エピローグ① ~マリオンの受難~
終われなかった。エピローグを2話に分けます。
白銀の貴公子。
ご令嬢達からそう呼ばれて、恋慕われている公爵令息マリオンがその人に出会ったのは、十に満たない頃、確か九歳になったばかりだったか。
隣国が仕掛けてきた戦に辺境伯の軍が勝利し、さらに軍を率いていたのは亡くなっているとされていた王弟殿下だという情報が広まり、一気に貴族達は騒ぎだした。
王弟殿下が凱旋されると、幼いマリオンも理解出来るくらい評判の悪い国王の悪政に疲弊していた王都は、英雄の凱旋に沸き上がった。
妹のマリアンヌと共に父親に連れられて王宮へ向かったマリオンは、高揚した気分で豪華絢爛な宮殿を見上げた。
しかし、連れていかれたのは王弟殿下がいらっしゃる祝賀会の会場ではなく、国王の一人息子ウィリアム王子の住まう離宮。自分達が王子の遊び相手を任されたと知り、落胆して肩を落としてしまった。
我が儘ばかり言うウィリアム王子に辟易して、手洗いへ行くと部屋から出ていったマリアンヌは一向に戻ってこない。
ウィリアムには「道に迷っているのでしょう」と答えて愛想笑いを浮かべる。
不機嫌になるウィリアムを宥めるも、我慢強いマリオンといえどこれ以上彼の相手をするのは限界だ。
他の貴族子息子女には申し訳ないが、迷子になったマリアンヌを探す振りをしてウィリアムから離れた。
探索魔法を展開してマリアンヌの気配を辿って行った先は、祝賀会会場裏手の庭園。
人気の無い庭園の植え込みの向こう側から、楽しそうな少女の笑い声が聞こえた。
「あっ! お兄様~!」
植え込みを掻き分け、顔を出したマリオンに気付いたマリアンヌが嬉しそうに笑う。
屈託ない妹の笑顔にマリオンの頬も綻ぶ。
先程、ウィリアムと一緒に居た時は見せなかった笑顔を向けている相手は誰だろうと、マリオンはマリアンヌの隣に座る男性を見て、固まった。
輝く金髪に晴天の空の色をした瞳はウィリアムと似た色合い。だが、決定的に違うのは、彼から放たれる覇気と強大な魔力。彼の全てに圧倒された。
「お兄様、こちらは王弟殿下よ。ウィリアム王子よりずっと素敵なの」
怖いもの知らずなマリアンヌは、頬を赤く染めて王弟殿下の腕にしがみついた。
約一年後、国王が崩御し王弟殿下が国王に即位した頃、二度フェイエノールが戦を仕掛けてきた。
新国王と共に前線で戦った、マリオンと遠縁で交流のある第二騎士団副団長の話によれば、新国王ギルバートの圧倒的な力により戦の勝敗は直ぐに着いたらしい。フェイエノール軍を敗った勢いで国王の首を取れば、と進言した者もいたが、ギルバートは「面倒だ」と一蹴した。
「領土を広げてしまったら、平定するまでウィリアムへ王座を渡せなくなるだろう。任された十年余りでは、国内を立て直すだけで手一杯だ」
我が儘王子が成人したら王位を譲るのだと言って聞かないと、宰相を任された父親が残念がっていたのを、学生だったマリオンは覚えている。
その後、学園を卒業したマリオンは、父親と共に国王ギルバートに仕え、マリアンヌは王太后に請われウィリアムの婚約者となった。
側近となり、国王ギルバートの有能さを側で目にしていると、期限付きの国王でいる事が非常に残念でならなかった。
有能過ぎる叔父への反発からか、勉学を嫌い目先の享楽に飛び付く傾向のあるウィリアムが、衰退していた国を甦らせさらに発展させているギルバートに成り代われるわけがない。
絶対にギルバートを逃したくない父親や元老院が、裏で何か画策しているのを見て見ぬふりをして、マリオンはギルバートに従う。
「俺はマリアンヌを娶るつもりだ」
「は?」
突然、告げられマリオンは我が耳を疑った。
甥の、ウィリアムの婚約者となったマリアンヌを気に入っていたのは知っていたが、まさか、ギルバートは本気で王妃に据えようと動き出すとは思わなかった。
王宮を抜け出すギルバートの身代わりにされる度に、頭を抱えた反面、マリオンは納得をしていた。
