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8.そうして彼は暗躍する⑤

 満月に近い月が照らす中、待ち合わせ場所としたベンチの前でマリアンヌへ贈ったドレスと対になるように選んだ濃紺色の燕尾服を着たギルバートは、目蓋を閉じて佇んでいた。


 年始めに行われている、王宮での舞踏会では毎年ウィリアムの隣に立っていたマリアンヌ。ウィリアムではなく自分の隣に立つマリアンヌの姿を想像すると、体の奥から熱が沸き上がってくる。

 これまで、ウィリアムの婚約者として線引きして接してきたマリアンヌの隣に立つのは、デビュタント時にダンスを一曲踊った一度だけ。あの時はまだ幼さが残る少女へ、まさか求婚するほど惹かれるとは考えてもみなかった。



 早足で近付いてくる気配に、ギルバートは目蓋を開いてゆっくりと振り返る。


「バルト」


 振り返った先には、月から現れた女神かと思うほどに美しく着飾ったマリアンヌが居た。


「どう、かな?」


 秘密裏に贈ったドレスを着たマリアンヌは、不安と期待が入り交じった眼差しでギルバートを見上げた。


 片手を当てて隠すようにしている、開いた胸元にはレースが上手く使われ品良く見せて、広がりを持たせた裾に隠れ見える銀糸で縫い込まれた刺繍が動く度に煌めき、一見したらシンプルなデザインのドレスを色香漂うものへと変化させている。

 青から濃紺へ変化する中の煌めく銀は、遠目からは星空のように人目を引く。

 開いた背中を美しく見せる髪型も、大人びた化粧も、全てギルバートが思い描いていた通り。否、それ以上だった。


 頬を染めたマリアンヌを一瞥して、バルトは満足そうに目を細める。


「色っぽくて綺麗だ。アンヌ、見違えた」


 誉められたのが嬉しくてマリアンヌの口許が綻ぶ。


「本当に?」

「ああ、俺の見立て通り、アンヌはシンプルなドレスの方が似合う。綺麗だよ」


 感嘆の息を吐き微笑むと、マリアンヌは全身を真っ赤に染めて恥ずかしそうに視線を下げる。

 マリアンヌが身動ぐと、着ているドレスの広がった裾もキラキラ煌めいた。


「レディ、お手をどうぞ」


 恭しく差し出したギルバートの手のひらへ、マリアンヌはそっと手を重ねた。




 ギルバートのエスコートで夜会の会場へ到着したのは開始時間間際。

 余裕をもって着く時間に待ち合わせたのに直前の入場としたのは、注目を浴びるためと余計な詮索をされないため。そして、少しでも長くマリアンヌと二人で居る時間を楽しむためだった。


