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4.新しい仲間?

 成り行きとはいえ、ウォルトとエミリアと一緒に行動することになったマリアンヌは、アジュール神殿から乗り合い馬車に乗りステンシアの街へ戻った。

 宿泊予定の宿屋へ二人を案内したのはいいが、彼等がどうするのか気にしつつマリアンヌは預けていた鞄を受け取る。


「私達も此処へ泊まるから」


 あっさりと宿泊を決めたエミリアは、ロビーに置かれた椅子へ腰掛けた。

 街の宿屋に泊まる事も、宿泊手続きを行うのもマリアンヌには初めてで、先に済ませたウォルトを真似して宿泊台帳へは“アンヌ”と記帳した。

 宿泊者名簿への記入を終えると、従業員の女性から宿の施設について説明を受ける。


「一階の奥にシャワー室があります。男女の利用時間は細かく分けてあるため気を付けて下さい」


 海風でベタつく髪が気になっていたマリアンヌは、安堵の息を吐く。

 中身はどうであれ、生粋の貴族令嬢であるマリアンヌには行水は抵抗があった。だからといって、共同浴場へ入るには勇気が足りず。シャワーだけでも、外へ出ずに宿内で済ませることが出来るのは良かった。


「お二人は旅に慣れているのね」

「アンヌは、こういった宿には泊まった事が無いのか?」


 手続きのぎこちなさから、驚き混じりで問うウォルトにマリアンヌは「学生だったから」と、言葉を濁して誤魔化して部屋の鍵を受け取り、宿泊する部屋が並ぶ二階へ移動する。


「この宿屋は、家族以外は男女別の部屋に別れているのね。むさ苦しい男は女性フロアには入れないルール。残念、夜這いは無理ね。だからウォルト、早くあっちへ行きなさいよ」


 勢いよく話すエミリアの通る声に、周りに居た宿泊客も何事かと振り返る。

 彼女の有無を言わせぬ勢いに押され、ウォルトは頷いた。


「あ、ああ。じゃあ、アンヌ後でな」


 あっち行けとばかりに、エミリアは右手でウォルトを追い払う仕草をする。

 苦笑いを浮かべて部屋へ向かうウォルトの後ろ姿に、気の強い少女と旅をしている彼の苦労が垣間見えた。



 似たような扉が両脇に並ぶ廊下を歩き、マリアンヌとエミリアは部屋を探す。

 王宮とは違う木製の廊下が懐かしく感じるのは、前世の記憶からだろうか。ギシリ、と床板が軋む音がやけに響いて聞こえる。


「ここね」


 鍵に付けられた部屋番号と、扉に取り付けられたプレートが一致する部屋までやって来ると、番号を確認したエミリアは鍵を鍵穴に差し込んだ。


「私の部屋は隣だから。何か困ったら訪ねて来なさいね」

「ありがとうございます」


 腰に手を当てて、胸を張って言うエミリアは可愛い。

 朧気な前世の知識でいう、ツンデレ女子というやつだろうか。

 彼女の生意気な態度にはまだ慣れないが、丁寧な態度をとられることが多いマリアンヌから見たら、生意気でも新鮮に感じる。


 エミリアと別れ、ベッドと小さなドレッサー、椅子しか置かれていない部屋に入ったマリアンヌは鞄を椅子の上へ置き、息を吐いた。


 長く濃い一日だった。

 豪華絢爛な王宮から庶民用の宿屋は落差は激しいが、漸く一人になれて全身の力がやっと抜けた気がした。

 意識を集中させて宿屋の周辺の気配を探る。


「今のところ、追っ手は来ていない」


 監視魔法を慎重に解呪し、転移魔法を数回使用してから海を渡ったのが奏功したのか。それとも、書き置きを読んで納得してくれたのか。


「呆れられたのか」


 呟いて、胸の奥が針で刺されたように痛む。

 痛む胸を押さえて硬いベッドに寝転び、マリアンヌは目蓋を閉じる。

 体の疲れもあり、直ぐに意識は眠りの淵へと沈んでいった。




 ゆらゆら波間に漂うような心地好い揺れの中、マリアンヌはあたたかなぬくもりに包まれて横たわっていた。


 目蓋を閉じているのに、不思議と周囲の様子が分かる。何故だろうと考えて、直ぐにこれは夢だと理解した。

 ふと、誰かの視線を感じて意識をそちらへ向ける。


 意識を向けると、視線は鋭さを増しマリアンヌの肌はザワリ粟立つ。


『    』


 視線の主が声を発したような気がして、マリアンヌの全身の筋肉は強張っていく。


(早く、目を覚まさなきゃ。彼に捕まってしまう! 早くっ!)




