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出陣



 日毎に深緑の木影が濃くなっていく薬草園(ハーブガーデン)の中央の樹の下で、幹を抱きしめる。

 苗を植えてから数年でかなり大きくなって、今はよい木陰を作ってくれる。

 この樹はなんの変哲もない、ただの樹。でも故郷の村から持って来た大事な樹。

 気分が落ち込むと、私はよくこの樹の側にやって来た。

 こうしていると心が慰められる。


 陽気なベックと弟のようなヨハンが居ないのは、やはり寂しかった。

 西の開拓村に行ってから、まだ二日しか経っていないのに。


 アロイスはピリピリしている。巡察官が、まだ王都に帰らないからだ。

 連日の領地運営についての様々な監査と彼らの接待に、緊張を強いられている。

 早く王都に帰ってしまえばいいのに。


 あれから女官長は、私に金貨ニ十枚を持って来てくれた。

 

「他に何か御用はございませんか」

 

 急に女官長の態度が変わったのを見て、アロイスが何か手を回したのだろうか、と気になる。


「私は、ソフィさまが薬草園(ハーブガーデン)の草をむしれと言ったら、そうしなければなりません」


「何ですって?」


 女官長は固く手を握りしめ、唇をわなわなと振るわせた。


「丁重に接するようにと、あなたの言う事は何でも聞くようにと命じられております」


 母のような年齢の威厳のある女官長が、屈辱に頬が紅潮させている。


 アロイスったら! 女官長に草むしりだなんて。

 彼女のように職務に自尊心を持っている人にそんなことをさせたら、ますます私に対する反感を持ってしまうのに。


「ありがとう。今のところは、何もないから……」


 私の言葉が終わらないうちに、彼女は身をひるがえして長いスカートを掴み、足早に去ってしまった。


 女官長からお金を渡された後、町に使いをやってマルクの妻リディに手紙と金貨を届けさせようとしたのだけれど、リディの実家には誰も居なかったという。

 トネリコ亭の方にも様子を見に行かせると、定休日でもないのに店は閉まっていたらしい。

 もしかすると光の民のメンバーたちは、私の誘拐未遂事件のことでアロイスの報復を恐れて、どこかに隠れてしまったのだろうか。


 町では『貴族の血』の売人が、また殺される事件が起きた。

 人々を狂わせる『貴族の血』。家族や友人が血の中毒者(ブラッド・ジャンキー)となってしまう悲劇。

 売人は、恨みを買ったのだろうと噂されている。

 早くマルクが目覚めて、事件の真相が明らかになりますように……。



◆◇



 今宵は十三夜月。


 アロイスは()()()()()を終えると、ベランダの大理石の柵にもたれ、月を仰いだ。陽が沈むと気温が下がり、ひんやりとした夜風が心地いい。


 今夜のアロイスは黒の軍衣を着ていた。装飾を抑え、シンプルな動きやすい戦闘服だ。

 ワイバーンの羽翼の素材で作られたマントは、表が黒で真紅の薔薇(ブラッディ・ローズ)の紋章が描かれ、裏地は血のような紅。月に照らされている銀髪がなければ、夜の闇に溶け込んでしまいそう。


 武器は装備していない。彼に言わせれば、普通の金属の剣など、大型の魔獣や特異な魔物には効力がないのだという。そうは言っても、彼の騎士団の騎士たちはそれぞれが思い思いの剣や(ランス)などの武器を持っている。

 以前、アロイスはどうやって魔物たちと戦うのかと、聞いたことがある。彼は「血の力」を使うのだと言った。


 彼の全身から、これからの戦いに向けた緊張と高揚が感じられた。


「心配はいらない、これは狩りだ。楽しんで来る……いつものように」


 エタン村からそう遠くない谷で、人型の魔物豚鬼(オーク)の巣が見つかったという報告が真紅の薔薇(ブラッディ・ローズ)城に届いた。これから彼は、騎士たちを率いて魔物討伐に赴く。

 出陣する騎士たちは、すでに城の庭に集まっていた。


「城の留守を守る騎士たちの中から、リゼットを君の護衛に指名してある。ユー・シュエンには近づくな」


 私は黙って頷いた。


「行ってくる」


 アロイスはベランダの柵を乗り越えて、()()()


「気をつけて!」


 銀髪が月の光に煌めき、サラサラと(なび)いた。マントが蝙蝠の羽のように広がる。中空の月に向かって、羽ばたき、飛び去って行く。

 そして、彼を追うように騎士たちが駆けていく。城壁を超え、城下町の夜の街並みを騎士たちが跳躍する。三階建ての屋根にまで軽々と着地すると、屋根から屋根へと跳び、やがて町を囲む壁の外へと消えて行った。



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