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5.そうして彼は暗躍する②

本編と一部内容が重複しています。

 執務室の扉がノックされ、報告書へ視線を落としていたギルバートは顔を上げた。


「陛下、宰相閣下がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか」


 許可を問う侍従にギルバートは「ああ」と短く命じ、宰相であるダミアン=ソレイユが入室する。


「茶会の時間より随分と早いな」


 王太后に招待された茶会の時間は昼過ぎ。

 宰相のダミアンは、茶会へ向かう時間より一時間以上早く来訪したことになる。さらに、感情をほとんど表に出さない、鉄面皮の顔が珍しく強張っているように見え、ギルバートは椅子から立ち上がった。

 唇をきつく結び、ダミアンは恭しく頭を垂れた。


「陛下、我が娘マリアンヌの事でご相談があります」

「相談だと? 私が調べていると、マリオンから聞いたのか?」

「はい。ですが、学園での殿下のご様子やマリアンヌを冷遇されているのも、護衛から報告を受け以前から知っておりました。マリアンヌが訴えてこない間は大丈夫かと、静観をしておりましたが、最近の殿下の振る舞いは目に余ります」


 感情を排除した淡々とした口調でダミアンは話す。彼の握り締めた両手は、力が入りすぎて白くなっていた。


「そなたが憤るのは当然だ。だが、ソレイユ公爵家から婚約解消の申し立てすることは許されない。婚約を解消するためには、婚約を推した王太后を納得させる理由がなければならないのだ」


 王家が、王太后が望んだ婚約を臣下から解消するのは許されない。王太子が致命的な失態を犯せば別だが。


「分かっておりますとも」


 王太后が関わっており元老院が承認した婚約の解消を、ギルバートの独断で解消出来ないことも、分かっていないはずがないダミアンが“相談”しに来たのは、念押しするためだ。


「娘の婚約解消ともう一つ、私から、いえ、元老院議員達からの要望があります」


 そう言って、ダミアンは懐から取り出した紙の束を手渡す。

 渡された紙の束は、確認しなくとも書かれてある内容が分かってしまい、げんなりとなったギルバートは溜め息を吐いた。




 王太后から呼び出された庭園へ向かうと、予想通り先客が居りギルバートは苦笑いしてしまった。

 椅子から立ち上がり、挨拶をしようとしたマリアンヌをギルバートは「よい」と手で制止する。


「あらあら、珍しいわね。貴方達が自分から此処へ来るだなんて」

「王太后陛下が招いたのでしょう」


 半ば呆れつつギルバートは椅子へ座る。


「あぁ、そうでしたね」


 クスクス笑う王太后に、つい大袈裟な溜め息を吐いてしまう。

 ギルバートは王太后は油断ならない人物だと理解していた。

 おどけた表情をしていても、時折、氷のように冷たい瞳をしているのだ。王と成ってから随分と力を貸してくれはしたが、王太后の真意は全く読めない。


 やり取りを見ていたマリアンヌがクスリと笑う。

 視線を向けると目が合い、彼女は慌てて頭を下げた。

 仕方がないとはいえ、バルトとの違いに胸の奥が重たくなる。



「マリアンヌ、学園はどうだ? 最近、ウィリアムが王宮へ帰って来ないのだが彼奴はしっかりやっているか?」


 ぼんやりしているマリアンヌは、急に話を振られ「えっ」と言葉に詰まった。


「先日、教師から最近のウィリアムは真面目に勉学に取り組んでおらず、課題提出も期限を守っていないため心配だ、と報告を受けているのだが、マリアンヌから見てどんな様子だ?」


 暗部の中でも、選び抜かれた者が護衛として四六時中守護しているため、教師から聞かなくてもウィリアムの行動は全て、ギルバートへ筒抜けだった。

 この場を設けた王太后の耳にも、ウィリアムの愚行は届いているはず。

 質問したのは、護衛や教師からでなくマリアンヌの口から様子を知るためだ。

 知れば堂々と手を差し伸べられる。

 迷っているのか数秒間マリアンヌは口ごもり、恐る恐るといった体で口を開いた。


「ウィリアム殿下とはクラスが違いますし、お会いしても小言ばかり言うわたくしを避けられていらっしゃいますので、詳しいご様子は分かりません。ただ、勉学と生徒会長の仕事を熱心に取り組んではないという噂は聞いております」

「それは、どういうことかしら?」


 眉間に皺を寄せ、王太后はティーカップを置く。


「ウィリアム殿下は、その、後輩の男爵令嬢と交流を深めるのに夢中な御様子で、そのことを諌めようにもわたくしが殿下に近付くことをご友人達が許してくださらないのです。わたくしが殿下を支えねばならないのは承知しておりますが、疎まれてしまっていて......申し訳ありません」


 マリアンヌが頭を下げれば、王太后は深い溜め息を吐く。


(何故、マリアンヌが謝罪をするのだ。ウィリアムの婚約者、だからか)


