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3.ほの暗い感情の名前は

 王位継承権を剥奪したとはいえ、元王太子、甥の婚約者だったマリアンヌを妃にすると伝えた時、貴族達の中には反対する者も少なからずいた。

 中には、登城してまで意見しに来た高位貴族もいたが、逆にギルバートのマリアンヌへの溺愛ぶりを見せ付けられてしまう始末。


「陛下、本日謁見を希望されている方々でございます」


 侍従から謁見の申込み相手の一覧表を渡され、ギルバートは思いっきり顔を顰めた。

 一覧表の先頭に書かれた名前は、王弟として凱旋した頃から自分の娘を娶れと、顔を会わせる度にしつこく言ってきた相手。喧しかったため娘は他国の第三王子と縁談を結ばせたのに、何が不満なのかマリアンヌとの婚約を反対してきた爺。

 古くから王家を支えてきた公爵家当主でなければ、叩き潰してやりたいくらい嫌いな相手だった。


「陛下! 何故、ソレイユ公爵令嬢なのです?! ウィリアム殿下の婚約者でありましょう!」


 唾を飛ばしながら捲し立てるマッカーニー公爵は、 直視していると目が痛くなるくらい派手な装いのため、ギルバートは僅かに視線を逸らした。

 側に控える宰相のダミアンは、ギルバートの苛立ちを感じ取り額を押さえる。


「全く、下らない」

「はっ?」


 予想通りの謁見理由で、ギルバートの口元に薄ら笑いが浮かぶ。


「ウィリアムとマリアンヌの婚約は既に解消している。王太后より王太子妃教育を受けていたマリアンヌは、王妃としての資格は十分だ。その事は全ての貴族へ通達済みであろう」

