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4.悪役令嬢は今後の展開に不安を覚える

 テーブルの上にある置時計を確認して、抑えた色合いの、しかし上品なドレスを着た初老の女性は向かいに座るマリアンヌへ微笑みかけた。


「今日はここまでにしましょう」

「はい、王太后様」


 女性、前国王の実母である王太后に終了を告げられ、マリアンヌは課題をノートへ書きとっていた手を止めた。


 王太子の婚約者であるマリアンヌは、定期的に登城し王太子妃教育を受けている。

 現国王が未婚のため、教授するのは国王の義母である王太后。彼女は、外見を裏切る苛烈な性格のマリアンヌを投げ出すことなく、実の孫のように時に叱り、時に誉め、辛抱強く教育してきてくれた。前世の記憶を思い出し、苛烈さが消えたマリアンヌを怪しむことなく受け入れてくれた、懐の広い人物でもある。


「熱心に学んでくれて嬉しいわ」

「あと3ヶ月で卒業ですから」


 ゲーム内容を思い出す度に、マリアンヌは詳細を紙へ書き出し婚約破棄までの計画を立てていた。

 揉め事に巻き込まれない様に、学園行事とウィリアムとアンジェの様子から好感度を予測しつつ、恋愛イベントや悪役令嬢による嫌がらせイベントが起きそうな頃は、王太子妃教育を理由にして学園を欠席するようにしていた。

 勉学に熱心なのは、それだけウィリアムのアンジェへの好感度が上がり、二人の恋愛イベントが進んでいるということ。


 マリアンヌが鞄の中へノートを仕舞ったタイミングで、ワゴンを押した侍女達が入室し、手際よく茶器を並べていく。

 ティーポットから注がれる紅茶を、ぼんやり眺めているマリアンヌを王太后は心配そうに見た。


「マリアンヌ、何か憂いごとがあるのかしら?」


 ハッと、マリアンヌは俯いていた顔を上げる。


「最近の貴女は、」

「失礼いたします。王太后陛下」


 一礼して侍従が入室し、王太后は言いかけて言葉を切った。


「国王陛下、宰相閣下がお見えになられました」


 思いもよらない来客を伝えられ、マリアンヌは椅子から立ち上がりかけた。


「お父様」


 侍女に先導されてやって来たのは、白いシャツの上にジャケットを羽織っただけのラフな格好の現国王と、国王とは対照的にきっちりと詰め襟ジャケットを着込んだ整った顔立ちの気難しそうな銀髪の男性。宰相を任されているマリアンヌの父親ソレイユ公爵だった。


「よい」


 椅子から立ち上がり、挨拶をしようとしたマリアンヌを国王は制止する。


「あらあら、珍しいわね。貴方達が自分から此処へ来るだなんて」

「王太后陛下が招いたのでしょう」


 国王は苦笑いをして椅子へ座る。


「あぁ、そうでしたね」


 クスクス笑う王太后に、国王は大袈裟な溜め息を吐く。


 実の父親とよそよそしい関係のマリアンヌは、義理の母子なのに仲の良い2人が微笑ましくて、ついクスリと笑ってしまった。

 じっと見ていたからか、国王と目が合う。気を悪くされたかと慌てて頭を下げた。


 王太后の隣の席、マリアンヌの向かいに座ったのは、スレイア国王ギルバート・アルム・スレイア。

 彼は前国王の弟でウィリアム皇太子の叔父だ。

 前国王が崩御された八年前、ウィリアムが成人するまでの約束で王位を継承した。

 まだ二十代後半の彼は、王家特有の蜂蜜色の髪と青色の瞳をした端正な顔立ちに、王位に就く前に所属していた軍部で鍛え上げた引き締まった体つきの魅力的な男性でもあり、貴族平民問わず女性達の憧れの的となっている。

 まだ決まった妃がいないため、マリアンヌの王太子妃教育は王太后が行っているのだ。国内外からひっきりなしにギルバートの妃候補の話が出てきそうだが、彼は兄弟による骨肉の争いを見ていた自身の経験から、ウィリアムへ王位を譲るまでは独身を貫くと宣言していた。

 歴史書と思い出したゲーム知識によると、前国王の王子時代に次期国王の座を巡り、敵対した王子達による戦いでスレイア国内は荒れに荒れ、繰り返される戦いを生き抜き王座を勝ち取ったのは第二王子だった前国王だった。一番下の弟王子ギルバートは幼かったおかげで生き残ることが出来たという。

 頻繁に登城しているマリアンヌも彼の浮いた噂の一つも聞いたことが無い。その高潔さを、立場に甘えて好き勝手している甥に分け与えてほしいものだ。



「マリアンヌ、学園はどうだ? 最近、ウィリアムが王宮へ帰って来ないのだが彼奴はしっかりやっているか?」


 ぼんやり考え事をしていたマリアンヌは、急に話を振られ「えっ」と言葉に詰まった。


「先日、教師から最近のウィリアムは真面目に勉学に取り組んでおらず課題提出も期限を守っていないため心配だ、と報告を受けているのだが、マリアンヌから見てどんな様子だ?」


