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7.悪役令嬢は夜会に参加する

前話の続きです。

 屋敷へ戻ったマリアンヌは、迎えに出てきた執事とメイドへ、今夜の夜会はウィリアムは迎えに来ない事、彼にエスコートを断られた事を伝えた。

 執事は唖然とした後、動揺のあまり壁の角に革靴の先をぶつけ、メイド達は憤慨した後、口々にマリアンヌへ気遣いの言葉をかけた。

 涙ぐみ悔しがる、幼い頃から仕えてくれているメイドへ声をかけ、駆け足で自室へ戻り支度を始める。

 夜会まで時間が無いのだ。憤っているよりも支度が先。

 メイド達のお尻を叩く勢いで、マリアンヌはドレスと髪型の変更を告げた。



 夜の帳が落ちた頃、ソレイユ公爵家の家紋が入った馬車は、学園の校門を通り抜け馬車止めで停車した。


「此処まででいいわ」

「本当に付き添いはよろしいのですか?」


 同乗するメイドは心配そうに眉を寄せ、馬車を降りて一人で行こうとするマリアンヌへ問う。


「ええ、この先で待ち合わせをしているの」


 にっこり笑ってマリアンヌは、御者の手を借りて馬車から降りた。


 屋敷でも馬車の中で何度も鏡でチェックし、同行したメイドにも確認してもらったから、化粧も髪型も崩れも無く大丈夫。大丈夫だとは思うけれど、不安は拭えない。


(大人っぽくと言われたけれど、化粧は濃くなりすぎてないかしら。髪飾りはドレスの色に合わせたけど大丈夫かな? 開いた背中は下品だと思われないかな?)


 彼の隣に立っても見劣りしないだろうか。

 大人っぽい装いを希望した彼は、このドレスを気に入ってくれるのか。似合うと言ってもらえるだろうか。ぐるぐると考えるだけで、不安が増す反面、早く見て欲しくて頬が熱を持つ。


 不安と緊張で体は強張っていても、待ち合わせした校舎の裏のベンチまではあと少し。


 満月に近い月が照らす中、ベンチの前に佇んでいた濃紺色の燕尾服姿の青年は、マリアンヌの気配に気付き振り返った。

 何時もは、雑にサイドへ流し一括りにしている黒髪をきっちり後ろへ撫で付けて、シャツの前釦を全てかけて着崩すことなくジャケットを羽織ったバルトは、洗練された大人の色気を醸し出していた。


『良案?』

『俺がエスコート役になればいい』

『ええっ?!』


 良案だと言って、エスコート役を申し出てくれた時は、驚いたと同時に嬉しかった。エスコートを断ってくれたウィリアムへ、ありがとうって感謝したくらい。


「バルト」


 ドレス姿を気に入ってくれるだろうか。不安と期待が入り交じった眼差しで彼を見上げた。


 頬を染めたマリアンヌを一瞥して、バルトは満足そうに目を細める。


「色っぽくて綺麗だ。アンヌ、見違えた」


 違う。色っぽくて綺麗なのは彼の方だ。

 月の光に照らされたバルトの瞳は、紺色ではなく深い青色に見えた。

 たとえ社交辞令だとしても、誉められたのは嬉しくて、マリアンヌの口許が綻ぶ。


「本当に?」

「ああ、俺の見立て通り、アンヌはシンプルなドレスの方が似合う。綺麗だよ」


 幼い頃から外見を称賛する言葉は贈られ慣れているのに、バルトに綺麗と言われただけで、彼に見られていると思うだけで、マリアンヌの全身は真っ赤に染まった。

 恥ずかしくて視線を合わせていられず視線を下げる。

 マリアンヌが身動ぐと、着ているドレスの広がった裾もキラキラ煌めいた。


 参加自体、面倒だと思いメイドに任せきりにしていた夜会用ドレス。

 メイドが用意していたドレスは、以前ウィリアムから贈られた淡いピンク色のフリルを多用した、物語のお姫様が着ているような可愛らしいデザイン。可愛いけれどハッキリ言って、似合っていないと感じていた。

 エスコート役を申し出た際、唯一バルトがつけた条件は、マリアンヌの装いについてのみ。


『青ないし紺、デザインは体の線を出すシンプルだが凝ったドレス。背中を見せるのもいいな。化粧と髪型はドレスに合ったものだ。俺の隣に立つのだから、お子様のようなゴテゴテした装いだけは勘弁してくれ』


 大人っぽいシンプルで、とドレスの変更を告げた後、大急ぎで衣装部屋からメイドが探しだしたのは、青から藍へとグラデーションをつけて染められた光沢のある絹を使用したマーメイドラインのドレス。

 体の線が出るマーメイドラインのドレスは、細身長身でなければ似合わないと思っていた。

 細身は当てはまっていても、それほど長身ではないマリアンヌは着こなせるか不安だったのだが、着てみると思いの外似合っていてメイド達からは感嘆の声があがった。


 開いた胸元はレースが上手く使われ品良く見せて、広がりを持たせた裾に隠れ見える銀糸で縫い込まれた刺繍が動く度に煌めき、一見したらシンプルなデザインのドレスを色香漂うものへと変化させている。

