第十七話 道場
オールは素材回収所に寄って採取Questを終わらせてから、冒険者ギルドのライラがいる受付に向かった。
この世界の現在の時刻は深夜であるがギルドや武具屋など多くの施設が営業している。多くのゲームは夜も街の機能が失われることはないため、プレイヤーにとってそれはおかしいことではない。しかし、この世界ではNPCも食事をし睡眠を取る。彼らなりに工夫してシフト制で別のNPCと交代し常に営業できるようにしているのだ。
そんな交代直前のライラはかなり眠そうにしている。
「こんばんは、ライラさん。例の件についてお話ししたいんですが…」
「わ、分かりました。支部長にお話ししてきます」
ライラはオールのことを嫌っているわけではないが、タイミングの悪い時間帯に来てしまったため少しムスッとしてしまった。
キャメルに話を通して戻ってきたライラはオールを応接室に案内する。オールが応接室に入るとすでにキャメルがソファーに座り待っていた。
「やぁ、オール君。例の件について決心してくれたということかね?」
相変わらず鼻につく態度で問いかけてくる。
「はい、ただ条件があります」
「ふむ、条件かね… いいだろうできる範囲で譲歩しよう」
オールは血液を提供することは構わないがこちらの指定した人物に運搬させる旨を条件として提示した。
キャメルは数秒考える仕草をしてから頷く。
「いいだろう、ただし運搬役は冒険者に限りこの件を口外しないことが条件だ」
「わかりました」
オールが同意するとキャメルの座るソファーの横に立っていたライラが懐から小さい長方形の木箱を取り出し、その中から注射器を出す。
「オールさんどちらでもいいので腕を出してください」
言われた通り左腕を出すとライラが割と慣れた手つきで採血を始める。採血した血液を小瓶に入れてからキャメルに渡す。
「これはとりあえずこちらが保管しておく。君がQuestを受ける際お渡ししよう。それと前回預かった魔石だ。」
そう言ってキャメルは懐からゴブリンメイジの魔石を取り出す。
「これは間違いなくゴブリンメイジの魔石だったよ。これは返しておこう。君の好きにするがいいさ」
キャメルはオールに魔石を渡すと立ち上がり、ではと一言言ってから応接室から立ち去るのだった。
「オールさんQuestを受けるときは私の受付まで運搬役の方と一緒に来てください。二人分の依頼書を作成しておきますので」
「分かりました。じゃあ、私もこれで」
オールは冒険者ギルドを出てエルムに連絡しようとメニューウィンドウを開いた。エルムはオンライン状態になっているので通話を掛けてみる。
『よお! 嬢ちゃん! 例の件かい?』
数秒でエルムが応答し彼の豪快な声が聞こえてくる。
「はい、ちなみに今どこに居るんですか?」
この街に居るなら直接話した方が良いだろうと、オールはエルムの居場所を訪ねる。
『ん、今か? 東区画にある槌術道場だ! よかったら来てくれねぇか?』
そういえばライラが多くの素人冒険者が道場に行くと言っていた事を思い出す。そこでは何が行われているのか気になり行くことにする。
「分かりました。ちなみにどの辺にあるんですか?」
『東区画の冒険者ギルドの近くだ。でっかいハンマーの看板があるから見れば分かるぜ!』
「今から向かいますね」
通話を切りオールは東区画へと向かった。
エヴァンタイユの街は扇形している。港の中心から北門までは歩くと30分はかかってしまう。また、西区画、中央区画、東区画と3つの区画に分かれており面積はかなり大きい。
そんな広大な街で中央区画のギルドから東区画のギルドまで歩くのはかなり骨が折れる。オールが街中にファストトラベルポイントを設置して欲しいと思うほどである。
普段は北門に近い中央区画支部と宿屋、商業区域を往復するのみであったため、今更ながら街の広さを実感するのだった。
「と、遠いよ… たくさんいるはずのプレイヤーをそこまで見かけないのも頷ける広さだよ…」
ようやく冒険者ギルドエヴァンタイユ東区画支部と書かれた看板を見つけ一息つく。辺りを見回すとエルムが言った通りでかい木槌を模った看板がある。しかし、看板があるのは建物ではなく高さ3mほどの門の上だ。
オールがそこへ向かうと掛け声のようなものが聞こえてくる。門をくぐり覗いてみるとそこは道場というよりは訓練場といった雰囲気で、屋外の土の上で何人ものプレイヤーがハンマーを振るっている。
その中で赤い髪の立派な髭を蓄えている見知った男が目に入る。男はオールに気づいたようでハンマーを振る手を止めてこちらに向かってくる。
「よお! 随分と遅かったじゃあねぇか! 遠いところにいたんなら俺が出向いたってのによぉ!」
相変わらず豪快な喋り方をするエルムにオールは押されつつも言葉を返す。
「い、いえ。道場に興味があったので大丈夫です…」
「そうか! それにしては槌を使うようには見えねぇがな」
オールはInventoryからブロンズハンマーを取り出しエルムに見せる。
「ほぉ、こりゃ驚いた。意外と様になってんなぁ」
オール自身は槌をまだ使いこなせてはいないため、本当に様になっているのか疑問に思ってしまう。
「SkillランクもE止まりなのでまだまだですよ」
そう言うと近くでハンマーを振っていたプレイヤーが騒めき始めた。
「おい、あの子もうEまで上げてるらしいぞ…」
「まじかよ、こちとら何時間もハンマー振り続けてるのにFのままだぞ…」
「Eまで上がってるのエルムさんだけだったのに…」
オールは自身の発言を後悔した。プレイヤーと関わりを持たずひたすらQuestや害獣、魔物との戦闘を楽しんでいたため他のプレイヤーの現状を理解していなかったからだ。
「嬢ちゃん… すげぇな…」
エルムですら少し気を落としている。この道場でEランクに上がっているのはエルムだけだったため自信があったのだろう。オールは苦笑いを浮かべるしかなかった。
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