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2.水の街ステンシア

 連絡船に乗りやって来たのは、商業国家トランギアナの交易港の一つである、水の街ステンシア。


 豊かな海産物と他国からの輸入品目当ての旅人が多く集まるこの国は、冒険者となったら訪れたいとマリアンヌが夢見ていた国と街だ。

 五百年前、人族と魔族が争っていた暗黒時代に一度街は海に沈み、その後に再建された街である。暗黒時代の戦いで海に沈んだ大地は面積が少なく、路地の代わりに街中に水路が造られていった。

 水路のいたる場所に渡し船や手漕ぎボートが設置されており、人以外でも荷車代わりのイカダが水路を行き交う。

 まさに、海に浮かぶ街。その幻想的な街並みと豊富な魚介類を使った料理が、前世の記憶にある異国の都市と重なる。


 海からの朝霧に霞む街並みと、沈みかけた夕陽に水路の水が茜色に染まる美しい景色はこの街の名物なんだと、朝食を食べに入ったカフェの店主が自慢気に教えてくれた。


「綺麗。朝霧の街か」


 硝子張りの窓際の席から、朝日に煌めく水路をぼんやりと見てマリアンヌは呟いた。


 今頃、王宮ではマリアンヌ付きの侍女達や父親のダミアンは慌てているだろうか。それとも、また抜け出したかと呆れているだろうか。

 王妃のネックレスも置いてきたから、ギルバートにマリアンヌの決意が伝わるだろう。王妃の役割を放棄した、無責任で薄情なマリアンヌとは早々に離縁をして、側妃として迎え入れる王女にネックレスを贈ればいい。

 今回の家出にソレイユ公爵家は無関係だと、罰を与えないで欲しいと書き置きをしておいた。

 父親も兄も有能で、今や居なくてはならないギルバートの腹心だ。易々と役職の降格や処罰はさせられはしないだろう。


 霧が晴れていくのを見ていくうちに、夜通し船に揺られた疲労で鈍っていた思考がはっきりしてくる。

 今日の昼過ぎにはギルバートが王宮へ帰って来る。

 今、冷静に考えれば、ギルバートか父親に確認を取ってから王宮を出てくれば良かったのだ。でも、冷静になれないくらい衝撃を受けて、悲しかった。


「なんて、今さらよね。取り敢えずギルドへ、ううん、駄目だわ」


 世界中に点在するギルドは、単独なものではなく繋がっている。この街のギルドへ立ち寄ったら、マリアンヌの居場所が知られてしまう可能性があった。


「せっかくだし観光と、あと宿探しかな」


 大きな旅行鞄を持ったまま歩き回るのは疲れる。取り敢えずは、宿を決め荷物を預けよう。

 そうと決めたら、マリアンヌは切り分けた最後のフレンチトーストを口の中へ放り込んだ。



 朝食を食べ終わり、カフェの店主に教えてもらった海鮮料理が自慢の宿へ向かった。

 大通りから一歩外れた場所に建つ、石造りの壁と水色の屋根の規模の大きい宿は、一階が海鮮料理のレストランで二階が宿泊施設という小綺麗な建物。雰囲気からして、中流以上の旅行客向けの宿屋のようだ。

 宿泊手続きをするにはまだ早い時間のため、旅行鞄を預けて街を観光することにした。


「それでしたらアジュール神殿に行かれるのはどうでしょうか。若いお嬢さんに人気の場所なんです」


 宿屋の受付カウンターに立つ女性の指先が、宿屋に置かれている手書きの地図をなぞる。


「暗黒時代以前に建てられた女神アジュールの神殿です。綺麗な彫刻もありますし、女神アジュールは愛と豊穣の女神なんですよ。アジュールに祈りを捧げればきっと貴女に素敵な出逢いがありますよ」