 青から濃紺へ変化する中の煌めく銀は、遠目からは星空のように人目を引く。

 ドレスも背中を美しく見せる髪型も化粧のイメージも、全てバルトの指示通りにした。


「レディ、お手をどうぞ」


 恭しく差し出された手のひらへ、内心では手汗で湿ってはいないかと不安になりつつ、マリアンヌはそっと手を重ねた。




 バルトに手を引かれて、夜会の会場へ到着したのは開始時間間際。

 余裕をもって着く時間に待ち合わせたのに、入場が直前になったのは、バルトの指示でそうした。今までの付き合いから、彼は無意味な事はしない。何かしら意図があるのだ。


「そんなに不安そうな顔をするな。俺の事は、打ち合わせ通りに話せばいい」


 耳元で囁くように言われ、耳と頬へ吐息がかかる擽ったさに目を細めてしまう。

 目を細めて頬を染めるマリアンヌと目が合った男子生徒は、顔を赤くして視線を逸らした。

 恥じらう仕草をするマリアンヌを、大人の余裕を感じさせる振る舞いで、バルトは彼女の腰へ手を当ててエスコートする。


「表情が固い」

「う、耳元で言わないで」


 心地よい低い声で囁かれると、困ったことに腰が痺れてしまうのだ。

 相思相愛の関係に見えるよう、恥じらいを心の奥へと封印したマリアンヌは、甘えるようにバルトへ微笑みかけた。


 巻き髪のカツラを装着した学園長が夜会開始の挨拶をし、楽団が音楽を奏で始める。

 入場する生徒が途切れた開始間際、閉められた扉を開けて登場したマリアンヌとバルトは、目立つ容姿もあいまって否応なしに注目を浴びていた。

 周囲でダンスや立食での食事をしている生徒が、自分達の動向を窺っているのを視線を感じる度に分かる。

 まさか、注目を浴びるために入場を遅らせたのか。涼しい顔をして料理を物色するバルトを見上げた。


 カツカツ、ヒールの音を響かせて三人の女子がマリアンヌの側へやって来た。


「マリアンヌ様! いらっしゃらないから、わたくし達心配していましたの」


 眉をハの字にした同じクラスの侯爵令嬢は、今日も見事な縦ロールを揺らしながら話す。

 最近、甦った記憶では、彼女は攻略対象キャラである年下婚約者の伯爵家令息とヒロインが仲良くなった場合のみ、悪役令嬢となるらしい。ヒロイン、アンジェが選んだのはウィリアムだったため、今でも婚約者との仲は良好で彼女は悪役令嬢にならずにすんだようだ。


「マリアンヌ様、何時もと違う装いですね。とてもお似合いですわ。ね、素敵よね」


 憧れの眼差しを向けてくる伯爵令嬢は、後ろに立つ婚約者の男子生徒へ話しかける。

 男子生徒は、以前彼女が話していたアンジェの信望者なのだろう。マリアンヌの顔を見て嫌そうに顔を歪めた。


「あの、そちらの方は?」


 もう一人の伯爵令嬢が控え目に訊いてくると、周りにいる生徒達が聞き耳を立てるのが分かり、マリアンヌはクスリと笑った。


「皆さんご存知でしょうけれど、ウィリアム様から急にエスコートを断られてしまったの。急遽、代わりのエスコートをお願いして快く引き受けてくださった、わたくしの遠縁の方ですわ」

「あの昼休みの件は酷すぎます」

「マリアンヌ様のエスコートを断って、あの方々は」


 伯爵令嬢の言葉を制止するため、マリアンヌは人差し指を唇に当てる。


「しっ、それ以上はおっしゃらないで。せっかくの夜会が台無しになってしまいます」


 彼女達が言わんとしてしていた内容は分かる。ただ、此処は教室ではない。大勢の中で王太子を批判する話をしたら、彼女もマリアンヌも危険だ。


「今夜は後輩達と親睦を深められる最後の夜会よ。楽しみましょう」


 余裕のある笑みを浮かべ、マリアンヌは踊りに行く令嬢達を見送った。ここまでは、全て打ち合わせ通り。


(あっ)


 見渡したホールで踊る生徒達の間から、蜂蜜色の髪が見えた気がしてギクリと肩を揺らす。


「大丈夫だ」


 マリアンヌの動揺を感じ取ったバルトが優しく囁く。

 肩を抱き寄せられて、彼の胸元で視界を塞がれれば、直ぐに蜂蜜色は気にならなくなった。




「行きましょうか」


 親しい友人、教師へ一通り挨拶し終わり、マリアンヌは腰に回されたバルトの腕へ自身の腕を絡めた。


「もう退出するのか?」

「友人達と先生への挨拶は終わったもの」


 ホールで踊らなくとも、それだけで十分。

 後は、お喋りな彼女達が事実を装飾して広めてくれる。


「私が逃げも隠れもせず、素敵な男性にエスコートされて現れたことは、婚約者にも伝わったみたいだしね。婚約者の悔しがる顔を見たかったけど、さすがにバルトと踊るわけにはいかないし」


 ホールを見れば、アンジェにせがまれたウィリアムは何曲目かのダンスを披露している。

 学園の催しとはいえ、恋人を優先して婚約者を蔑ろにしている王太子と、開会間際に遠縁の男性と会場入りし踊らないで帰るマリアンヌ。どちらが非常識かなんて、火を見るよりも明らかだ。

 開会間際の会場入りを指示したバルトも、これを狙ったのだと今なら分かる。


「美味しいタルトもいただけたし、面倒な事になる前に此処から出ましょう」

「アンヌがそれでいいのなら」


 互いに笑い合い腕を絡めて、華やかな音楽と生徒達の楽しそうな声が溢れる会場を後にした。




次話から婚約破棄の続きへと戻ります。


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