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9.悪役令嬢は婚約破棄という名の劇に参加する②

前話の続きです。

 先程とは打って変わり静まり返る中、ナイジェルは発言を再開させた。


「マリアンヌ様は、アンジェ嬢への嫌がらせを行っていた女子学生や、憤るご友人方の話を聞き宥めておりました。そして、殿下の学習態度や授業の欠席、寮を抜け出しての深夜徘徊等を教師へ謝罪し、謹慎処分の代わりに課題提出で許された事もございます。殿下を想い、本当に尽くされておりました」


 第三者から見てもそうかと、マリアンヌは下唇を噛む。


 前世の記憶が甦る前の自分(マリアンヌ)は、ウィリアムに尽くしすぎだと思う。

 今の自分だったら、絶対にそこまでやらない。精々、お尻を蹴っ飛ばし課題をやらせるくらいだ。


「ほぅ、マリアンヌの献身に胡座をかき、好き勝手やっていたのだな。お前を癒すだと? 以前から、ウィリアムの不始末をマリアンヌが処理していると、学園長から報告を受けていた。一時の快楽に溺れ、真に想ってくれていた者が誰なのか分からなくなっていたようだな」


 愉しげに、ギルバートはクツクツ喉を鳴らす。


「して、そこの娘の素行はどうだ? 騎士団長子息と魔術師団長子息が娘を案じているようだが」


「学園では、勉学に励むより主に異性との交遊を楽しんでおり、男子生徒とは平民、貴族と身分関係なく親しくしていたようです。殿下や騎士団長子息、魔術師団長子息以外では、婚約者のいる男子生徒とも親しくしており、女子生徒達から度々苦言を呈されておりました。さらに学園の教師、」

「なによっ! マリアンヌだって夜会にウィリアムじゃない男と来てたわ! マリアンヌも浮気してるじゃない!」


 眉を吊り上げて声を荒らげるアンジェを、驚愕の表情でウィリアムは見た。


「ア、アンジェ? まさかエルヴィス先生とも?」


(何ですって?!)


 “マリアンヌも”と言われ、カッとなった。

 ナイジェルの発言や、ギルバートへ向けた媚びた眼差しで、やっとアンジェの本性が分かった。この女は、見目が良く利用できそうな男だったら、節操無く擦り寄っていたのだ。

 教師のエルヴィスは攻略対象キャラで、眼鏡が似合う知的な美形だった。彼と親しくすれば、姫扱いの勢いで甘やかされ、成績面で優遇されるかも知れない。


(私は、ヒロインとは違うわ!)


 記憶が甦る前からマリアンヌは、見目が良く愛を囁いてくれるならば、誰でもいいわけじゃなかった。


 振り向いて欲しいのは、好いた相手だけ。だから、必死でウィリアムに尽くしていたのに。

 沸々と怒りが込み上げてくる。アンジェと一緒にされるなんて冗談じゃなかった。


 怒りに任せてマリアンヌはアンジェの前まで歩き、キッと睨み付けた。

 腕組みをして睨む姿は悪役令嬢そのものだと、心の中で自嘲する。


「あのね、アンジェ嬢? 彼との事は浮気じゃないわ。本気よ。貴女とは違うわ」


 怒りのあまりマリアンヌの全身から魔力が溢れ、周りがパリパリ音をたてて凍り付いていく。


「ちょっと、アンタ何なのよ! ウィリアム、何とかして!」


 白い息を吐いて怯えたアンジェは、未だに立ち直れずにいるウィリアムにすがり付いた。



「マリアンヌ、陛下の前だよ」


 パチンッ、マリオンが指を鳴らし、凍り付いた絨毯と低下した温度が元に戻る。


「ふ、くくくっ。氷付けにしても罪にはしない。なかなか楽しそうな学園生活だな。ここまで関係が拗れてしまい、ウィリアムが大勢の前で宣言してしまった以上、我らは婚約の解消を認めるしか無いな。それでよいか?」

