10.そうして、彼は悪役令嬢を手に入れた
国王の署名付きの書状により、謁見の間へ召喚されたノゼワット侯爵は、玉座に座るギルバートへ頭を垂れる。
「何故、此処へ召喚されたのか分かっているか?」
「いいえ? 皆目見当つきません」
前国王の時代、ノゼワット侯爵は宰相を任され国政の枢機に参画していた。そんな人物が、召喚された理由を理解していないわけがない。
敬意を払った態度を装ってはいても、ノゼワット侯爵は息子ほど年の離れた自分を侮っていると、ギルバートは感じていた。国王と成った際、不正を行っていた者達は粛清したが、先代当主の功労を重んじて罰するのは赦して欲しい、という王太后の頼みでノゼワット侯爵は政から遠ざけるのみにしたのに、何か勘違いしているのだろう。
誤魔化せる、もしくは王太后が助けてくれる、とでも思っているのか。ギルバートは口角を上げた。
ギルバートの隣に立つダミアンが一歩前へ出る。
「貴公を召喚したのは、陛下を害し国を混乱に陥らせようとした企みが判明したからだ」
「陛下を害すとは、穏やかではありませんな。私は領地に居り、久々に王都へ参りました故、全く知りませんでした」
小馬鹿にした様な口振りに、苛立つダミアンを後ろへ下がらせ、ギルバートは口を開いた。
「貴様の処遇が決定したのだ」
「はて、処遇とは一体何の事でしょうか」
「まだしらを切るつもりか? カインツェ男爵は早々に吐いた。最早、言い逃れは出来ぬぞ」
カインツェ男爵の名に、ノゼワット侯爵の眉がピクリと動く。
「貴様が精製した媚薬の効果は大したものだ。カインツェ男爵に試してみたのだが、多量過ぎたのか廃人同然になってしまってな。そんな物を世に出すわけにはいかぬ。今頃、王都の屋敷や媚薬の精製場となっていた領地の屋敷、親類縁者の屋敷は、騎士団が制圧しているはずだ」
「な、に?」
初めて表情に動揺を見せたノゼワット侯爵は、唇を噛み締めて後退る。
逃がさないように、控えていた衛兵が彼を取り囲んだ。
「王太子を狂わせ国を乱そうとした罪は重い。ノゼワット侯爵家は爵位剥奪、領地没収とする。貴様には斬首など生温い死は与えるつもりはない」
目を見開いたノゼワット侯爵は、射殺さんばかりにギルバートを睨んだ。
「国を乱そうなどとしていない。私はこの国をあるべき姿に戻そうとしただけだ。ウィリアム王太子殿下が国王となり、我等が支える、それが一番望ましい姿!」
壇上のギルバートへ、掴みかかろうと動いたノゼワット侯爵を、衛兵が二人がかりで止める。
「あるべき姿? 貴様の意のままに動く傀儡の王がか? 笑わせる」
クックッと声を出して笑ってしまった。ノゼワット侯爵の顔が悔しそうに歪む。
「連れていけ」
衛兵に両脇を抱えられたノゼワット侯爵は、罵倒の叫びを上げながら謁見の間から引き摺り出されていった。
「さて、次はウィリアムの王位継承権を剥奪する件についてか」
先だって開かれた議会で、元老院議員全員の署名が印された書状は用意され、後はギルバートの署名をすれば、ウィリアムの王位継承権は剥奪される。
「迷っておられますか」
「迷うと思うか? ノゼワット侯爵、カインツェ男爵に嵌められていたとはいえ、罰を与えなければならないほどウィリアムの行いの罪は重い。嵌められる以前から、素行の悪さは問題視されていた。王家の品格を疑われるような素行不良、度を越えた豪遊を繰り返す彼奴は、遅かれ早かれ自滅していただろう。王位継承権を持たせたままでいては、彼奴を利用しようとする者が必ず現れる。そうなれば、前国王以上に国を乱すだろう」