「そんなに不安そうな顔をするな。俺の事は、打ち合わせ通りに話せばいい」


 腰に手を当てて、エスコートするマリアンヌの耳元で囁くように言うと、彼女は耳と頬へ吐息がかかる擽ったさに目を細める。

 目を細めて頬を染めるマリアンヌと目が合った男子生徒は、顔を赤くして視線を逸らした。


 恥じらう仕草をするマリアンヌを抱き寄せ、もっと密着するように促すが彼女は口元をひきつらせた固い表情を浮かべる。


「表情が固い」

「う、耳元で言わないで」


 ぎゅっと唇を結んだマリアンヌだったが、覚悟を決めたのかギルバートの腕に自分の腕を絡める。

 相思相愛の関係に見えるよう、恥じらいを心の奥へと封印したマリアンヌは、甘えるようにバルトへ微笑みかけた。


 巻き髪のカツラを装着した学園長が夜会開始の挨拶をし、楽団が音楽を奏で始める。

 ヒールの音を響かせやって来たのは、マリアンヌを案じる気持ち半分、ギルバートとの関係を訊きたい気持ち半分といった令嬢達。

 令嬢達へ必要な情報を与え、余裕のある笑みを浮かべたマリアンヌは、ホール中央へ踊りに行く彼女達を見送った。

 ここまでは、全て二人の打ち合わせ通り。


 後は、タイミングをみて会場から退散するだけ。

 ふと、見渡したホールで踊る生徒達の間から、蜂蜜色の髪が見えた気がしてマリアンヌはギクリと肩を揺らす。


 マリアンヌの視線の先には、ウィリアムと王宮の舞踏会に参加するのかと思うくらい派手なドレスを着た男爵令嬢がいた。

 あの派手なドレスにウィリアムは大金を注ぎ込んだのかと、ギルバートは内心嘲笑う。


「大丈夫だ」


 動揺を抑えるマリアンヌの肩を抱き寄せ、ギルバートは優しく囁く。そのまま視界を胸元で塞ぐと、彼女からはウィリアムと男爵令嬢の姿は見えなくなる。

 労るようにマリアンヌを抱くギルバートに気付いたらしく、ウィリアムと男爵令嬢が目を見開いた。


 肩から背中を撫で下ろせば、体を震わせたマリアンヌは恥ずかしそうにギルバートの胸元へ顔を埋めた。



「行きましょうか」


 親しい友人、教師へ一通り挨拶し終わり、マリアンヌは腰に回されたバルトの腕へ自身の腕を絡める。


「もう退出するのか?」

「友人達と先生への挨拶は終わったもの」


 ホールで踊らなくとも、周囲に印象付けられたならそれだけで十分。

 後は何もしなくても、お喋りな令嬢達が事実を装飾して親類へと広めてくれる。


「私が逃げも隠れもせず、素敵な男性にエスコートされて現れたことは、婚約者にも伝わったみたいだしね。婚約者の悔しがる顔を見たかったけど、さすがにバルトと踊るわけにはいかないし」


 ホールを見れば、男爵令嬢にせがまれたウィリアムは何曲目かのダンスを披露している。

 いくら公然の仲の二人とはいえ、婚約者のいる王太子が同じ女子と連続でダンスを踊るのは、明らかにマナー違反だ。しかも相手は男爵令嬢、いかに恋人とはいえ彼女が貴族として教育を受けていたら、これは畏れ多い事だとはわかるはずである。

 この場に居る貴族子息子女から、二人の話は両親へ伝わり瞬く間に噂となるだろう。

 学園の催しとはいえ、恋人を優先して婚約者を蔑ろにしている王太子はいかがなものかと、早ければ明日の議会の話題に上がるはず。これで益々、王太子派と国王派の議員の対立が激しくなるなと、ギルバートは内心苦笑いする。


「美味しいタルトもいただけたし、面倒な事になる前に此処から出ましょう」

「アンヌがそれでいいのなら」


 顔を見合わせ互いに笑い合い腕を絡めて、華やかな音楽と生徒達の楽しそうな声が溢れる会場を後にした。




 夜会会場の外には人の姿は無く、月明かりが照らす中庭を二人寄り添って歩く。

 腕を絡めるのも体を密着することも、もうマリアンヌは戸惑うことは無かった。


「この後はどうするんだ?」


「私に恥をかかそうとしたのにそうならず、恋人と仲良くするつもりだったのを邪魔された婚約者は面白くないでしょうね。でも面白くないのは私も同じ。今回は、あまりにも婚約者の、私の存在を軽んじて蔑ろにし過ぎていると、彼との婚約を解消してもらえるようお父様と話そうと思っているわ」


 真剣な表情だったマリアンヌは、にっこりと砕けた笑みを浮かべた。


「自由になれたら、傷付いた心を癒すためとか理由を作ってこの国から出奔しようかな。冒険者アンヌとして世界中を旅をしてみたいの」


「俺を置いてか?」


 拗ねたように言うと、マリアンヌは驚いて目を瞬かせる。


「バルトも、一緒に行ってくれるの?」

「当たり前だ。アンヌを手放すわけがない」


 時間と手間をかけようやく手に入りそうなのに、みすみす逃がすわけがない。

 立ち止まり、向き合ったマリアンヌを抱き締めた。


「何も聞かないのね」

「聞く必要があるのか」


 マリアンヌは首を横に振り、後ろへ下がる。


「ねぇバルト。一曲踊ってくださらない?」

「喜んで」

 

 差し出されたマリアンヌの手の甲へ口付けを落とし、ギルバートは微笑んだ。

 記憶の中で、マリアンヌと踊るのはデビュタント以来、初めてで。しかも数年前の一度きりだ。

 だが、何度も踊っているかのように、二人の動きは息がぴったりだった。


 夜会会場から微かに聞こえる音楽に合わせて踊る二人を、頭上の満月がスポットライトのように明るく照らしていた。


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