 苦々しいものが胸の奥へ広がっていき、ギルバートは苦渋の表情を浮かべた。


「彼奴は……マリアンヌ、不快な思いをさせてしまい申し訳無かった」

「いいえ、わたくしに魅力が無いだけですわ。ウィリアム殿下が親しくされている男爵令嬢はとても可愛らしく、貴族平民問わず多くの男子生徒は彼女に好意を寄せていますもの」


 愁いに沈んだ顔でマリアンヌは儚げに微笑む。


(それは違う。マリアンヌは十分過ぎるほど可愛らしいのに)


 思うと同時に口を開いていた。


「マリアンヌ、君はとても魅力的だよ」


 目を細めてやわらかくギルバートは微笑んだ。


「え?」


 弾かれたように顔を上げたマリアンヌは大きく目を見開く。

 驚きや戸惑いといった感情が、琥珀色の瞳に浮かんでは消えていった。


「ギルバート、ウィリアムの素行調査をしましょう。これは看過出来ません」


 普段は柔和で、ウィリアムに対して甘い王太后が、氷点下の声で言い放つ。

 唯一の孫への甘さよりも、怒りの方が勝ったのだろう。

 王太后から沸々と沸き上がる怒りを感じ取り、ギルバートの発言による動揺が吹き飛んだマリアンヌは焦り出した。

 

「お、お待ちください。殿下は、残り少ない学生生活を楽しんでいらっしゃるだけかもしれません」

「それでも、学業を疎かにするのは許されません。恋人とやらとの間に子でも出来てしまったら、今後の国政や後継に関わる大問題ですからね。婚約者を蔑ろにするような行動も、高慢な考えも改めさせなければ国を傾ける悪政を敷く王と成りましょう」


 言葉の裏に見え隠れする意図に気付き、ギルバートは隣に座る宰相、ダミアンを見る。

 王太后を信頼しきっているマリアンヌは何も気付かない。


「ダミアン、マリアンヌ、本当にごめんなさいね」


 厳しい表情から一転、申し訳なさそうに謝罪する王太后の眉間には深い皺が刻まれていた。

「ごめんなさい」とは何に対してなのか。流石、前国王を生んだ女だとギルバートは内心で舌を巻いた。


 黙ってやり取りを見守っていたダミアンは「いえ」と口を開く。


「娘の気持ちを聞く良い機会となりました。私も今後の事を陛下と共に考えさせていただきます」

「ああ、頼む」 


 普段、感情をあまり表に出さないダミアンがギルバートへ向けた浮かべた冷笑に、周囲の温度が下がった気がした。


(今後の展開によっては、ソレイユ公爵家は王家の敵となるな)


 多方面から圧力を感じ、ギルバートは冷えた紅茶で喉を潤しながら今後の展開を思案していた。




 学園長から送られた成績が記載された紙と、先程届いた文書を一瞥したギルバートは、あまりの出来の悪さに溜め息を吐く。


「ウィリアムを呼び戻せ。拒否をしたら、引き摺ってでも連れてくるのだ」

 

 試験結果が出るまで静観していたが、たとえ魅了魔法によって判断力を鈍らされていても、繰り返される王族としての品性を疑うようなウィリアムの振る舞いを許せなかった。

 



 急遽、学園から呼び戻され、国王が居住する宮殿内の応接室へ通されたウィリアムは、正面のソファーへ足を組んで座るギルバートからの怒気に圧され、顔色は蒼白となっていた。


「先週末は戻らなかったため二週間振りだなウィリアム。何故、呼び戻されたのか分かるか?」

「成績、の件でしょうか?」


 恐る恐る口を開くウィリアムの声は小さく、学園での彼の姿しか知らない者が見たら驚くだろう萎れ様だった。

 頷いたギルバートは、テーブルの上に置かれた二枚の紙を見せる。

 先日受けた試験結果が記載された紙と、ある代金の請求書。

 二枚の紙を見たウィリアムの表情は、絶望的なものへ変わった。


「前回に比べ、成績が一気に下降したのはどういう事だ? 成績の他には、請求書の内容、お前の不品行が許せなくなってな」

「成績が下がったのはマリアンヌのせいです! マリアンヌが試験前に勉強を教えないから!」

「ほぅ? マリアンヌがいなければ試験勉強が出来ないと言うのか? では、高級娼館を貸し切りにした代金を支払わなかった件はどうなる? 支払い請求書が王宮へ届けられた時は、我が目を疑ったぞ」


 クックッと、肩を震わせて嗤ったギルバートは組んでいた足を戻した。


「あ、そ、それは、」

「ウィリアム」


 ソファーから立ち上がったギルバートを見上げ、顔色を青から白へ変えたウィリアムは「ひっ」と悲鳴を上げた。

 口元だけの笑みを浮かべたギルバートはパンッと手を打つ。

 それを合図に、部屋の隅に控えていた護衛騎士達がソファーからずり落ちかけるウィリアムの両脇を支え、無理矢理立たせる。


「久々に、剣の鍛練をしようか」


 拒否する声を上げる事も出来ず、ウィリアムは騎士達に両脇を抱えられ鍛練場へと連行されたのだった。



鍛練という名の愛のムチ、いえ、お仕置きです。

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