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彼は納豆を汁物だと言い張った

作者: etoooooe

 私の昔馴染みにナッシュというやつがいる。普通に日本人で本名は飯塚聡志なんだが、給食で出た納豆をスープだと言い張ったからナッシュと呼ばれるようになった。最初は親しみを込めてきちんと納豆スープ野郎と呼ばれていたが、次第にナッスと略されるようになり、カッコいいからということで最終的にナッシュで定着した。ナッシュも最初は不本意そうにしていたが、「納豆はネバネバがメインのスープで、大豆は具に過ぎない」という自らの主張を突き通すための代償として、「ナッシュ」の名を最終的には受け入れていた。とろろは普通におかずだと言っていた。

 ちなみに、ナッシュは納豆スープ野郎になるまでケイと呼ばれていた。友達のいうことを何でも神言のように信じてしまうので、「敬虔のサトシ」。略して「ケイ」。

 そういうナッシュの優しさを、私たちは本当に尊敬していた。だから、ナッシュをからかって嘘を信じ込ませるようなことはご法度とされていた。まあ、以前別の友人がついた「この地域では信号は赤が進めらしいよ」という嘘を信じて、信号が赤になるのを待ってから走り出したナッシュが軽自動車に跳ねられたことも、大いに関係している(ナッシュは「軽傷で済んだから、全然いいよ」と言っていた)。しかし、ナッシュは友人みんなに尊敬されていた、これは本当だ。


 小学四年生の夏頃、そんなナッシュがお父さんの仕事の事情で海外に引っ越すことが決まった。私たちは町唯一の教会を失ってしまったかのように不安になった。みんな自分たちがナッシュに何か出来ないか話し合った。そして私たちは最後もみんなで遊んでいたいという風になって、遊ぶだけのお別れ会を開くことにした。

 お別れ会は楽しかった。いつもと何も変わらなかった。いや、私たちはみんな、何も変えちゃいけないんだと気づいていたんだと思う。少しでも何かを変えてしまったら、もう戻すことはできないんだから。

 それなのに、じゃあそろそろ解散にしようか、という時間になって、私はついナッシュに「飛行機の中で眠ると異世界に飛んで行っちゃうらしいよ」と嘘をついてしまった。なんでそんなことを言ったのかはよく分からない。でもきっと、ナッシュはその嘘を信じてくれて、そしたらこの町に残ってくれるかもしれない、そう思ったんだと思う。でも、ナッシュは「前の日の夜はたくさん寝なくちゃいけないね!」と笑うだけだった。私は、みんなにバイバイした後で、少しの間家に帰らずに泣いた。

 ナッシュには手紙も送らなかった。あの日嘘をついた私から送ってはいけない気がした。だから、ナッシュとはそれっきりだった。


 それから十数年経った先日、実家から手紙が届いた。ナッシュからだった。私は袋をビリビリに破いてすぐに読み始めた。



「そちらの文化の礼節がもう分からなくなってしまったので、不躾な手紙になっているかもしれません。ごめんね。


 お元気ですか。手紙を送れなくてすみません。飛行機に乗ったあの日、色々大変で忙しかったので、みんなの住所を書いた紙を無くしてしまっていました。こないだ偶然それを復元できたので、久しぶりに連絡をしてみました。


 あんまり長く書くと返事が面倒だろうから、今回は短めに僕の現在について書くことにします。君が返事をくれたら、もっと沢山書くよ。


 僕は元気でやっています。今僕が住んでいるところはとても有名な大豆の産地で、僕は今納豆を作る仕事に就いてます。仕事場では、昔のようにナッシュと呼ばれて、楽しくやっています。懐かしい話を蒸し返すようだけれど、「納豆はスープじゃない!」って君らは言っていたよね。だから僕はナッシュと呼ばれ始めたんだけれど、ここの人達に聞くと、やっぱり納豆はスープみたいです。


 でも、納豆がスープだとしても、僕のことはナッシュと呼び続けてくれたら嬉しいです。




  いつまでもナッシュとして 飯塚悟志」




 あいつ、何処に行ったんだ……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] え? 納豆はスープですよね? ……ごめんなさい、嘘つきました…… [気になる点] 飛行機の中で、ナッシュが寝たのかどうか……そこが問題だ…… [一言] 面白かったです。
[良い点] ナッシュが色々ぐちゃぐちゃで面白い。 それこそ納豆のように。 唯一の教会を失ったような喪失感とは、 ナッシュの存在感が伝わる良い表現でした、ココが好きです。 [一言] 本当にどこに行った…
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