いつかの未来の五分前
薄暗いコクピットの中で、佐伯志之は静かな高揚感に包まれていた。
この期に及んで疑問は山積みのままである。
競技に参加する理由。この先に待ち受けるもの。可能性。その全てがわかったとき、どんな気持ちでここに立っているのだろう。
『もしもさ、賞金ゲットできたらどうする?』
と、彼女が尋ねたのを思い出す。
まるで絵空事を語るような口振りにおかしさが込み上げる。自分よりも彼女のほうがずっと近い位置にいるのに。
何も思いつかない、と無難に答えたことを覚えている。
夢がないなあ、と彼女が無邪気に笑ったことも覚えている。
しかし、志之の記憶により濃く焼きつけられていたのは、海の波に視線をぐらつかせる彼女の表情だった。
『なんてね、私も同じなんだ』
彼女はヒロインなのだと思い込んでいた。自分とは無縁の輝かしい道を歩んでいる。その道は誰にも邪魔されることなく、一直線に栄光へと続いているのだろうと、決めつけていたのだ。
幻想は幻想に過ぎないのだと、今なら知っている。
人よりうまくできるという自信だけを蝋燭の明かりに、暗中を進んでいる。
ただただ、目の前に現れる壁を、ひとつひとつ、クリアしているだけだ。
これもその『ひとつ』になるのか。
呼吸を整える。
ホログラムヘッドアップディスプレイに表示されたカウントダウンが時を刻んでいる。
つい力みすぎていた手を緩め、グローブ型コントローラーを軽く動かす。ディスプレイに映るマニピュレーターの関節がぎちぎちと音を立てて、拳を開閉する。
ラグはほとんどない。コンマ数秒といったところか。
自分の感覚とマシンの挙動を同調させていると、カウントダウンが明滅した。試合開始まで、あと六十秒。
疑問は山積みでも、これからやることは単純明快だ。
走って、殴って、撃って、戦う。
志之はアイドリング状態だった戦闘思考を起動。
ゲートが開け放たれ、ゲームが始まる。
橙色と黒色に彩られた機体は、マシンガンを構えて白光のもとに躍り出る――