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7.脅かす足音

 鉄製の床を軋ませて倒れたガーディアンには目もくれず、マリアンヌは目前に立つ黒装束の青年を見詰めていた。


「何故」


 背筋を伸ばしていても、問う声には若干の震えが混じる。


「何故、貴方が此処に」


 答えなど聞かなくても分かるのに、問わずにはいられなかった。


「ナイジェル」


 名を口にすれば、青年は目元以外を隠していた頭巾をあっさりと脱ぎ捨てる。

 頭巾の下から現れたのは、短い黒髪と切れ長の黒い瞳の青年、かつて王太子だったウィリアムの護衛を任されていたナイジェルだった。


「アンタ、アンヌの知り合いか?」

「アンヌ?」


 ウォルトから話しかけられたナイジェルは、不快そうに眉間へ皺を寄せた。


「いや、俺一人でアイツの相手をするのはキツイんで、力を貸してくれ」


 苦笑いを浮かべ、ウォルトは倒れたガーディアンを肩越しに見る。

 ガギギギ、と金属が擦れる音を発しながらガーディアンは起き上がった。


 チラリとそれを横目に見て、ナイジェルは片膝を床につけると真っ直ぐにマリアンヌを見上げた。


「ご命令ならば」

「ナイジェル、力を貸して」

「御意」


 胸元に手を当て頭を垂れ、ナイジェルは立ち上がる。

 レイピアを握り直し、風のようにガーディアンへ向かって駆けて行った。

 バスタードソードを構えたウォルトと並び、ナイジェルは高速でレイピアを繰り出す。



「あのさ、聞きたいことはあるけど後で聞くわ。今のうちに魔石を動かしちゃいましょう」


 魔石を掴んでいる男の横、タンクの窪みを指差して言うエミリアへマリアンヌは「そうね」と頷く。

 床の振動にふらつきながら、タンクへ向かうマリアンヌとエミリアの意図に気付いたウォルトは、斬撃を増やしタンクからガーディアンを引き離しにかかった。


「よいしょっ、くぅ~無理か」


 タンクへ近付き、エミリアは両手で魔石を引っ張るが、魔石から男の指は離れない。

 エミリアの横からマリアンヌも一緒になって引っ張る。

 枯れ木のように硬く乾いている指先は、溶接されているのかと思うくらい魔石に貼り付き離れない。かといって、邪な感情と恐怖を抱いて事切れただろう、男の指をくっつけたままでは元の位置へ戻せない。戻しても簡単には魔石の穢れは消えないのだ。

