第七話 帰還
重苦しい疲労感と激しい不快感からオールは一歩も動くことができないでいた。周りには野犬の死骸が散らばっており、血の匂いが充満している。野犬を引き連れて来た男は白目をむいて気絶していた。オールの身体はボロボロで血塗れだ。
「ここから離れた方がいい気がするけど、どうしよ」
力を振り絞りオールは動き出す。剣を腰に差し槍を死骸から引き抜いてInvertoryに収納した。
気絶した男を起こそうと体を揺する。
「ねえ、起きて……おい、起きなさい!」
揺すっても目覚めない男に苛ついてつい声を荒げてしまう。そもそもこの男が野犬を引き連れて来なければボロボロにならずに済んだのだからしょうがないとも言える。
「ん……うぅ……はぇ!?」
男は目覚めたがオールの血塗れの顔を見て再び白目を剥く。
「ちょっと、起きなさい!」
オールが胸ぐらを掴んで激しく揺すると男はようやくはっきり目覚め、現状を理解したのか話し始める。
「えぇと、あなたが助けてくれたんですか?」
「あなた自分がしたことが分かってないの!?」
「え? なんのことです?」
「あなたMPKしようとしたのよ。故意じゃないにせよマナー違反よ!」
PK可能なVRMMORPGですらMPKは批判される行為だ。それにオールはなんとか生存しているにしても死ぬ可能性が大いにあったのだ。
「そんな! 俺はただ助けてもらおうとして……」
「いやそれがダメなんだけど……他のプレイヤーに押し付けること自体が間違ってるの!」
「そんな価値観俺に押し付けないでくれよ!!こっちは死にそうだったんだぞ!」
オールは関わりたくないタイプだな、と思いながらも新手が来ることを考え助言する。
「まあいいや。 そんなことより早く逃げた方がいいと思うけど? いつ敵が出て来るか分からないし」
「お前一緒に来てくれるだろ? 強そうだし護衛してくれよ!」
そんな的外れな事を言われオールは怒りを通り越して呆れてしまった。
「はぁ……どうしようもない人なわけね」
男の言葉を無視してオールは去ろうとするがそれでも男はしつこく話しかけてくる。
「おい! 俺を放っておくつもりかよ!」
その言葉に遂に堪忍袋の尾が切れ、怒鳴ってしまう。
「あなたのお守りは絶対しない!!」
こういうタイプはハッキリ言わないと分からない。それでも言ってくる場合はどうしようもない。
男は怒りの表情を浮かべながら立ち上がり剣を構え始める。卑劣な笑みを浮かべオールの方に向かってくる。
「調子に乗りやがって! ボロボロの手前ぇなら俺でも殺れんだよ!!」
男は逆上して襲いかかって来た。しかし、オールからすればヒョロヒョロで冷静を欠いた剣など負傷していようが相手にならない。
「バーティカルスラァァァッッシュゥゥ!!!」
AssaultSkillまで使って来たが、左足を引いて回避した直後隙だらけの男の顎めがけて渾身の右ストレートを放つ。男は昏倒し顔面から地面に落ちる。
「まったく……まさか逆上して襲ってくるとは……」
男を哀れむように一瞥してその場から立ち去る。
相変わらずあたりは真っ暗だ。オールはMapを開いてエヴァンタイユの街の方角を確認し歩き始める。どれだけ歩いたか満身創痍で意識がはっきりしないときも何度かあったが、なんとか北門にたどり着いた。
「と、止まれ!」
衛兵が呼び止めてくる。それもそうだろう、全身血まみれの人間が来れば嫌でも呼び止めざるを得ない。
「身分証を提示して来れ」
そう言われオールはメニューウィンドウからGuildの項目を開き、冒険者証を衛兵に見せる。
「と、通っていいぞ……」
ふらふらと歩くオールを衛兵たちは心配そうな目で見守る。街に入ったことで安心してしまったのか、数歩進んだところで意識が途絶えてしまった。
オールは目覚めると見知らぬ天井気付く。あれだけ酷かった疲労感と頭痛、痛みのような不快感はすでになく妙に体が軽く感じている。
起き上がるとベッドの上だった。病室のようにカーテンで仕切られている。血塗れだった体と装備品、チュニックは綺麗になっている。
「おぉ、やっと起きたのか」
カーテンを開けて現れたのは白髪の老人だった。
「何処ですか、ここ?」
「北門近くの診療所じゃよ。倒れたお主を衛兵が運んできたんじゃ、後で礼を言っておくんじゃぞ」
悪いことしたなとオールは心の中で衛兵の二人に謝る。
「私なんで倒れたんですか?」
「体力切れじゃな、お主は珍しい種族じゃし自然回復も早かろう。咬み傷は放っておけばすぐ治るわ」
仮想世界で体力切れで気絶するとは全くおかしなことだが、おそらくこれも隠しステータスの一つなのであろう。咬み傷は確かに森にいた時よりも明らかに傷が浅くなっている。
「ご迷惑おかけしました。私、いきますね」
「何を言っておるんじゃ、ほれ」
オールは礼を言って立ち去ろうとするが老人に引き止められる。目の前には治療費500gifと書かれたウィンドウが浮かび上がっている。
「なんですか、これ?」
「何って治療費じゃよ。わしがタダで治療するわけないじゃろう?」
がめついおじいちゃんだなと思いながらも顔に出さないようにして潔く治療費を払い、礼を言って診療所を後にする。
「うわっ明る!」
オールが外に出ると既に太陽は真上にあった。どれくらい眠っていたのか気になりメニューウィンドウから時間を確認すると、現実時間は朝の8時だった。
「やばっ、流石に寝ないと!」
いくら仮想世界で眠っていたとはいえ現実の体は起きているはずだと、オールはその場でログアウトしようとしたがログアウト後自分の体がどうなるか心配になり宿をとってからログアウトするのだった。
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