甥だからという身内の情は捨て去り、国王として危険分子は排除しなければならない。
「たとえ私に子が出来ぬとも、ウィリアムに王位は譲らぬ」
ハッキリとギルバートは言い切った。
本人に気付かれない様、気を配りマリアンヌを受け入れる準備を終え、国立学園卒業式当日となった。
今日から三日間は、邪魔をされず思う存分マリアンヌを愛でようと、夜会直前まで仕事を詰め込んだ為、卒業式での祝辞は宰相のダミアンに任せた。
ウィリアムが開く夜会後、マリアンヌを手に入れる算段だと伝えた時のダミアンとマリオンの顔色は、この世の終わりかというくらい悪くなった。国王で在り続けるという、元老院の望みを受け入れたのだ。文句は受け付けない。
「予定通り、マリアンヌを会場まで送り届けて来ました」
マリアンヌを送り、夜会会場から戻って来たマリオンはどこか達観していて、ギルバートは吹き出しそうになった。
予想通り、ウィリアムからは婚約者へのドレスも、夜会へのエスコートも無く、断りの連絡すら無いのはギルバートも呆れてしまったが、マリアンヌが婚約者でいるのは夜会までだ。代わりのドレスは用意し、ソレイユ公爵邸へ送ってある。
「では、向かうか」
ギルバートの指示でマリオンは転移魔法陣を展開していった。
転移した学園の中庭から、マリオンと衛兵を引き連れ夜会会場となっている講堂へ向かう。
夜会に潜り込ませていた給仕係から、通信用魔石を通じてウィリアムが婚約破棄宣言をしたと連絡が入り、ギルバートは嘲笑を浮かべてしまった。どこまでもウィリアムは愚からしい。
ドアマンが扉に張り付き中の様子を伺っていると、マリアンヌが一人で扉へ向かって来る。
会場側のドアマンを押し退けたマリアンヌが、ドアノブを掴んだタイミングでギルバートは勢いよく扉を開いた。
勢いよく開いた扉に押され、後ろへ倒れかけたマリアンヌの背へギルバートの腕が回される。
「失礼」
倒れかけたマリアンヌを受け止めたギルバートが顔を近付け、マリアンヌはギクリと肩を揺らす。
驚き顔を上げたマリアンヌは、大きく目を見開いた。
「大丈夫か?」
「へ、陛下?」
(やっと、捕まえた)
国王ギルバートとして、マリアンヌを腕に抱けた事に心が歓喜に震える。
(もう、逃がさない)
マリアンヌから発せられる甘い香りを堪能しようと、ギルバートは彼女の肩を抱き寄せた。
***
前日までの雨はからりと上がり、雲一つない晴天の空が広がったスレイア国王都は、朝から祝賀ムードに包まれていた。
即位から十年もの間、独身を貫いていた国王の結婚式が執り行われるとあって、祝福しようと地方から訪れた人々でお祭り騒ぎとなっていた。
国王の結婚式が行われるのは、宮殿の敷地内にある石造りの礼拝堂だが、式が終わった後の国王夫妻は宮殿テラスへ姿を現す。
姿を現す予定の、宮殿テラスを見上げる広場は今日ばかりは解放され、入場するための人々で王宮前は長蛇の列が出来ていた。
王宮内の礼拝堂では、真珠とクリスタルが縫い込まれた、豪華な純白のウェディングドレスに身を包んだマリアンヌが、小刻みに震えるダミアンの腕に手を置きエスコートされ、レッドカーペットの上を夢心地で歩いていていた。
お揃いの水色のドレスを着た金髪の天使のような少女達が、しずしずとマリアンヌの後ろに続き、長いヴェールの裾を持って歩く。
ヴァージンロードの終わりでは、純白の軍服で正装しているギルバートが花嫁を待ちわびていた。