 王立学園は厳重な警備体制があるとはいえ、王太子には専属の護衛が四六時中彼を守護している。教師から聞かなくても、ウィリアムの行動は全てギルバートに筒抜けなのに様子を訊ねてくるのは、彼はマリアンヌの意見を知りたいのだ。

 誤魔化しは通用しない。真実を告げるべきか、当たり障り無い内容を話するべきか。

 マリアンヌは口ごもった数秒の間に、脳内で真実を話した結果がもたらす利益を算出していく。

 テーブルの下で両手を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。


「ウィリアム殿下とはクラスが違いますし、お会いしても小言ばかり言うわたくしを避けられていらっしゃいますので、詳しいご様子は分かりません。ただ、勉学と生徒会長の仕事を熱心に取り組んではないという噂は聞いております」

「それは、どういうことかしら?」


 初耳だったらしく眉間に皺を寄せ、王太后はティーカップを置く。


「ウィリアム殿下は、その、後輩の男爵令嬢と交流を深めるのに夢中な御様子で、そのことを諌めようにもわたくしが殿下に近付くことをご友人達が許してくださらないのです。わたくしが殿下を支えねばならないのは承知しておりますが、疎まれてしまっていて……申し訳ありません」


 頭を下げれば王太后は深い溜め息を吐き、ギルバートは苦渋の表情を浮かべた。


「彼奴は……マリアンヌ、不快な思いをさせてしまい申し訳無かった」

「いいえ、わたくしに魅力が無いだけですわ。ウィリアム殿下が親しくされている男爵令嬢はとても可愛らしく、貴族平民問わず多くの男子生徒は彼女に好意を寄せていますもの」


 天真爛漫なアンジェの立ち振舞いや攻略対象キャラ達を侍らせている様子は、前世の記憶を思い出しウィリアムへの恋慕は消え失せたマリアンヌでさえ不快に感じる時があるのだ。

 同学年の女子の中には、伯爵令嬢の様につらい思いをしている子もいる。彼女の涙を思い出す度、喧嘩してでもウィリアムと話し合えば良かったのかと、時折考えてしまう。


「マリアンヌ、君はとても魅力的だよ」


 目を細めてやわらかくギルバートは微笑む。


「え?」


 弾かれたように顔を上げたマリアンヌは、大きく目を見開いた。

 慰めの言葉を口にするような人だとは思ってもいなかったのだ。


『アンヌは可愛いよ』


 ギルバートの言葉がバルトの声と重なり、マリアンヌの胸へ染み渡っていく。

 チカリッ、脳裏に何かが浮かびかけて消えた。記憶が甦る前兆として起こる目眩もしてきて、額を押さえ不敬にも俯いてしまった。


「ギルバート、ウィリアムの素行調査をしましょう。これは看過出来ません」


 普段は柔和でウィリアムに対して甘い王太后が、氷点下の声で言い放つ。

 王太后から沸々と沸き上がる怒りを感じ取り、目眩が吹き飛んだマリアンヌは焦った。

 強制的にウィリアムが城へ連れ戻され軟禁でもされたら、婚約破棄どころではなくなる。


「お、お待ちください。殿下は、残り少ない学生生活を楽しんでいらっしゃるだけかもしれません」

「それでも、学業を疎かにするのは許されません。恋人とやらとの間に子でも出来てしまったら、今後の国政や後継に関わる大問題ですから。婚約者を蔑ろにするような行動も、高慢な考えも改めさせなければ国を傾ける悪政を敷く王と成りましょう」


 国の未来を思えば尤もな話で、マリアンヌは黙るしかなかった。

 婚約破棄をして関係は切れても、視野が狭い恋愛脳となり、アンジェ至上主義となっているウィリアムが良い王になるとはとても思えない。


「ダミアン、マリアンヌ、本当にごめんなさいね」


 厳しい表情から一転、申し訳なさそうに謝罪する王太后の眉間には深い皺が刻まれていた。

 黙ってやり取りを見守っていた父親は「いえ」と口を開く。


「娘の気持ちを聞く良い機会となりました。私も今後の事を陛下と共に考えさせていただきます」

「ああ、頼む」


 感情をあまり表に出さない父親がギルバートへ向けて浮かべた冷笑に、部屋の温度が下がった気がしてマリアンヌはぶるりと身震いする。

 不味い。

 このままでは卒業式後の婚約破棄宣言を前に、ウィリアムが学園から退場してしまうかもしれない。


 焦る気持ちを落ち着かせるため、マリアンヌはすっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ。



誤字報告、ブックマークありがとうございます。

加筆したら長くなったため、予定より話数が増えます。


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