 ドンドンドンッ!


 けたたましく扉を叩く音が聞こえ、マリアンヌの意識は浮上していく。


「アンヌー! 夕飯食べに行くよー!」


 扉を叩く音と一緒にエミリアの声も聞こえ、何事かとマリアンヌはベッドから飛び起きた。

 上半身を起こして気付いた。

 カーテンが開いたままの窓から、差し込む夕陽で室内は朱色に染まり、どうやら部屋に入ってから夕方までの時間眠っていたらしい。


「起きたなら開けてよー!」


 エミリアの声で一気に目が覚めたマリアンヌは、ベッドから下りると慌てて扉へ駆け寄った。



 引き摺られるようにエミリアに連れられて、マリアンヌは地元食材をふんだんに使った料理が自慢だという宿屋の一階にあるレストランへ向かった。

 夕飯時には少し早い時間帯だというのに、地元民や宿泊客で店内のテーブル席は満席となっていた。

 食堂の壁にはステンシアの風景が描かれた絵が飾られ、各テーブル上に小さな花と硝子の魚を型どった置物が飾られているのが可愛らしい。


 先に四人席へ座っていたウォルトは、マリアンヌとエミリアに気付き片手を上げる。

 店内の混み具合から、ウォルトは席を確保してくれていたのだろう。「ありがとうございます」と頭を下げてマリアンヌは椅子に座った。


 メニューとにらめっこをして悩んだ末、マリアンヌは本日のおすすめ料理、ステンシア周辺の魚介類が入ったスープスパゲッティーを頼んだ。

 魚介の出汁が出ているスープに、麺がよく絡まって美味しい。

 残ったスープにつけて食べるようにと、バケットまで付いているのが嬉しかった。


「美味しい」


 豪華で手の込んだ料理は食べ慣れているが、宮廷料理に負けず劣らず美味しかった。

 学生時代、冒険者アンヌとして屋敷を抜け出し、庶民的の食堂で食事をしたこともあり、賑やかな雰囲気の中食べる食事は、気楽で美味しく感じると思った。

 今回は、その時以上に美味しく感じる。


「どうした?」


 俯いたマリアンヌを真正面から見て、ウォルトはギクリと肩を揺らした。


「誰かと一緒に食べるのは久し振りだなぁって思って」


 ここ一ヶ月、多忙なギルバートとは擦れ違ってばかりいた。二人で食べていた食事も、マリアンヌ一人で食べる回数の方が多く、一人だと美味しい食事も味気無く感じていた。

 気を緩めたら零れ落ちそうな涙を堪え、無理矢理唇を笑みに形作る。


「っ、」


 今にも泣き出しそうなマリアンヌを見て、シーフードグラタンを食べる手を止めたウォルトは、口を半開きにして固まった。


「ウォルトったら何締まりが無い顔しているの。ねぇアンヌ。貴女、観光以外の目的があってこの街へ来たの?」

「え、目的? 特には、無いです」


 首を軽く振って答えると、エミリアは「良かった」と呟いて笑う。


「無いのなら私達に力を貸して欲しいの。貴方、複数の属性を持っているでしょ? 中でも強い水属性を持っている。私達がステンシアへ来た目的は、ある依頼のためなの。ステンシアの街の東側を流れる川の上流に、ここいら一帯の飲料水の水源となっている湖があってね。最近、水源の水質が悪くなっているらしく、その調査依頼が来たのよ。ただね、私の魔力属性は火で、水と相性が悪い。でも、断れない筋からの依頼で困っていたのよ」


 一気に話したエミリアは、ふぅと息を吐く。


「一緒に水源の湖へ来てくれないかな? 勿論、成功報酬は渡すわ」

「水源の調査、ですか」


 湖の汚染はいずれこの国中へ広がり海の汚染にも繋がる。このステンシアの街も汚染されたら、美味しい料理も食べられなくなる。


(特に予定は無いし、転移魔法と船を使ったし追っ手も大丈夫かな)


 口元に人差し指を当てたマリアンヌは暫時考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「分かりました。私でお役にたてるなら」

「良かった! ありがとう」


 満面の笑みとなったエミリアは声を弾ませた。


実は、ウォルトとエミリアは他の作品に出てくるキャラだったりします。


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