エスコートをするダミアンの腕から手を外したマリアンヌへ、ギルバートは手を差し伸べる。
差し出されたギルバートの手のひらへ、自分の手を重ねたマリアンヌは、恥ずかしそうにほんのりと頬を染めた。
「夫婦として互いを支え合いますか」
大司教の前で夫婦の誓いをたてる時になり、マリアンヌは戸惑いの表情を浮かべる。
彼女の表情からは「誓ったら逃げられなくなる」という感情が滲み出ており、ギルバートは冷笑を浮かべた。
真横からの圧力により、悲鳴を上げかけて何とか堪える。結局は、圧力に屈したマリアンヌは震える声で「誓います」と答えた。
「では、誓いの口付けを」
大司教の言葉が終わらないうちに重なった誓いの口付けは、噛み付くように唇を重ねてきたギルバートに翻弄されるがまま、長く深いものとなった。
「んんっ?!」
息苦しくて開いた唇の隙間から侵入したギルバートの舌は、口腔内を蹂躙していき逃げるマリアンヌの舌を絡みとる。舌を絡ませた濃厚な口付けにより、マリアンヌは息も絶え絶えの腰砕けの状態となってしまった。
「マリアンヌ」
力の抜けたマリアンヌを抱き締めるギルバートは恍惚とした笑みで、彼女の耳元へ唇を寄せた。
「逃がさんよ」
逃がさないと、婚約を結んでからの半年間で何度も囁き、想いを体へ刻み込んだはずなのに、ギルバートからの逃走を諦めないマリアンヌは、可愛らしい抵抗を試みようとする。
真っ赤に染まった頬と、涙で潤んだ瞳で睨むマリアンヌが可愛くて、ギルバートは熱を持った彼女の熱い頬へと唇を落とした。
式が終わると、礼拝堂から民衆が集まる広場を見下ろすバルコニーへ移動する。
足元をふらつかせて歩くマリアンヌを、ギルバートはふわりと抱き上げた。
「おっ、下ろしてください!」
「駄目だ。このまま行くぞ。民を喜ばせるのも王の役目、だろ」
「えぇ~?! そんな、無茶苦茶言わないでっ!」
マリアンヌは顔から火を吹きそうになっていた。
王宮内ならギルバートに抱かれて歩く姿は、使用人達にとっては見慣れた光景だろうが、結婚式後とはいえ民衆の前へこのまま出るのはやめて欲しい。そう涙目で訴えるマリアンヌへ、愉しそうに目を細めたギルバートは「仕置きだ」と笑った。
羞恥から、ギルバートの胸元に顔を埋めるマリアンヌを横抱きにして、バルコニーへ向かう。
国王夫妻がバルコニーへ姿を現すと、広場からどっと歓声が上がった。
祝福の声が響く中、横抱きにしていたマリアンヌを解放したギルバートは、広場へ向かって手を振る。
控え目に手を振るマリアンヌの顎を掴み、触れるだけの口付けを落とすと、この日一番の大歓声が上がった。
「愛している」
全身を真っ赤に染めたマリアンヌを抱き締めて耳元で囁くと、歓声とどこからか悲鳴のような声も上がる。
婚約を結んでから半年間、心は未だに抗ってはいてもギルバートに躾られた体は正直なようで、体の奥に甘く痺れるような熱が生じるのを感じて、マリアンヌは羞恥以外の感情で蕩けた瞳で彼を見上げた。
スレイア国歴代国王の中でも、国を発展させたおしどり夫婦と名高いギルバート国王とマリアンヌ王妃。
結婚式の日の二人の仲睦まじい様子は、国民の間で長きにわたり語り継がれていったという。
めでたし、めでたし?
ギルバートの回顧録はこれにて終了となります。
ヤンデレな感じを全面に出すと、R15以上になりそうで抑えました。足りない?
ここまで読んでくださりありがとうございました。
後日談へ続く予定ですが、一旦完結とさせていただきます。