プロローグ
3/10 大幅な内容の変更を行いました。
『この世界にキャラクターは存在しない。
この世界にあらすじは存在しない。
この世界にあるのは冒険と才能。
新たなる世界で自分だけの才能を見つけ冒険しよう。
Brave Interface専用タイトルGeofu~Awakening of talent~
11月10日サービス開始』
動画の広告に今では珍しい描写の少ないシンプルなゲームのプロモーションビデオが流れる。
万野櫂花は不思議と広告をスキップせずに見入ってしまった。だが、特に気にすることもなく動画サイトで視聴を続ける。すると、ピリリリリと携帯端末からアラームが流れ出し、櫂花は少し嫌そうな顔をしながら外出の準備をし始める。
メイクもせず、デニムとパーカーを着ると自分以外誰もいない部屋の玄関に向かう。
「行ってきます……」
櫂花の言葉に返答があるはずもなく静寂だけが流れる。虚しい気分になりながらもイヤホンを着けパーカーのフードを深く被り部屋を出る。
時刻は13時20分、周囲の視線を気にしながら誰とも目を合わせないように電車に乗り、二駅のところで降りると櫂花は定期的に赴いている精神科医へと足を進める。
なぜ精神科医に通うのか、それは彼女が対人恐怖症を患っているからである。
櫂花は万野不動産という大手の不動産屋の社長の令嬢だ。幼い頃から英才教育を受け、文武両道な学生生活を送ってきた。当然、就職しても順調に行くと誰もがそう思っていた。だが、現実は違った。彼女に対する妬みや理不尽な不満から陰湿ないじめを受けてしまったのだ。その経験は彼女にとてつもないトラウマを植え付け親しい人間以外と話す際、恐怖や不安感を覚えるようになった。その症状は25歳になった今でも続いている。
いつものように櫂花は診察室に入り医師と相談をし診断を受ける。しかし、毎度同じようなことを言われ、同じ処方箋を出されフードを深くかぶって帰路に着く。その繰り返しである。
櫂花は家に着くとラップトップの前に座り再び動画サイトで動画を見始める。
孤独な空間で彼女はとにかく刺激が欲しかった。両親から任された不動産関連の書類仕事を済ませ食事をして寝るだけの生活。趣味を始めようにも外に出るのは憚れる。
そんな中彼女に転機が訪れる。ラップトップの画面の下からピコンと通話マークのアイコンに通知が付けられる。開いてみるとビデオ通話の申請だった。嫌々ながら彼女は相手を見て通話に出ることにした。
『やっほ〜、おーちゃん』
画面いっぱいに現れたのは櫂花の親友であり幼馴染の古川・ウェイド・鈴音だった。
「久しぶり鈴音、どうしたの?」
『ちょっと待ってね、えーとこれをこうしてと』
なにやら画面お向こう側で鈴音がデバイスを操作している。すると、チャットアプリに通知が付く。
「おーちゃん、今送ったの開いて見て」
鈴音に言われた通り櫂花はチャットアプリから鈴音とのトークルームを開く。そこにはGeofuと書かれたリンクが貼られている。
櫂花は既視感を覚え記憶の中を探ると家を出る前に広告で見たゲームのプロモーションビデを思い出す。
「ゲーム……何なのこれ?」
『それね、パパの会社の新作なんだ。リンクを開くとコードが入ってる』
櫂花は不思議に思ったどうしてこれを自分に送ったのかと。
「どうして私に?」
『おーちゃんにはこのゲームをどうしてもやって欲しいんだ!』
鈴音はカメラに寄りながら勢いよくそう言うとなぜか頰を若干赤くしながら元の位置に戻る。
「別にゲームをやることは問題ないんだけどね、ゲームの中じゃ私の体はドキドキしないし… ただ、なんで今更ゲームやって欲しいの?」
櫂花は以前にも鈴音に勧められてフルダイブ型のゲームをプレイしたことがある。その中では人と話しても症状は出なかったが根本的な解決には至らなかった。
櫂花は精神科医からもVRゲームをプレイすることを推奨されている。仮想世界では精神的疾患が現れないためそこで人と話すことで慣らす治療法がある程だが結局現実世界に戻ると症状は出てしまい、いつの間にかプレイすること自体しなくなった。
『私ねこのゲームのプロトテストに参加したの、パパがどうしてもって言うからね。正直そこまで期待してなかったんだ、どうせ今までのと変わんないだろうってね… でもねインしてみて考えが変わった、今までのゲームとは全く違う素晴らしいものだって。それで思ったんだ、このゲームは絶対に… 絶対におーちゃんとプレイしたいって』
「どんなゲームなの?」
鈴音はストリーマーである。大学時代から始めて、今は配信サイトVisionでかなりの人気を集めている。当然、数々のゲームをプレイしてきているのだ。そんな彼女が今までのゲームとは全く違うと口にしたことに櫂花は惹かれてしまった。いったい何を見て何を感じたのかどうしても気になってしまったのである。
『ゲーム自体はVRMMORPGなんだけど詳細な情報は口外禁止だから言えないんだよね。だからこそ私が感じたことを初見でおーちゃんにも感じて欲しいんだ!』
そこまで言われて断れるわけもなく櫂花は頷いてしまった。しかし、流石に無料で貰うわけにはいかないだろうとコードは受け取れないと伝える。
『おーちゃん、このゲーム限定10万本で抽選だし抽選も終わってるから手に入らないよ』