感情をあまり表に出さず、時には厳しい表情も多い彼がマリアンヌと話している時だけ、表情と口調をやわらげる。
何時から気に入っていたのかと考えて、幼いマリアンヌと談笑していたギルバートが、見たことがないくらい穏やかな表情をしていたのを思い出した。
国中が祝福の声に包まれた国王の結婚式から一月後、執務室へ呼ばれたマリオンは命じられた内容を直ぐには理解出来なかった。
「私が陛下の名代、ですか?」
「ああ」
不敬にも眉間に眉を寄せてしまった。
把握しているギルバートの予定は、代理の者を必要とするほど詰まってはいない。
何故、と問う前にギルバートが口を開く。
「新婚なのに、愛しい妻の傍らを数日間も離れるわけにはいかぬだろ」
自分勝手な理由に、もはや不敬とは考えずマリオンは口元をひきつらせ息を吐いた。
国境沿いまで転移魔法を使い向かった隣国フェイエノールの王宮、謁見の間では国王と王妃、王太子と二人の王女がマリオン一行の到着を待っていた。
「国王の名代で参りましたマリオン=ソレイユと申します。王女殿下方にお会いできて光栄でございます」
恭しく頭を下げるマリオンの脳裏にギルバートの言葉が甦る。
『フェイエノールの第一王女は気難しい性格だ。特に丁寧な対応をしろ』
チラリと第一王女の様子を確認する。
艶やかな黒髪と白磁の肌を持つ王女は、フェイエノールの黒真珠姫という名に相応しい美貌の持ち主だった。その上、王子だったら彼女が王太子となっただろうと、言われているくらいの才女。
数年前、王女はギルバートの妃候補に名前が上がった事もあったと聞いていた。
「わたくしは第一王女シャロットと申します。こちらは妹のリリアナですわ」
挨拶をするようにと、シャロットは妹の肩に触れる。
「あっ」
隣に立つリリアナは肩を揺らし、姉の後ろへ隠れてしまった。
「リリアナ?」
姉のドレスの影から顔を覗かしたリリアナは、頬を赤く染めてマリオンを見上げた。
「リリアナ、です」
「リリアナ王女、よろしくお願いします」
やわらかくマリオンが微笑むと、ぼふんっと音をたててリリアナの全身は真っ赤に染まった。
訪問は無事に完了し帰国したマリオンは、父親のダミアンから向けられる生温かい、哀れみの混じった視線に嫌な予感を抱きつつ、職務をこなしていた。
「フェイエノール国王から親書が届いた。リリアナ王女が、マリオンに恋い焦がれるあまり寝込んでしまったらしい」
執務机に頬杖をつき、片手で親書を読んでいたギルバートは、読み終わった親書をマリオンへ放る。
「リリアナ王女が?」
艶やかな黒髪を靡かせ、大きな碧色の瞳で見上げてきたまだ幼さが残る王女。
寝込んでしまったのは心配だが、王女が自分に恋い焦がれているとはどういう事か。
「何故、私の事を?」
「王女を惚れさせるとは、なかなかやるなマリオン」
愉しそうに、ニヤリと口角を上げたギルバートの表情で、マリオンは覚った。
ギルバートに、してやられたのだと。
フェイエノールへの訪問は、実はマリオンと王女達の見合いだったのだと。
スレイヤ王国、ギルバートとの繋がりを強めるため第一王女を側妃に据える、というフェイエノール国王の狙いをマリオンへ逸らしたのだ。
ソレイユ公爵家は今やスレイヤ王国の筆頭公爵家であり、次期当主のマリオンは宰相候補であり最高位の魔術師でもある。
王女をギルバートの側妃に出来なくとも、フェイエノール国王からしたら魅力的な婚姻相手だった。
「今からリリアナ王女を自分好みに育てるのも一興だぞ」
顔色を青から白へ変化させ絶句するマリオンへ、ギルバートは止めとばかりに放った一言。
ーーそんな少女趣味は無い。
「貴方とは違う」と言いかけて、声に出す前にグッと飲み込む。
この日、憔悴しきった姿で屋敷に帰ったマリオンは、自室にこもり生まれて初めて意識を無くすほどの深酒をしたという。
お兄様はつらいよ。
誤字脱字報告ありがとうございます。
花粉症が悪化、発熱頭痛でヘロヘロしていて文字間違いが多いです。




