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3.悪役令嬢の心は揺れ動く

 冒険者登録をしてから三ヶ月も経てば、ギルドからマリアンヌの下へ定期的に依頼が来るようになった。


 平日は学園に通うため、依頼を引き受けるのはもっぱら週末となる。一部のギルド職員からは、“週末冒険者”というどこかで聞いたことがあるような渾名を頂き、マリアンヌは魔法剣士アンヌとして充実した日々を送っていた。

 将来の王太子妃として、「孤児院への慰問」「福祉活動」を理由に外出しているので、家族や使用人には怪しまれること無く依頼を受けた週末は冒険者業に励む。そんな状態では、週末王宮へ戻るウィリアムに会いに登城してまでご機嫌伺いをする暇もほとんど無くなり、婚約者と顔を合わせる回数は当然ながら激減する。


 悪役令嬢という妨害がほぼ無い状況で、持ち前の空気の読めなさとラッキーさを発揮したアンジェは、ぐいぐいウィリアムへ近付いていった。

 その結果、ウィリアムとマリアンヌの関係は急激に希薄になり、ウィリアムとアンジェの仲は急速に接近していく。



 放課後、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、マリアンヌは教室の窓から中庭を見下ろした。

 中庭の日当たりの良いベンチには、将来の側近候補の騎士団長子息、魔術師団長子息と談笑しているウィリアムの姿が見えた。彼等に混じって、楽しそうに笑っている女子生徒の甲高い声が辺りに響く。 

 放課後を平和に過ごしたい生徒はウィリアム達から距離を取り、日当たりの良い数台のベンチは彼等の貸切状態。

 以前のマリアンヌだったら、ウィリアムが自分以外の女子と仲睦まじくしている事実に動揺していたのだが、今は嫉妬も失望も全く無い。

 授業も終わった放課後咎められる事はないとはいえ、大声で騒ぐのはマナーとしてどうだろうかと、呆れてしまうくらいだった。

 チラリと教室の方を見上げたアンジェと目が合う。

 目が合った瞬間、細められた彼女の緑色の瞳は優越感で満ちていた。


「マリアンヌ様」


 背後からの声をかけられマリアンヌが振り返ると、苛立ちの感情を露にする縦ロールの髪をした侯爵令嬢と、彼女の取り巻きの伯爵令嬢がいた。


「ここ数日は毎日あんな状態なんです。わざわざ中庭でお話しなくても……まるでマリアンヌ様に見せ付けるみたいで嫌ですわ」


 侯爵令嬢が動く度に見事な縦ロールが揺れた。見事に縦ロールと吊り目具合で、見た目だけなら彼女の方が悪役令嬢に見える。


「見せ付けるだなんて、ウィリアム様は楽しく談笑しているだけでしょう」


 魔術師団長子息は何を考えているか分からないが、騎士団長子息とウィリアムは見せ付けているつもりは無いはずだ。見せ付けたいのは、優越感に満ちた瞳をしていたアンジェだけだろう。


「マリアンヌ様はよろしいのですか? 末端とはいえ貴族としてのマナーを知らず、教えようにも覚える気も無く、複数の婚約者のいる方でも平気で近付くアンジェ嬢の行動には、目に余るものがありますわ。お優しいマリアンヌ様を侮辱しているようで、わたくし、許せませんわ」


 怒りを堪える侯爵令嬢の力説に、マリアンヌは苦笑いを浮かべた。

 彼女達は許可を得に来たのだ。学園に在籍している貴族子女で一、二の権威を持つ、公爵令嬢マリアンヌからアンジェへの牽制という名の嫌がらせを行う許可を。

 口元から笑みを消し、マリアンヌは首を横へ振る。


「だからと言って、彼女を非難して孤立させるのは許されないわ。非難でなく、貴族子女としての立ち振舞いの助言は出来るでしょう」

「マリアンヌ様!」


 侯爵令嬢の後ろに控えていた伯爵令嬢が、我慢出来ないとばかりにマリアンヌの目前まで詰め寄ってくる。


「ですが、何を言ってもアンジェ嬢には通じないのです。親切心からアンジェ嬢を注意したら、わたくしは婚約者から叱られてしまい⋯⋯どうしたら良いのか」


 涙を浮かべ伯爵令嬢は下を向く。

 年頃の女の子だったら、婚約者が自分以外の女の子と仲良くしていたら、それも編入してきた平民上がりの男爵令嬢が相手では面白くは無いだろう。

 彼女の気持ちは痛いくらい分かる。それでも、マリアンヌは率先して嫌がらせを行うつもりは無かった。

 確実な婚約破棄のためには、悪役令嬢らしく嫌味や嫌がらせを行うべきなのだろう。しかし、前世の自分が社内で受けたパワハラで、上からの圧力や心無い言葉がどれだけ心を傷付けるか分かっていたから。


「それは、つらかったでしょう。でも、たとえ気に入らない振る舞いをされようが、自分の品格を落とす真似をしてはいけないわ。もしも彼女の存在によって貴方の婚約が破綻してしまったら、ご両親の力を使いそれ相応の償いをしてもらえばいいのよ」

