第十二話 異変の兆候
泉周辺は静寂に満ちていた。一帯に生えていた薬草は半数以上が燃え尽きているか荒れているような状態だ。その光景を見て水の妖精ファラは悲しげな表情を浮かべている。
オールはゴブリンから一撃しか受けていないにも関わらず激しい倦怠感を感じている。HPバーが表示されないこの世界では倦怠感の度合いが残りのHPを示唆している。つまり、たった一撃で危険な状態まで持っていかれてしまったということだ。
『まったく、あなた無茶するわね… なんとか倒せたから良かったけど、あれはゴブリンの上位種ゴブリンメイジよそれも火属性に特化した変異種。あたしですら勝てない化け物よ』
ゴブリンのランクは魔物図鑑によるとDランクである。その上位種ともなるとCランク以上であろう。それをランクFであるオールがファラと二人がかりとはいえ倒したことは奇跡と言って差し支えないだろう。
「ほんとなんで倒せたんだろう…」
オールは現在、ファラに指示されて回復草を摂取している。攻撃を受け腫れ上がった左腕は回復に向かっているが、倦怠感はなかなか消えないようだ。だるそうな表情を浮かべている。
『なんで、逃げなかったの…? あたしを置いて逃げれば怪我することも装備を失うこともなかったのに…』
ブロンズシールドは融解してしまい、ブロンズソードには罅が入り使い物にならなくなってしまった。しかし、得た物も多い。ゴブリンが装備していた杖と外套である。杖は木製であるにも関わらずオールの渾身の一撃ですら傷一つ付いていなかった。外套はファラ曰く相当魔法耐性が高い代物らしい。ファラが最後に放った魔法は水属性の中でも上位に位置するという。ありとあらゆるものが凍りつくその魔法ですら凍らせるには至らなかった。それらをオールは貰い受けることになったのだ。
「なんとなくあなたを置いて逃げるのは違うと思ったし、初対面でも見知った人が死んじゃうのは寝覚めが悪いしね。それに、強そうな装備も手に入ったしむしろラッキーだよ」
『何言ってるの? あたし達精霊は消滅しても時間が経てば復活できるのよ?』
「え?」
オールは少し複雑な気持ちになる。ただ勝手にNPCは死んでしまったら復活しないのではと、何の根拠もなく漠然とそう思っていたのだ。
『ほら、失くなった腕も時間が経てば元通り!』
そう言って不意打ちを受けて消滅した腕が元に戻る様をオールに見せつける。
『まぁ、でも…その…あ、ありがとね…』
モジモジと照れながら礼を言うファラを見てオールもなぜか照れてしまう。
「そ、そいえば名乗ってもいなかったよね? 私の名前はオールよろしくね!」
名乗っていなかったことを思い出し、照れていることを誤魔化すように名乗るオール。
その後二人は色んな話をした。魔法のことや精霊のことなどが主である。魔法は誰でも才能があれば使えるらしい。ファラは生まれた時から魔法が使えていたようで、何をすれば使えるようになるのかは彼女でも分からないそうだ。魔法を使えるようになるにはファラに聞くよりも魔法の使える人間に聞いた方が良いとオールは助言された。
精霊はファラのような水の精霊は泉の園のような水辺をテリトリーにしていると言う。他の属性の精霊も属性に則った場所に居るそうだ。
『そういえば今回のこと腑に落ちないのよね……」
「何が?」
『そもそもね、ゴブリンメイジみたいな上位の魔物はこの周辺には存在しないの。それにこの泉の園に入れるのは妖精の血を持っているものだけなの…』
オールがファラが話す言語を理解できるようになったとき、ファラはオールに妖精種の血が混じっていると言っていた。それはこの泉の園がそういうカラクリだったからである。
オールの種族、万能種(Quarter Human)とは直訳すれば4つの種族の血が混ざっているということだろう。そのうちの一つが妖精種のものだったというわけだ。
「なるほど… それは血液を持っているだけでもいいの?」
オールは血液を持ち込んだ場合はどうなるのか気になり質問した。
『それは分からないわ。今までそんなことを試した奴はいなかったもの』
今となってはゴブリンメイジが何を所持していたか確認する術はない。杖と外套以外は粉々に砕けてしまったからだ。
『何か不穏なことが起きようとしているのかもね。良ければあなたが調べてくれないかしら?』
オールとしても今回のような事態に何度も遭遇するのは困るのだ。原因を調査することに異存はなく快く引き受ける。
「分かったわ。冒険者ギルドに今回のことを知らせて原因を調査してもらう」
『お願いね。それとこれをあなたに渡しておくわ』
渡されたのはネックレスだった。銀の装飾の真ん中に透明度の高い青い宝石がはめ込まれている。その色はファラの瞳の色にそっくりである。
「綺麗…… あなたの瞳の色とそっくりね…」
オールはネックレスに見惚れて気が付いていないが、ファラはまたしても頬を赤くし照れている。
『べ、別にあげたくてあげたわけじゃないんだからね! それは泉の園に辿り着きやすくするためのものよ! まぁ、少しだけお礼ってのもあるけど…』
語尾を小さくしながらそう言うファラに思わずオールは笑顔を向ける。
『な、なによ!』
「ふふっなんでもない。ありがと。それで、これがどうやってここまで導いてくれるの?」
気にくわないと言う表情をファラは浮かべるがしっかり説明はしてくれる。
『導いてくれるわけじゃないわ。泉の園の周りには惑いの結界が張られてるの。惑いの結界は妖精の血を持つものを誘い持たないものを拒絶する。だけどこのネックレスがあれば惑わされることなく真っ直ぐここにたどり着けるわ』
「でも、なんでこれを私に?」
オールはネックレスをくれる本質的理由が分からなかった。自分が再びここにくるか分からないのだから。
『そ、それは… あ、あれよ! 薬草がこんなことになったから手伝いに来て欲しいのよ! 手伝ってくれるならここの薬草は好きなだけ採って行っていいから…』
本当は話し相手が欲しいからということをファラは絶対に口にしないであろう。オールはなんとなくそれを察するが口にはしない。
「わかった、手伝うね。それに今回の原因の調査報告もして欲しいでしょ?」
『そ、そう! それもあったわ!』
オールは杖と外套を回収しようとゴブリンメイジの残骸に近付く。すると、残骸の中に赤紫色に妖しく輝く球状の物体を見つける。
「ん、なにこれ?」
球場の物体はツルツルとした質感で気待ち悪いほど完璧な球だった。
『それは魔石よ。上位の魔物には必ず体の中にあるわ。魔法具の材料になったりするから取っておいた方が良いわよ』
「本当に全部もらっちゃって良かったの? トドメを刺したのはあなただしなんか悪い気がするんだけど…」
『あたしには使い道がないからいいのよ』
「そっか、じゃあ遠慮なくいただくね」
ようやくオールの体から倦怠感が薄れていき戦闘を行っても大丈夫な程に回復したため街に戻ることにする。
「それじゃあ、色々とありがとう」
『ちゃんとまた来なさいよね』
手を振って別れたオールは森に入る。時刻は夜明け前、暁色の空が心に染み渡るようだ。
推敲が全然できてません。可笑しい点がいくつかあるかもしれませんが後々修正していきます。お付き合いいただければ幸いです。
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