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4.そうして、彼は暗躍する①

本編の内容と重複している部分があります。

 国王の結婚式を間近に控え王都中が浮き足立っている頃、人払いをした執務室に、首から足の先まで黒色装束の青年が音もなく現れ、足を組んで椅子に座るギルバートの前で膝を折る。


「代わりはないか」

「はい、健やかにお過ごしの様です」


 立ち上がった青年は懐から丸められた紙を取り出し、ギルバートへ手渡すと一礼して瞬く間に姿を消した。


 椅子の背凭れに凭れかかると、紙を縛る紐を解く。

 月に一度、監視役から届けられる報告書を読み終えたギルバートは小さく笑い、執務机の引き出しの鍵を開ける。

 甘えなど一切許されず、随分と厳しく教育されているようだ。

 この様子ならば、甘ったれた甥の性根も叩き直されていくだろう。

 鍵を開けた引き出しの奥から、端に紐を通し纏めた数十枚の厚い紙の束を取り出した。


「これはもう必要ないな」


 呟いて紙の束をぐしゃりと握る。

 紙の束は、ギルバートの手の内で、ボゥッと音を立てて燃えていく。

 数秒後には紙は全て燃えてしまい、黒い灰と化していた。




 ***




 ギルドから依頼された、魔獣討伐隊へ参加したマリアンヌことアンヌを追い掛け、ギルバートも討伐隊に参加していた。

 二日間王宮を離れるため、出発直前まで詰め込んだ職務をこなし、終わらなかった分はギルバートへ変化したマリオンへ押し付けてきた。



 鋭い牙を剥き出しにした、大型化させた狼に似た魔獣は仲間を倒したマリアンヌへ、殺意を露にして攻撃体制をとり牙を剥く。


「ぐがああぁ!!」


 咆哮を上げながら突進して来た魔獣の鋭い爪がマリアンヌへ届く直前、呪文詠唱し終わった魔法を発動させた。


「アイシクル・ランス!」

「ぎゃひんっ?!」


 左右から出現した無数の氷槍が硬い体毛ごと魔獣を貫く。

 巨体を貫いた氷槍は魔獣の勢いを制止させ、地面へと縫い止めた。


(この程度の魔獣には苦戦しないか。流石、マリオンの妹だな)


 ギルバートは木の幹に凭れ、腕を組んでマリアンヌと魔獣の戦いを見ていた。

 もちろん、ただ傍観しているのではなくマリアンヌの身が危険になった時は直ぐに動けるよう、組んだ手は腰に挿した剣の柄へ触れている。


 氷槍に縫い止められた魔獣はバタバタ手足を動かすが、しだいにその動きも小さくなり、体を痙攣させて動かなくなっていった。


「終わり、かな?」


 地面へ広がっていく血溜まりに視線を落とし、マリアンヌはふぅと息を吐く。


「お見事!」


 拍手を贈るギルバートへ、マリアンヌは眉を寄せて振り向いた。


「もうっ! また見ているだけなの?」


 唇を尖らすマリアンヌの背後で、倒れた魔獣の前足がピクリと動いた。


「バルトは何しに来ているのよ」


 口元は笑みを作ったまま、ギルバートは腰に挿した短剣を引き抜く。


「アンヌの華麗な舞を観に来ているんだよ、っと!」


 ドスッ!


「ぎゃあっ!!」


 マリアンヌが背を向けた途端、倒したと思い込んでいた魔獣が目蓋を開き立ち上がりかける。

 食らい付こうとして攻撃姿勢をとった魔獣の口の中へ、ギルバートの投げた短剣が突き刺さった。


「ああ、吃驚した……」


 胸を押さえたマリアンヌは、飛び退くように魔獣から離れる。

 舌を垂らし、白目を向いて横向きに倒れた魔獣は、今度こそ完全に事切れていた。


「詰めが甘い」

「だって」


 一見、普段通りの“アンヌ”を演じているが、マリアンヌは明らかに集中力に欠けていた。放った氷槍も、魔獣の心臓から逸れていたため、完全に倒せなかったのだ。


「きっちり止めを刺さないと、傷を癒した魔獣は二度人を襲うぞ。今度は明確な人への憎しみを抱いてな」


 ウィリアムの護衛と監視役を命じているナイジェルから、学園でのマリアンヌの様子は報告を受けている。そのため、彼女が精彩を欠いている理由も容易に推測出来た。

 慰めたくとも、“剣士バルト”はマリアンヌの事情を知らない事になっている。国王ギルバートは、甥の婚約者とは一線引いた関係を心掛けている。

 自ら内に抑えた心情をマリアンヌが吐露してくれなければ、表立って彼女へ手を差し伸べられない。

 そのためにわざと厳しく言い放ち、ギルバートは魔獣の口腔内へ刺さった短剣の柄を掴み一気に引き抜く。


「うん、そうだね。バルト……ありがとう」


 思惑通り眉尻を下げたマリアンヌは、ローブの端を握り締めて素直に頭を下げた。


(くっ、可愛い)


