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1.マリアンヌは家出をする

後日談となります。

結婚式から半年後の話。

 朝霧と共に入港した連絡船から桟橋へ、次々に乗客が降りていく。

 夫婦で乗船していた老婦人は、船旅の間親しくなった年若い女性に声をかけた。


「本当に一人で大丈夫なの?」

「私、こう見えて冒険者なんです。だから大丈夫ですよ」


 旅行鞄を片手に持ちワンピースの上からローブを羽織った、一見すると華奢で良家のお嬢さんといった若い女性は、心配する老婦人へにっこりと微笑む。

 桟橋へ降り立った女性は、朝の潮風を全身に感じ深く息を吐いた。


「アンヌさん気を付けてね」


 連絡船の次の停留先が目的地だという老夫婦は、船上からアンヌことマリアンヌへ手を振る。


「ありがとうございます。お二人もよい旅を」


 振り返ったマリアンヌは老夫婦へ向かって手を振り、船着き場から建物が建ち並ぶ通りへ向かって歩いていった。




 ***




 結婚式から半年、国王ギルバートを支える王妃としての公務にマリアンヌが慣れてきた頃、王宮では近々訪問予定の隣国フェイエノールの使節団を迎える準備が進められていた。


 隣国フェイエノールから使節団が訪問するなど、十数年前では考えられなかった事。

 十数年前まで、スレイア国と隣国フェイエノールは国境沿いでの小競り合いを繰り返していた。

 一触即発の状況が現在のように終息したのは、十二年前将軍を任せられた当時王弟だったギルバートの活躍によるものだった。

 ギルバート率いるスレイア国軍に大敗した事により、好戦的で開戦派だったフェイエノール国王へ対する国民の不満が爆発し、国王は倒されたのだ。

 その後、即位した新国王とギルバートの間で講和条約が締結された。


 今回の使節団訪問は、講和条約が締結され十年目の記念式典の為だという。

 改めて考えると自分の夫、ギルバートは有能で偉大な人物なんだと実感する。

 そのギルバートは、視察やら準備やらが重なり五日前から王都を留守にしていた。

 国王代理の公務に、使節団をもてなす晩餐会の招待客のチェック、ドレス選びにと疲れてしまっていたマリアンヌは、息抜きをしようと髪色を変化させて、隠し通路を通り部屋から抜け出した。

 向かうのは、庭園の片隅にある小さなガゼボ。

 植木の枝が程よく隠してくれ、一人になりたい時は最適な場所なのだ。



「でね、本当に」

「じゃあ、」


 人気の無い回廊へ出た時、前方から女性の話し声が聞こえ、咄嗟にマリアンヌは柱の影に隠れた。


「やっぱり陛下は、隣国から訪問される王女を側妃に迎えるのね」

「婚約されていた時から、あれだけ子作りに励まれていらっしゃるのに、王妃様に懐妊の兆しが無いのだから仕方ないわよね」

「やだぁ、子作りだなんてっ」


 使用人だろう女性達の会話を聞き、マリアンヌは大きく目を見開いた。


「陛下が王宮を離れているのは王女を迎える準備かしら。王女はとても可憐な方だそうよ。王妃様とは真逆の性格と聞いたわ」

「まぁ! それじゃあ、きっと陛下は王女に夢中になるわね。うふふ、お可哀想な王妃様」


 クスクス笑う声には、全く可哀想という感情は込められていなかった。

 暖かい陽気なのに、足元から体が冷えていくのを感じ、マリアンヌはぎゅっと握った手で苦しくなる胸元を押さえる。


 話し声と足音が遠ざかっていっても、マリアンヌはその場から動けずに荒い呼吸を繰り返していた。


(そんな、側妃? 隣国の王女って、嘘でしょ? ギルバートは私だけを愛すって言ってくれていたのに)


「嘘つき」


 震える唇を動かせば、小さく嗚咽が漏れる。

 柱に背を預けてマリアンヌは両手で顔を覆った。


 ここ一ヶ月間、ギルバートは多忙な様子で、夜もマリアンヌが起きている時に自室へ戻る日の方が少なかった。

 いくら愛し合っていても、国王たるギルバートには後継者が必要なのだ。

 マリアンヌが彼の子を孕めないのなら、側妃を娶るのは国王として当然の事で非難されはしない。マリアンヌも王妃として国を支える立場なのだから、嫌だとしても受け入れなければならない。

 それなのに、心臓がキリキリと痛む。

 自分以外の女がギルバートの隣に立つのかと思うと、嫌悪感で心が悲鳴を上げる。


 顔を覆っていた両手をゆっくり外した。


「側妃だなんて、いくら政略とはいえ無理だわ。耐えられない。この国を、出るしかないのかしら」


 決意を口に出すと、心臓の痛みが和らいでいく。

 自分の切りかえの早さに、マリアンヌは自嘲の笑みを浮かべた。




 自室へ戻ったマリアンヌは、早速国外へ出る準備に取りかかった。

 予定ではギルバートが戻るのは明日の昼頃。それまでに出国しなければ連れ戻されてしまう。

 ただ、王妃の仕事を投げ出して行くのは良心が痛むため、晩餐会のメニューへの細かい指示を紙に書き出しておく。


「体調が優れないため、部屋で休んでいます」


 心配する侍女達へ「一人になりたい」と伝え、ベッドへ横になる。


「疲労でしょう。念のため煎じ薬を出します」


 侍女が呼んだ侍医からの診察を受け、室内に自分以外居なくなったのを確認してマリアンヌは起き上がった。


 クローゼットから取り出したシンプルなワンピースに着替え、手早く髪を整える。用意していた旅行鞄を引っ張り出し、クッションをベッドの掛け布団の下へ入れた。

 サイドテーブルの上へ書き置きをして、マリアンヌは防音の結界を張り隠し通路の入り口を開いた。


 ギルバートと婚約してから今まで、一年以上の期間過ごした室内を見渡す。

 何度か家出はしているが、今回は本気で国外へ出るつもりだ。無論、戻って来るつもりも無い。


『アンヌ以外の女を傍らに置くつもりはないから安心しろ。アンヌを傷付ける真似も、裏切る事もしない』


 そう言ってくれて、嬉しかったのに。

 信じていたのに他に目を向けるなんて、嘘つきな(ギルバート)なんて嫌い。側妃でも愛娼でも、自分の消えた後に好きに娶ってくれ。


「さようなら、ギルバート様」


 呟いて、マリアンヌは隠し通路を通り抜け王宮の外へ向かった。




 王宮を脱出したマリアンヌは、捜索を撹乱させるために転移魔法を数回使い、町から町へ転移してから他国への連絡船が着く港町へ辿り着いた。

 港町へ着いた頃には夕方の時刻となっており、港から出港する連絡船の最終便に何とか乗船することが出来た。

 甲板に出たマリアンヌは薄暗い海と遠ざかっていく町の光を眺める。

 翌朝には、海を渡った先の国、商業国家トランギアナに到着するのだ。

 スレイア国を出国してもうすぐ自由の身になれるのに、むなしさが胸へ広がっていくのは何故か。


「ギルバート、バルト」


 半ば衝動的に飛び出してしまったとはいえ、王妃の責務を放棄した自分の愚行に彼は何を思うのだろう。

 ぎゅっと唇を結んだマリアンヌの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。




 侍女達が王妃マリアンヌの逃走に気付いたのは、マリアンヌが人払いを命じた三時間後の夕食時だった。

 知らせを受けた宰相、マリアンヌの父親ダミアンは「またか」と遠い目をして頭を抱えたという。



逃避行編スタートしました。

手直しは後程。更新はゆっくりとなります。

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