「ありがとうございます」


 神殿までの行き方を丁寧に教えてくれた女性へ、マリアンヌは愛想笑いを返した。



 街の外れに建つというアジュール神殿。

 地図上では近くに、街中からも神殿は見えるが実際は小高い丘の上にあるらしく、徒歩で向かうと半日はかかるため観光用に乗り合い馬車が出ている。

 人気の観光地らしく、馬二頭が牽く大型馬車へは次々に朝から観光客が乗り込んで行く。

 結婚前に冒険者アンヌとして依頼を受けた際、乗り合い馬車には二回乗ったこともあったが、大型の乗り合い馬車へ乗るのは初めてだった。


 貴族用の馬車とは違い、煉瓦で舗装された道を行くガタガタ揺れる振動が新鮮で、マリアンヌは瞳を輝かせて幌の隙間から見える海沿いの景色を眺める。

 小一時間程走り、 乗り合い馬車が到着したのは小高い丘の上に建つ白亜の神殿の前だった。


 暗黒時代以前に作られた古代の神殿は、白い石造りの神殿は観光客向けにきちんと整備され、陽光を受けて煌めいて見えた。

 白亜の神殿の背景の青空、青い海はとても綺麗に見え、宿屋の女性がおすすめしてくれたのも納得出来る。



 馬車から次々に観光客が下りると、ガイド役の男性数名が近寄って来る。乗り合い馬車とガイドは上手く連携しているようだ。

 男性ガイドに先導され、若い夫婦と女性三人組の旅行客に続いてマリアンヌも神殿内部へ足を踏み入れた。

 神殿内部は、四方の壁と円柱の柱の白と床の御影石の黒との対比が美しい空間が広がる。


「アジュールは恋多き女神でした。多くの男神と契り、子を生み、荒野だったこの地を豊穣の大地へと変えていきました」


 静かな神殿内に男性ガイドの説明する声が響く。

 真剣に話を聞く若い夫婦や、互いに腕を絡ませて寄り添う恋人達をぼんやりと見ながら、マリアンヌはぎゅっと下唇を噛む。


(ギルバートは王都へ帰還する頃かしら。また家出したと知ったら、こんな時期に無責任だって私に対して呆れるかしら)


 神秘的なアジュール神殿は綺麗で見応えがある場所だと思う。でも、愛と豊穣の女神、恋多き女神のためか訪れる観光客は若い夫婦や恋人達が多く、仲良さげな彼等の中一人でいるのは、少々失敗したなと思う。


 腕を組んで歩く恋人達を見ていて、じわり、とマリアンヌの視界が潤んでいく。

 一人で居ることが寂しいだなんて、やはり情緒不安定になっていると、自嘲の笑みが漏れた。

 ギルバートが本当に側妃を娶るのか、彼に問い詰めて彼の口から真相を知るのが怖くて逃げたのに、馬鹿みたいだ。


 ガイドと観光客から離れて、マリアンヌはぼんやりと神殿内を歩く。柱や壁に彫られている、女神アジュールと男達の仲睦まじい様子を表現したレリーフは美しいが、それが余計に切ない気分にさせる。



「おっと、危ない」

「きゃあっ?!」


 突然、男性の声と共に大きな手のひらがマリアンヌの肩を掴み、動きを制止する。

 驚きに目を見開いたマリアンヌだったが、すぐ目前の床に段差があることに気付いて顔を上げた。

 このまま歩いていたら、段差に気付かずに飛び込んでしまっていた。

 顔を上げると、肩を掴んで止めてくれた男性と目が合う。


「大丈夫か?」


 心配そうにマリアンヌを見下ろすのは、黒髪を短く刈り込んだ鋭い目付きで背も高く筋骨隆々の鉄の胸当てを着けた、いかにも戦士風といった大男で、逞しいタイプが好きな女性達はときめくだろう風貌の男性だった。


「ぼんやりしていて前方不注意でした。止めてくださってありがとうございます」


 素直に御礼を伝え頭を下げると、男性は僅かに目を開き頬を染める。

 彼の意外な反応に、マリアンヌはへっ? と小さく声を漏らしてしまった。

 固まったままの男性とマリアンヌは暫時見詰め合う。


 男性の後方からパタパタ軽い足音が聞こえて、我にかえったマリアンヌは足音がする方を見る。


 朱色の長い髪を高い位置でツインテールにした背の低い少女が小走りに向かって来るのが見えた。

 魔術師風のローブから覗く、膝上15センチくらいのミニスカートを履いた顔立ちは少しきつめだが猫目が可愛い少女。


「ちょっとウォルト! なに女の子をナンパしてるのよ」


 少女は眉を吊り上げ、ウォルトと呼んだ男性を睨む。


「ナンパ?」

「なっ、違うっ!」


 首を傾げてマリアンヌがウォルトを見上げれば、彼は顔を真っ赤に染めて肩を掴んだままの手を慌てて外した。



仕事が忙しいため、なかなか時間が取れず一日おきで更新していく予定です。


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