「しかし、」

「何より私はマリアンヌを愛している。これ以上の発言は不敬とみなす」


 怒気と殺気を放ち、王座から立ち上がったギルバートから発せられた威圧感に、マッカーニー公爵の口から呻き声が漏れた。


「ひぃっ、も、申し訳ありません」


 よろめき、転倒しかけたマッカーニー公爵を背後からダミアンが支える。


「マッカーニー公爵、三日ほど王宮に滞在してみれば、陛下が何故我が娘を望まれたのか分かるだろう。ちなみに私は、全く関与していないからな」


 体を支えるように見せ掛け、ダミアンはマッカーニー公爵を謁見の間から外へ引き摺って行く。

 謁見の間からマッカーニー公爵を引き摺り出すと、ダミアンは彼を解放した。


「むしろ、反対だったのだよ」


 深く息を吐いたダミアンの気落ちした様子を見てしまっては文句も言えず、マッカーニー公爵は大人しく引き下がるしかなかった。



 この一件以降、二人の婚約を反対する声は聞こえなくなった。

 代わりにマリアンヌの父、ダミアンを労る者が増えたという。



 臣下達の微妙なやり取りなど我関せず、どんなに激務であっても、ギルバートは執務の合間を縫ってマリアンヌとの時間を作るようにしていた。

 晴れたある日、テラスへ出て茶を飲んでいるギルバートの下へ一羽の青紫色の小鳥が舞い降りた。


「青紫色だなんて、珍しい小鳥ですね。何方かの御使いですか?」


 マリアンヌの問いに頷き、ギルバートは右手を上げた。

 小鳥はギルバートの右腕へ止まり、紙が括りつけられている足を上げる。


「魔力で作られた小鳥だ。伝令役では危険な場所や、火急の用の時に使用している。気になるか?」


 ギルバートが小鳥から外した紙を凝視していたマリアンヌは、慌てて視線を逸らす。


「べ、別に気になりませんわ」


「まぁ、今回は大した内容では無いがな」


 苦笑いしてギルバートは紙をくしゃりと潰す。

 瞬く間に、紙は彼の手の内で灰になった。




 ***




 芋虫をマッシュポテトと言っていた、アンヌことマリアンヌと出会ってから、ギルバートはウィリアムの愚行に苛立つことが少なくなっていた。


 執務室の窓を叩く音が聞こえ、気付いた文官が窓を開けると青色の小鳥が部屋へ飛び込んで来る。

 一直線にギルバートの肩へ止まった小鳥は、片足を上げて小さな足に括りつけられている紙を差し出した。

 小鳥の足から括りつけられていた紙を外し、紙を開いて見たギルバートは直ぐに手の平に火を灯して燃やす。


「またですか」


 うんざりとした表情になるマリオンへ、有無を言わせずギルバートは翌日の日程が書かれた紙を渡した。




 依頼された錬金術用の鉱石を採取し、王都へ戻ろうと転移魔法陣を展開しかけて、マリアンヌは詠唱を止める。


「また貴方なの?」


 岩の影から姿を現したギルバートは、突然現れた自分を見ても大して驚かず、睨んでくるマリアンヌの豪胆さに笑いが込み上げ、クツリと喉を鳴らした。


「近くでアンヌの気配がしたから、此処まで来てみたんだ」

「私を探しに来るくらい暇だったら、冒険者じゃなくて兵士に志願すればいいのに」

「生憎とそこまで暇じゃないんでね」


 一日分の仕事を押し付けてきた、ギルバートの姿へ変化したマリオンは、今頃仕事に忙殺されかけて悲鳴を上げていることだろう。

 今一納得していない様子のマリアンヌは、疑わしげな目でギルバートを見上げる。


「週末冒険者のアンヌは学生なんだろう? 君こそどうなんだ? 学生はそんなに暇なのか?」

「課題がいっぱいで忙しいわよ? でも私は実績を積みたいし、卒業後の事を考えて貯金もしたいの」


 マリアンヌからの答えを聞き、ギルバートは眉間に皺を寄せてしまった。


(実績? 貯金? どういうことだ?)


 公爵令嬢の彼女が冒険者としての実績を必要とする理由も、卒業後、ウィリアムと婚姻し王太子妃と成るのに貯金をする必要も無いのだ。

 だが、マリアンヌの口振りからは、卒業後、王太子の婚約者という立場を失った場合に備えている、という事が分かった。

 それは何故だと思う前に、彼女とウィリアムの関係から容易に推測出来てしまい、ギルバートの内に怒りが沸き上がってくる。


「バルト? 具合が悪いの?」


 弾かれたように顔を上げれば、目前には心配そうに自分を見上げているマリアンヌの顔があった。

 こんなに接近していたのに気付かないとは、確かに自分は具合が悪いのだと自嘲する。


「最近は少し疲れている、かもな」


 日々の執務に加え、一年後にウィリアムへ王位を譲渡する準備のため、側近達と元老院を説得するのに時間がかかっているのだ。


「じっとしていて」


 そっとマリアンヌはギルバートの胸元へ手を当てる。

 やわらかな風が二人を包み込み、重たかった四肢が軽くなっていくのを感じ、ギルバートは目を見張った。


「風と水を組み合わせて、新しい魔法を編み出したの。リラックス効果抜群で、疲れが取れて爽やかな気分になるでしょう?」


「ああ」と頷けば、マリアンヌは嬉しそうな満面の笑みになる。


「確かに、疲れが取れて可愛いパンツまで見られるのは、いい気分になるな」

「え?」


 笑みを浮かべたまま、ビシリと固まったマリアンヌは口をポカンと開け、次いで全身を真っ赤に染めた。


「は、え? まさかっ?!」


 真っ赤な顔でパクパク口を動かしている彼女は、さながら餌をねだる金魚みたいに見えて、ギルバートは吹き出してしまった。


(ああ、この顔、堪らない。可愛いな)


 全身を真っ赤に染めるマリアンヌの瞳に、じわじわと涙の膜が張っていく。


「み、見せたわけじゃないのっ! これは、事故みたいなもので」


 今にも羞恥で泣き出してしまいそうなのに、必死に堪えている表情が可愛くて、もっと意地悪をしたくなる。


「分かったよ。俺はピンクのレースパンツなど見てはいない」


 風で捲れ上がったスカートの下、ピンクのレースで彩られた下着と白い太股のバランスが絶妙で、彼女の肌へ触れたいという欲求を抱いてしまった。


「ぎゃー! バッチリ見ているじゃないっ!」


 耐えきれず叫んだマリアンヌは両手で顔を覆う。


「はぁ、泣くな」


(ウィリアムは愚かだな)


 ウィリアムとの不仲、冷遇されているという現状から、マリアンヌは卒業までに婚約を解消、または一方的に破棄されると考え、公爵令嬢の身分を捨て国外へ出る事を考えているのだろう。

 冒険者を選択させるまで追い詰めたのは、浅はかで愚かな甥。

 暗部からの報告で、ウィリアムの学園での様子を知り、頭が痛くなったのは最近の事。放置していたわけでは無かったが、今まで、マリアンヌに任せきりだったと申し訳無く思った。


 身を固くするマリアンヌの頭をギルバートは撫でる。

 自分が泣かせたら、詫びなければならない事が増えてしまう。

 それなのに、マリアンヌがギルバートの言動で泣いている事実が嬉しいと、困ったことに喜びを感じてしまっているのだ。


(こんなに可愛く、賢い女を冷遇するなど愚かだ。もしも、いらないとマリアンヌを突き放すならば)