 きゅっと唇を結んで、潤み出した瞳から涙を零れないよう堪える表情が可愛くて、ギルバートは右手で顔を覆う。


 追い詰めて吐露させようとしたのに、今にも泣き出しそうな顔をされると胸が痛む。

 泣き顔が可愛くて堪らないという歪んだ感情と、マリアンヌが置かれている状況を分かっていて手を出せない、もどかしさと罪悪感。相反する二つの感情がせめぎ合い、これ以上は彼女を責められなかった。


「はぁ、そんなに可愛らしく言われたら、説教する気も萎えるだろ」

「え?」


 きょとんとしたマリアンヌは、数秒後真っ赤に顔を染める。


「か、可愛いだなんて、急に何を言いだすのよ」

「アンヌが可愛いと思ったから、言ったまでだよ」


 真っ赤に頬を染める初なところも可愛くて、目を細めてしまった。

 恥ずかしそうに、マリアンヌは熱を持つ両頬を手のひらで隠す。


「そ、そんなこと、初めて言われた」

「アンヌの周りにいる男達の目が節穴なだけだ。君は十分可愛い」


 大きく目を見開いたマリアンヌは、呆然とギルバートを見上げた。

 じわじわと魔法で色味を濃くした焦げ茶色の瞳が涙で潤んでいく。マリアンヌの瞳に宿るのは、嬉しさと困惑が入り交じった複雑な感情。


 目元に力を入れたマリアンヌは、顔を両手で覆いギルバートへ背中を向けた。


(公爵令嬢として完璧に立ち振舞い、堂々としていたマリアンヌはこんなにも、細くて小さかったのだな)


 胸の内を話したくはないのならば、まだそれでもかまわない。

 ギルバートは背後から震える肩をそっと抱く。

 ビクッと体を揺らすが、マリアンヌが抵抗はしなかったことに安堵した。そんな事を気にするとは、柄にもないと心の中で嗤う。


「泣くな」

「泣いてないっ」


 明らかな泣き声で強がりを言うマリアンヌへ苦笑しつつ、顔を覆う彼女の手の上からギルバートの手のひらを重ねる。


「しばらくこうしていてやるよ」


 耳元へ唇を近付け囁くように言うと、くすぐったそうに身動ぎながらマリアンヌは微かに頷いた。




 人払いをしたギルバートは、執務室に張られた結界を一時的に解除する。

 結界を解除して直ぐに、首から足の先まで黒色装束の黒髪短髪の青年が音もなく現れ、足を組んで椅子に座るギルバートの前で膝を折った。


「カインツェ男爵の娘について何か分かったか?」

「はっ」


 青年は懐から出した報告書をギルバートへ差し出した。

 受け取った報告書をパラパラと捲り、書かれていた内容にざっと目を通すギルバートの眉間に皺が寄っていく。


 はぁーと溜め息を吐いて、報告書を執務机へ放った。


「ウィリアムだけでなく同級生の男数人に、騎士団長子息に魔術師団長子息、教師もか。これはまた凄まじい娘だな」


 カインツェ男爵令嬢が編入してから三ヶ月足らず。短期間でウィリアムや身分の高い貴族令息を虜にするとは、余程魅力的な傾国美女なのか。


「おそらく、魅了魔法を使用しているのだと思われます。少々、常識が欠如している娘の様ですので、魅了魔法は禁じられていると分かっていないのかも知れません」

「魅了魔法とは厄介だな。学園長へ連絡し、状態異常を打ち消すための手を打とう。娘は引き続き監視し、父親の背後関係は全て調べろ。必ず裏で糸を引く者がいるはずだ」


 口元に手を当てて考え込むギルバートへ、青年は遠慮がちに「陛下」と声をかける。


「王太子殿下はいかがいたしましょうか?」


 青年に問われ、目を伏せたギルバートの視線の先は執務机へ放った紙の束。そこにはウィリアムの不品行が記載されていた。

 手を打つのならば、怪しい娘や学園から離した方が良いと分かっている。分かってはいるが、ウィリアムを矯正する気が起きなかった。


「ウィリアムはそうだな、次の試験結果が出るまでは静観する。魅了魔法効果を打ち消した後に生活を改めればよし、改めず堕落していくならば退学させることも考えねばならない。議会と王太后へ提出する記録は残しておくように。マリアンヌの方は、悪意を持つ者が近付いた場合のみ排除しろ」

「はっ」


 青年は深く頭を垂れると、現れた時と同様に音もなく姿を消した。


現在→回想話 となっています。

次からしばらくは回想話が続きます。

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