」
「俺の場合は、前から取り組んでる事だから、あまり関係無いけど、理想的な形になるのは、まだ先だと思うよ。
それから、ユータ先輩が、たまには屋上に顔出せってさ。」
「屋上でするなら、バスドラのシェル張り替えなきゃいけないなぁ。」
「シェルって買うと高いんだろ?」
「ああ、でも気にするな、家にスペアがあるから、それ持って来るわ。
でも俺の場合、家のフルセットじゃないと練習になんないから、今、形になりだしたどころだから、当分家で練習するよ。
お前達2人は、たまに屋上で練習すればいいよ。」
「ああ、そうさせてもらおうかな。
泰士、そんなわけだから、俺は明日、屋上に行ってみるよ。」
「じゃあ俺もベース持って来るかな(笑)」
こうして、政宗は、家で、俺と泰士は、たまに屋上と言う事になった。