「今日は、岩に引っ掛かって破れちゃって、タイツを脱いでいただけで、いつもはちゃんと見えないようにしているから」


 肩を震わせながら言うマリアンヌは、真っ赤な泣き顔を見せまいと俯く。


(ウィリアムは愚王と成るだろう。だが、突き放されたマリアンヌはどうする)


「分かったよ。ほら、涙を拭け」


 ポケットから出したハンカチを手渡すと、マリアンヌは素直に受け取る。


「ありがとう。洗って、ちゃんと返すわ」


 涙で潤む瞳と高揚した頬が妙に艶かしく見えて、ぎこちなく笑おうとするマリアンヌがいじらしい。

 普段の、背筋を伸ばした凛とした姿とは違い、今の彼女は可愛くて抱き締めたくなる。このまま抱き上げて、連れて帰ってしまえれば楽なのに。


(駄目だ。ウィリアムの婚約者でいる以上、マリアンヌには手は出せない)


 胸の奥に生じた、ほの暗い感情が渦を巻いているのを自覚し、困ったことに、その感情の名前をギルバートは理解していた。

 どうしたものかと深い息を吐いて、涙を拭うマリアンヌを見詰めた。




 ***




 今朝の鍛練中に、またもやって来た魔力で作られた小鳥が運んできた紙を眺め、ペンを持つ手を止めていギルバートは、心配した側近から声をかけられ視線を外した。


(懐かしい事を思い出したな。彼奴もしつこい。そろそろ来る、か)


 王宮に張り巡らされている結界の揺らぎを感じ、ギルバートはピクリと片眉を上げた。


 バタンッ!


「陛下っ!」


 血相を変えたマリオンが執務室へ駆け込んでくる。と、同時に、執務室の床に輝く光の文字が浮かび上がり、転移魔法陣が展開されていく。


 国王に許可された場所と、許可された者以外が転移魔法を使用する事は、魔術師達が維持している結界で守られた王宮では有り得ない事態。

 何事だと、動揺する側近達が衛兵を呼びに動こうとするのを、ギルバートは片手で制した。


「よせ。こやつは不審者だが敵ではない」


 魔法陣の光が収束し、姿を現した人影から庇うため、マリオンはギルバートの前へ立つ。


「エルフ?」


 魔法陣から現れた人物を見て、マリオンは目を見開いた。

 明るい緑色の長髪と瞳、整った顔立ちに尖った耳をした、エルフの特徴を持つ若い男は、僅かに口の端を上げてギルバートへ会釈をする。


「使いを出したのに無視されたから、勝手に来てしまいましたよ」

「中央ギルドのギルドマスターだ。危険な奴ではない」


 執務机に手をかけ、ギルバートは椅子から立ち上がった。


「愛しいお嬢様の捕獲に散々協力したのに、私のお願いを無視するとは酷いじゃありませんか」

「アンヌは結婚式の準備で忙しい、と返答したはずだ」


 一度断ったというのに何度も送られてくる小鳥。返答するのが面倒になって放置していた。

 無視されたギルドマスターは、痺れを切らし王宮までやって来たのだ。


「アンヌさんは精霊に好かれやすく、依頼主から人気がありますからねぇ。可愛いですし」


 最後の余計な一言が気に食わず、ギルバートはフッと鼻で笑いギルドマスターを睨む。


「国王権限で依頼を潰したらどうなる?」

「世界中のギルドを敵に回しますよ」


 見えない火花を散らせる睨み合いに、室内の温度が急激に下がっていく。

 壁際でやり取りを見守っていた側近の一人が「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。


「フッ、それは面倒だな。では、代理の者を立てよう。マリオン」

「は?」


 まさか、話を振られるとは思っていなかったマリオンの口から、気の抜けた声が出る。


「兄のお前ならば、マリアンヌと魔力が似ている。精霊もそれなりに働いてくれるだろう」


 ギルバートの言った「マリアンヌの代理の者」は自分なのだと理解し、マリオンの顔色は一気に青くなった。


「陛下ぁ?!」


 余計なことを言って巻き添えになりたくない側近達は、心の中でマリオンへエールを送ったという。



色々大変だったのは、お兄様かもしれない。

小鳥ですが、ギルドマスターの使いです。

回想以外で小鳥がギルバートのところへ来たのは、①マリアンヌとのお茶会は前日の昼→紙を燃やした。②翌日朝の鍛練時→紙は燃やさなかった。 となります。分かりにくい表現でごめんなさい。



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