「ええ。王太后陛下たっての願いで娘と殿下の婚約を結んだというのに、ここまで蔑ろにされては仕方ありません。そして、非常に不愉快です」


 謁見の間へやって来た人物がギルバートの言葉に答える。


「お父様まで?」


 目を丸くするマリアンヌへ、ダミアンは微かに笑みを向け、次いでマリオンへ意味深な視線を送った。


「婚約続行となったら、謀反を起こすところでした。なぁマリオン」

「ええ」

「それは、危なかった」


 笑って肩を竦めたギルバートは、次の瞬間には表情を厳しいものへと変えた。


「細かい手続きは後程だが、今をもって、ウィリアムとマリアンヌの婚約を解消する」


 父親と国王から婚約破棄、ではなく解消を許可され、マリアンヌは安堵の息を吐いた。

 これで王太子の婚約者、悪役令嬢の肩書きから解放された。

 あとは、このヒロインとヒーローの断罪劇から降りるだけ。


「叔父上! ありがとうございます! アンジェ、これで堂々と一緒にいられる」

「嬉しいっ! ウィリアムッ」


 茫然自失状態から立ち直ったウィリアムは、マリアンヌに凍らされかけたショックから立ち直ったアンジェと抱き合って喜ぶ。

 父親に睨まれ、身動きが取れないでいるモルダーと魔術師団長子息は、何とも複雑そうな顔をして二人を見詰めていた。


「では、次の案件へ移ろう。あれを」


 ギルバートの指示を受けた衛兵は、一枚の文書をウィリアムへ手渡した。

 渡された文書を読み進めていくうちに、ウィリアムの顔色が悪くなっていく。


「な、な、何だと……? どういう事だ?!」


「書いてある通りだ。ウィリアムの素行調査の結果、学業不振、品行不良、娼館での淫行までもが明るみにでた。しかも、国庫から不正に金品を持ち出したな。以上の事から、王家の信用と品位を著しく失墜させたとみなし、元老院満場一致でお前の王位継承権は剥奪することが決まった」


 肉親の情など欠片も挟まず、ギルバートは淡々と言い放った。

 次期国王と次期王妃が酷すぎるのでは、国の未来に不安しか抱けないとはいえ、王位継承権の剥奪までされるとは。


(娼館で淫行とか金品の持ち出しとか、何やってるのよポンコツ王子)


 元婚約者として多少の情はあったマリアンヌは、ウィリアムの愚行と懲罰に思わず渋い顔をしてしまった。


「なっ?! それでは次期国王には誰がなるのですっ! 叔父上には子も、妃もいない! 俺の他に叔父上の跡を継ぐ者などいないはずだ!」

「後継の心配はしなくとも、私の子が継ぐ。もしや、私が不能だと勘違いしているのか?」


 唾を飛ばす勢いで必死に訴えるウィリアムへ、ギルバートは凍りつくような冷笑を向ける。


「兄上、前国王が王太子から王座を奪うために仕掛けた内乱で、この国は荒れに荒れた。前国王から王座を継いだ後も、立て直すために十年近くかかった。再度、国内が荒れるのを防ぐためにと、ウィリアムが成人するまでは妃を娶らなかっただけだ。まぁ、そんな暇も無かったが」


 ガクリとウィリアムは絨毯へ両膝を突いた。


「う、うう、そんなぁ......」

「嘘、じゃあ何のために、私は、次に行きたいのに」


 虚ろな瞳でぶつぶつ呟きながら、アンジェは立ち尽くす。


「哀れだと思うか?」


 不意にマリオンから問われ、マリアンヌは首を横に振った。


「いいえ? 立場に胡座をかき、享楽にふけった結果だけの事。自業自得ですわ」


 絨毯を掻きむしり、涙を流す元婚約者の姿を見ても、ただの自業自得だとしか思えない。


 自分の愚行は自分へ返ってくる。王太子たるもの、自らを律し生徒の手本となければならない。入学前の彼はそんな事を話していた。

 以前のウィリアムは、ここまで愚かでは無かった筈なのに。

 おそらく彼を壊したのは、ヒロインによる強制力。

 前世の記憶が甦らなければ、マリアンヌも強制力によって悪役令嬢となっていた。

 やったことは許されないとはいえ、そう思うとウィリアムも被害者なのだ。


「ああ、もう一つあったな。衛兵、二人を捕らえよ」


 帯刀した衛兵達は、膝を突き項垂れるウィリアムとアンジェを取り囲む。


「何をするの?!」


 あっという間に、暴れるアンジェの両手は拘束され、マリオンが後ろ手に縛られた両手首に魔法封じの枷をはめる。


「きゃあっ! 触らないでよ変態っ! 馬鹿っ止めてよ!」


 髪を後ろへ引っ張られ、アンジェは悲鳴を上げた。

 罵倒の言葉を無視し、衛兵は首にかかった首飾りを外す。

 ダイヤモンドに囲まれた中心に、輝く大粒のスターサファイアのペンダントトップが目を引く首飾りは、絹の布にくるまれ恭しくギルバートへ渡された。


「数日前、代々王妃へと受け継がれていた首飾りが無断で持ち出された。持ち出したのはウィリアムだが、ねだったのはそこの娘だと報告を受けている」

「だって、だって! これは私が貰うものなのよっ」


 髪を乱し駄々っ子のように体を揺らすアンジェは、衛兵によって直ぐに抑え込まれる。


「アンジェ!」


 助けたくとも、ウィリアムも衛兵に囲まれて身動きが取れないでいた。


「ハッ、貴様の物だと? 貴様が触れて良い物ではない。この首飾りは、王太后が管理していたものだ。それを許可無く持ち出したのだから、ウィリアムとその娘の罪状には窃盗罪が追加される」

「だから、それは私の! っ、んーんー?!」


 なおも騒ぐアンジェは衛兵に抑えられ、猿轡(さるぐつわ)を口にかませられる。


「首飾りは正当な持ち主へと渡るべきなのだ」


 完全に傍観者となっていたマリアンヌの目前へ歩み寄り、ギルバートはそっと手を取った。


「えっ? わたくし?」


 上に向けさせられた手のひらへ、くるんでいる布ごとギルバートはずっしり重い首飾りを乗せ、やわらかく微笑んだ。


手直しはする、かも。


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