「マリアンヌ様っ」


 瞳を潤ませた伯爵令嬢の背をそっと撫でる。

 ちょうど吹き抜けた風がカーテンを揺らし、中庭の様子は見えなくなった。




 ***




 鋭い牙を剥き出しにした、大型化させた狼に似た魔獣は仲間を倒したマリアンヌへ、殺意を露にして攻撃体制をとった。


「ぐがああぁ!!」


 咆哮を上げながら突進して来た魔獣の鋭い爪がマリアンヌへ届く直前、呪文詠唱し終わった魔法を発動させた。


「アイシクル・ランス!」

「ぎゃひんっ?!」


 左右から出現した無数の氷槍が硬い体毛ごと魔獣を貫く。

 巨体を貫いた氷槍は魔獣の勢いを制止させ、地面へと縫い止めた。

 縫い止められた魔獣は、バタバタ手足を動かすがしだいにその動きも小さくなり、体を痙攣させて動かなくなっていった。


「終わり、かな?」


 学園が休みとなる週末、ギルドからの依頼を引き受けたマリアンヌはワンピースの上からローブを被った、魔法剣士アンヌとなって魔獣討伐隊に加わっていた。

 地面へ広がっていく血溜まりに視線を落とし、ふぅと息を吐く。


 パチパチ、拍手の音にマリアンヌは眉を寄せて振り向いた。


「お見事!」


 振り向いた先には、木の幹に凭れて立つ剣士がいた。

 黒髪をサイドで一つに括り、皮の胸当てを着け腰には長剣を装備した、外見だけなら数多の女性を虜に出来そうな端正な顔をした男性。

 ギルドへ冒険者登録をして間もない頃、引き受けた薬草採取の依頼中に偶然出会い、以来、彼とは何度も顔を合わせるようになった。魔力の相性も良く、気付けば行動を共にしていても気兼ねせずにいられる相手、自然と軽口を叩ける仲へとなっていた。


「もうっ! また見ているだけなの?」


 魔獣討伐の依頼を受けたくせに、全く働かない剣士へマリアンヌは唇を尖らす。


「バルトは何しに来ているのよ」

「アンヌの華麗な舞を観に来ているんだよ、っと!」


 ドスッ!


「ぎゃあっ!!」


 マリアンヌが背を向けた途端、倒したと思い込んでいた魔獣が目蓋を開き立ち上がりかける。

 反応が遅れたマリアンヌの体に、食らい付こうとして攻撃姿勢をとった魔獣の口の中へ、バルトの投げた短剣が突き刺さった。


「ああ、吃驚した……」


 震えそうになる脚を叱咤して、マリアンヌは飛び退くように魔獣から離れる。

 舌を垂らし白目を向いて横向きに倒れた魔獣は、今度こそ完全に事切れていた。


「詰めが甘い」

「だって」


 言われなくても、今日の自分は集中力に欠けていた。

 気にしないようにしていても学園での問題、婚約破棄へ辿り着けるかが気になっていたようだ。

 最後の一体を倒したら終了。ギルドへ報告へ行けばアンヌの時間はおしまい。明日からマリアンヌへ戻るのが嫌で、戦闘に集中出来なかっただなんて、そんな言い訳は言えない。


「きっちり止めを刺さないと、傷を癒した魔獣は二度(ふたたび)人を襲うぞ。今度は明確な人への憎しみを抱いてな」


 手袋をしているバルトの長い指が、魔獣の口腔内へ刺さった短剣の柄を掴み一気に引き抜く。


「うん、そうだね。バルト……ありがとう」


 眉尻を下げたマリアンヌは、ローブの端を握り締めて素直に頭を下げた。

 魔獣討伐は命懸けの仕事、一時的な冒険者はごっこ遊びじゃないのだから油断した自分が悪い。バルトがいてくれなければ今頃マリアンヌは魔獣に食われていた。


「ごめんね。次は油断しないように気を付ける」


 ぎゅっと唇を結んで見上げてくるマリアンヌに、バルトは片手で顔半分を覆う。


「はぁ、そんなに可愛らしく言われたら、説教する気も萎えるだろ」

「え?」


 きょとんとしたマリアンヌは、何を言われたのか理解してから顔を真っ赤に染める。


「か、可愛いだなんて、急に何を言いだすのよ」

「アンヌが可愛いと思ったから、言ったまでだよ」


 目を細めたバルトから砂糖菓子みたいな甘さを含んだ声色で言われ、思わず熱い両頬へ手のひらを当てる。甘い台詞を言うだなんて彼らしくなくて、何故か胸が苦しくなった。


「そんなこと、初めて言われた」

「アンヌの周りにいる男達の目が節穴なだけだ。君は十分可愛い」


『なんてお美しい』

『気品に充ちたお姿は月の女神のようだ』


 大きく目を見開いたマリアンヌは呆然とバルトを見上げた。

 今まで言われたどんな称賛の言葉よりも、バルトに可愛いと言われた方がずっと嬉しいと思ってしまうのは、何故か。


(どうして? どうして、こんなにも胸が苦しくなるの?)

 

 緊張とは異なる息苦しさと恥ずかしさを感じ、瞳が潤んでいく。

 混乱した思考の中、泣きべそになっている顔をバルトに見られたくなかったマリアンヌは、頬を両手で覆い、彼から隠すように背中を向けた。



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