「え? じゃあそのコードどうやって手に入れたの?」
『パパに無理言って貰ってきちゃった。それと遊ぶのに必要なBrave Interfaceも明日おーちゃんの家に届くように手配しといたから』
「え!!?」
『少し早い誕生日プレゼントということで』
笑顔でそう言う鈴音に櫂花は呆れてしまう。しかし、櫂花は鈴音らしいなと素直に受け取っておくことにする。
「わ、わかったわよ……いつもありがとね鈴音……」
無性に感謝を伝えたくなった。櫂花が会社を辞めて人と接することができなくなり両親からも諦められてもなお、鈴音だけはなにか切っ掛けを与えようとしてくれた。今では鈴音だけはちゃんと面と向かって接することができる。
『うん… ところでね、明後日の夜10時からGeofuのサービス開始カウントダウンイベント配信に出るんだ。色々情報公開とかもあるから絶対見てね!』
「わかった、絶対見るから」
『じゃあ次はGeofuの世界で会おうね!』
「うん、じゃあね」
通話を切ると櫂花は失礼だと思いながら、どうしても気になりBrave Interfaceと
Geofu~Awakening of talent~の値段を検索する。最近のゲームは恐ろしく高いからだ。値段を見て櫂花は鈴音に対し呆れと驚愕と感謝を心の中に溢れさせ絶対に次の鈴音の誕生日には驚かせてやろうと決意したのである。
翌日、インターホンの音と共に目を覚ました櫂花は目を擦りながら応答し玄関のオートロックを解除する。すぐに着替えてスッピンを眼鏡とキャップで誤魔化しドアの目の前まで進む。再びチャイムの音がなりドアを開けるとかなりでかいダンボールがカートの上に置かれていた。
「サインお願いします」
配達員に受け取りの署名を求められ素早くホロタブレットに名前を書く。櫂花の心拍数はこう言った日常でよくある状況ですら上がり続ける。
「部屋の中まで運びましょうか?」
「い、いえ結構です」
櫂花に悪気はないが素っ気ない返事をしてしまい、配達員は怪訝そうな顔でカートの上から荷物を降ろし帰っていく。ハァッと息を吐き、しゃがみ込み息を整える。
「ほんっと嫌になる」
溜息を吐くと立ち上がり、ダンボールを引きづりながら部屋に入る。
ダンボールを開封すると中には緩衝材とBrave Interfaceと印字された箱が入っている。やたらと高級感があるその箱にはヘルメット型の機械とタワー型PCのような箱型の機械、ケーブル類と小型のカメラのような物が4つ封入されていた。
「今までのVRとは異なる経験を貴方に… か」
取扱説明書の表紙に記載されていた文字を読み上げてから、ページをめくっていく。説明書通りにベッドの近くに箱型の機械を設置しケーブルをつなぐ。カメラのようなものはどうやらセンサーのようで部屋の四隅に置いた。ヘルメット型の機械はBrave Gearというらしい、それを被り起動ボタンを押す。バイザーに内蔵されているディスプレイに起動音と共にBrave Interfaceの文字が浮かび上がる。
『脳をスキャンします、そのまま動かないで下さい』
無機質な声が響いてくる。20%、40%、60%、80%とどんどんゲージが進んでいき、COMPLETEの文字が浮かぶ。
『スキャン完了 Brave Spaceにログインしますか?』
YES/NOの選択肢がディスプレイに表示され、櫂花はYESと口に出す。すると意識が遠のき気付くと真っ白な空間にいた。
『Brave system起動します。Virtual Consoleを表示します』
ホロディスプレイとホロキーボードが櫂花の目の前に浮かび上がる。ディスプレイ上の歯車の形をしたアイコンをタップするとウィンドウが表示された。どうやら設定メニューのようである。まるで仮想空間でパソコンをいじっている感覚だ。ブラウザを探して起動しBrave Interfaceについて調べ、普段櫂花がパソコンや携帯端末で使っているアプリを互換性があるものだけダウンロードする。
「ゲームのコードってどこで入力するんだろう」
そう呟くと勝手にアプリケーションと書かれたウィンドウが表示される。
『クラウド内にコードを認識しました。<Geofu~Awakening of talent~>をダウンロードするにはBrave.netへの登録が必要です』
AIが自動で反応することに驚きと感心を覚えつつ面倒だなと思いながらも、櫂花はブラウザからBreave.netを開き必要事項を記入して登録を済ませGeofuのダウンロード開始をタップする。
『ダウンロードまで約1時間かかります。このゲームが使用できるまで2日と14時間36分です』
「たしかサービス開始が11月10日だっけ」
『サービス開始は11月10日午前0時0分です』
櫂花は独り言のつもりだったにも関わらず反応するAIに呆れ、あとで設定しておこうと思う。
設定を変更したり仮想空間のカスタマイズをしたりしているうちに気づけば時刻は15時を回っていた。
「サービス開始まで待ち遠しい。鈴音にあそこまで言わせるゲームってどんなものなのかな……」
カスタマイズしたBrave Spaceの空間のソファーにもたれ掛かり櫂花は期待に胸を膨らませるのだった。




