第一話 カウントダウンイベント
櫂花は両親が経営する不動産会社から郊外のマンションの管理人を任されている。実際には殆ど他の社員が仕事をしているのだが、自宅でできそうな書類仕事はやっている。
この二日間で1週間分の仕事を済ませた櫂花は夕飯を食べ、ベッドに横たわりBrave Interfaceの起動ボタンを押した。
Brave Space内のConsoleでブラウザを開きカウントダウンイベントの開始を待つ。放送開始までしばらくお待ちください、の文字が浮かんでいる。ホロディスプレイを見るとチャットアプリに通知マークが付いている。開くと鈴音からの連絡だった。
(一緒にプレイしよ、なんて言ったけどイベントあるから一緒にログインできない! ごめんねm(_ _)m)
(先にプレイして待ってて!)
「さては一昨日電話で言い忘れたな」
(先に待ってるね!)
と、返信をしフフッと思わず笑みを浮かべてしまう。
10時まであと数分、ホロディスプレイを楽に見られる位置に移動させると画面が暗転しトレーラーが流れ始める。
『この世界にキャラクターは存在しない。
この世界にあらすじは存在しない。
この世界にあるのは冒険と才能。
新たなる世界で自分だけの才能を見つけ冒険しよう。
Brave Interface専用タイトルGeofu~Awakening of talent~』
『皆様お待たせいたしました! Geofu~Awakening of talent~サービス開始直前カウントダウンイベント! スタートです!』
鮮やかなコントラストのスポットライトの中、音楽と共に現れたのは櫂花と同じくらいの年齢の可愛らしい女性だった。
『MCを務めさせていただきます。ゲーマータレントのMISUZUです、よろしくお願い致します! このイベントは配信サイトVisionにて生配信中です。画面の前の皆様もよろしくお願い致します。さて、先ずはこの方にご登壇頂きましょう。Geofu~Awakening of talent~の生みの親、Sway.代表取締役社長アーサー・ウェイドさんです!』
アーサー・ウェイド、鈴音の父親である。鈴音は父親の会社にスポンサードされている。だからこそ共演することになったのだろう。
『ウェイドさんは社長でありながらGeofu~Awakening of talent~のプロデューサーでもあります。続きまして、Brave Interfaceを開発したRise Electronicsの日本支部長、日下部信二さんです!』
アーサー・ウェイドが登壇した時のように盛り上がる会場。舞台ではウェイド氏と日下部氏が挨拶が交わされている。挨拶が終わるとBrave Interfaceの説明が日下部信二氏によって行われる。
『BraveとはBrain Read Analyze Virtual Electronicsの頭文字をとって名付けられました。このマシーンは自分が思い描いた空間で思い描いた方法で操作するコンピュータ、をコンセプトとし開発されました。従来の、我が社で言えばRVR2などのフルダイブ型機器とは違い使用者の脳を解析し仮想世界に新たな脳を構築しそこに意識を移すことで成り立っています。』
その言葉にウェイド氏が続く。
『そこにSway.社が着目し、全く新しい仮想世界をRise Electronics社と共に作り上げました。ゲームグラフィックチックな仮想世界ではない、もう一つの現実世界のような世界! それこそがGeofu~Awakening of talent~の世界なのです!』
櫂花は、もう一つの現実世界のような世界という言葉に妙に心が踊った。年甲斐もなく子供が遠足に行く前日の夜のように。あと1時間41分23秒後には、その世界に足を踏み入れることができるのだ。ほんの数刻前までアイコンの上のカウントダウンには大した感情は起きなかったが、アーサー・ウェイドの演説の締めのような言葉で全く違う感情が沸き起こっていた。
『ありがとうございました! 続いてはスペシャルゲストに御登壇して頂きましょう! 配信サイトVisionにて大人気のストリーマーRineさんです!』
Rineとは鈴音のプレイヤーネームである。アイドルのような衣装で登場した鈴音を櫂花は少し痛い目で見ていた。
「25歳にもなって無理してるな〜 鈴音らしいけど」
『皆さんこんばんは〜! ストリーマーのRineです! 今日はGeofu~Awakening of talent~の魅力をたっぷり伝えられるように頑張りまーす!』
Rineの登場に父親の表情が綻んで見えるのは気のせいではないであろう。MCから降段を求められ寂しそうな顔をしているのも気のせいではないはずだ。
『それでは今からはRineさんと私、MISUZUでGeofu~Awakening of talent~の世界がどういったものかご紹介させて頂きます! 私とRineさんはプロトテストに特別に参加させて頂きました。一体何を見て何を思ったのか気になりますよね? まずはRineさんお願いします』
『はーい、私はNPCとの会話に重点を置いて話していきたいと思います。NPCの姿が気になる方がいると思いますが、画像や映像は公開NGなので自分でプレイして確認して見てね〜 さて、今までのVRゲームのNPCといえば特定の言葉以外には決まった返答をするのがお決まりですが、Geofu~Awakening of talent~の世界のNPCは全く違います。高度なAIがそれぞれに搭載されており、しっかりとした会話が成り立ちます。 表情や仕草まで現実世界にいるのではと錯覚するほどです! 聞いたところによるとNPCは独自で考え行動し人間関係を構築しているそうです。是非チェックして見て下さい〜!』
『Rineさんありがとうございました! それでは私からは……
Rineこと鈴音は話している間、会場の観客ではなく終始カメラに視線を合わせていた。その話し方と目線に櫂花はどことなく自分に向けられている何かがあるのではと思わされた。
あれよあれよと言う間にイベントは進んでいった。使用できる武器が何種類もあることや魔法が使えること、仮想世界のマップは日本の面積を越えるなどおおまかの情報が公開されたが、ゲーム内の映像などは結局最後まで出てこなかった。当選したプレイヤーには直に世界を見て欲しいという配慮であろう。
サービス開始5分前、MCとゲストが壇上に並び最後の挨拶が述べられる。
『サービス開始5分前となりました! 最後にお一人ずつコメントをお願いします!』
まず、日下部信二氏からコメントが述べられる。
『現在Brave Interfaceは限られた数しか皆様にご提供出来ません。しかし本社はCS機として安価にBrave Interface提供できるよう新型を開発中です。期待してお待ちください!』
続いてアーサー・ウェイドが口を開く。
『Geofu~Awakening of talent~は皆様の才能を皆様自身で見つけることが重要になる世界です。十人十色、自分だけの新しい人生をお楽しみ下さい!』
最後にRineの番になる。
『みんなと一緒に始めることはできないけど、私のVisionチャンネルで2時からライブをスタートします! 是非見に来てくださーい!』
『ありがとうございました! サービス開始まで残り30秒となりました、カウント10からお願い致します!』
櫂花はGeofu~Awakening of talent~のアイコンをタップする。すると扉のようなものが現れる。上にはカウントダウンが表示されている。
10……9……8……7……6……5……4……3……2……1
カウントが0になり扉がゆっくりと開く。その先に見えるのはカスタマイズしていないBrave Spaceのような真っ白な空間に櫂花は迷うことなく足を踏み入れた。