 ぐっと下唇を噛んだマリアンヌは、見ないようにしていた干からびた男の遺体へ「ごめんなさい」と呟く。


 エミリアには下がってもらい、意識を集中して呪文の詠唱を始めた。

 風魔法と土魔法を混合させ、魔石を掴む男の手首から指先までを包み込む。

 男の手を包んだ魔力が緑色に発光する。次の瞬間、手首から指先までがぼろぼろと崩れていった。


 どさりっ

 支えを失った男の体は冷たい鉄の床へ倒れる。

 濁った色が混じった魔石を両手で抱え、エミリアは流れ込んでくる魔力に顔を歪めた。


「本当は神殿で穢れを落としたいところだけど、仕方ないか。水の流れが徐々に穢れを清めてくれるから、魔石を元の位置へ戻せば、っと」


 背伸びをして魔石をタンクの窪みへ填め込む。


 パアアァー

 魔石から翡翠色の光が放たれ、タンクの表面を駆け上がり空間全体へと広がっていく。


 ウォルトとナイジェルの二人と激しい戦闘を繰り広げていたガーディアンまで翡翠色の光が届く。

 光を浴びた途端、ビクリッと全身を揺らし動きを停止させた。

 ガーディアンの鉄仮面の奥から深紅の瞳の色が消え、だらりと両腕が垂れ下がったのを確認したウォルトもバスタードソードを下ろす。


「あぁ、ガーディアンがプールの中へ戻っていく?」


 輝きを無くし鉄の塊同然となったガーディアンは、ズブズブ音をたててプールへ沈んでいった。

 苦戦を強いられたというのに、呆気なく沈んでいく姿をマリアンヌは呆然と見送る。


「魔石とガーディアンは連動しているのよ。魔石が元に戻ったからガーディアンも停止したのね」

「でも水は濁ったままだわ」


 鉄柵を両手で握り、下の様子を見下ろしてマリアンヌは首を振った。魔石は元に戻っても、水の濁りは全く消えてはいない。


「制御装置が稼働してもこれだけの穢れが元に戻るのは、年単位の時間がかかるわね。魔石も穢れたままだし。でも、これ以上の水質汚染は防げたわ」


 領主とギルドへ顛末の報告、暫くはろ過装置の使用を伝えなければ。

 まだ面倒な仕事は残っていた。はぁとエミリアは息を吐く。



「マリアンヌ様、ご無事ですか」


 音も気配もなく、背後に現れたナイジェルから声をかけられ、マリアンヌは小さく肩を揺らした。

 そうだ、制御装置を正常にして終わり、では無かった。

 もっと厄介な、自分の今後を左右する“彼”の事があったのだ。


「え、ええ。助けてくれてありがとう。貴方はへい、彼の命令で来たの?」

「はい。あの方が入国するためには正式な手続きが必要ですから、私が先に馳せ参じました」


 “あの方”とは誰の事かなど、入国手続きに時間がかかる人物とは誰か、など聞かずとも分かる。


 あと数日で使節団が訪問する忙しい時なのに、王宮では王女を迎え入れる準備をしているだろうに、まさか自ら動くとは。

 追い掛けてくる原動力は、裏切る真似をしたマリアンヌへの憤怒か、それとも執着か。

 ゾクリ、マリアンヌの背中が寒くなってくる。


「見逃しては、くれないわよね」


 直ぐ近くまで彼の足音が迫ってきている気がするのは、幻聴や妄想ではない。

 ナイジェルがこの場に居るイコール、彼へ居場所は伝わってしまっている。


 一刻も早く此処から逃げなければ。

 逃げるため転移魔法を展開しなければと、頭では焦っているのに全く魔力が発動してくれない。まるで、何かに阻害されているかのように。


「あの方がいらっしゃるまで、マリアンヌ様を護るのが私の役目です」


 蒼白になっているマリアンヌを労るように、初めてナイジェルは口元に笑みを浮かべた。


「アンヌ、こいつはお前の護衛か? 護衛がいるってことは、お前は貴族のお嬢様、とかか?」


 不穏な空気を感じて近寄ったウォルトは、マリアンヌの肩へ手を伸ばす。

 瞬時にナイジェルは笑みを消した。


「無礼な」


 殺気を込めたナイジェルの手が腰に挿したレイピアの柄へ手をかけ、止まる。




「その手を離してもらおうか」


 大声ではないのに、空間全体へ響くように聞こえた声。マリアンヌは大きく目を見開いた。


「なん、うぉっ?!」


 意識が削がれたウォルトの手首を、瞬く間に横へ移動したナイジェルが掴む。そのままウォルトをマリアンヌから引き剥がし、ナイジェルは掴んだ手首を後ろ手に捻り上げる。

 無理に外そうとすれば、捻り上げられた反動でウォルトの肩の関節が外れる。

 急所を知り尽くした者しか出来ない、暗殺に長けた動きだと気付いたウォルトは「くそっ」と小さく呻いた。


 カツンッ、カツンッ


 近付いてくる足音も気配も、マリアンヌがよく知った人物のもの。

 静かな足音が耳へ届く度に、沸き上がってくる恐怖によって振り返り姿を確認することも出来ない。


「ナイジェル、そこまでにしろ」


 桟橋を渡りきり間近まで来た彼に制止され、ナイジェルはウォルトを拘束していた手を離す。


 体を硬直させているマリアンヌの真後ろから、耳元へフッと息がかかった。

 甘い、嗅ぎなれた香りが全身を包もうとしている。

 逃げなければ、捕らわれる。

 必死の思いで、震える足を動かそうとしたマリアンヌの腰と肩へ、力強い腕が回された。


(ああ、捕まってしまった)


 力が抜けていくマリアンヌの体を抱き締めて、捕獲した背後の彼は嬉しそうにクツクツ喉を鳴らす。


 逃亡が失敗した落胆と、彼に抱き締められる喜びと、相反する感情でマリアンヌの思考は混乱に陥った。


「随分、遠くまで逃げてくれたな。今回は少々焦ったぞ」


 肩へ抱く腕が上がり親指と人差し指がマリアンヌの顎を掴む。抵抗する余裕も無く顔を動かされる。

 僅かに後ろを向かされたマリアンヌは覚悟を決めて、抱き締める彼を見上げた。

 振り向いた先にいたのは間違いなく自分の夫、ギルバート。ただし、マリアンヌの頬をサラリと擽るのは黒髪ではなく、薄い金色の髪だった。


「バルト? ギルバート?」


 黒髪藍色の剣士バルトの姿ではなく、ギルバートの色合いでいた彼と視線を合わせ、マリアンヌは「ひっ」と悲鳴を上げた。

 優しい手付きを裏切るように、ギルバートのアイスブルーの瞳には冷たい光が宿っていたのだ。


「やはり自由など与えずに、首輪を付けて鎖で繋いでおけばよかったか。それとも、手足に枷を付けて牢へ閉じ込めるか」


 至極愉しそうに笑うギルバートの言葉は、内容の物騒さを除けばまるで甘い媚薬のよう。

 吐息と共に耳元へ流し込まれ、マリアンヌの全身が熱くなるどころか恐怖で一気に血の気が引いた。


ギルバート登場。

タイトルは内容そのままです。


誤字報告ありがとうございます。夜中に打ち込んでいるためミスが多く、報告に助けられております。

あと三話の予定です。

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