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1.彼の始まりは

ギルバート視点となります。

本編の裏で暗躍していた彼の回顧録。


 ザァァァ……


 暦の上では春に近付いてきたとはいえ、外は冷たい雨が降り続いていた。

 雨音が静かな室内にやけに響き、ゆっくりとギルバートの意識は浮上する。

 重たい瞼を開くと、天蓋のカーテン越しの室内はまだ薄暗く、暖炉の火は消え冷え込んでいた。

 手を伸ばしサイドテーブル上の置時計を取り、目を凝らして確認すると時刻はまだ四時半。


(まだ夜明け前か)


 ぼんやりとそう思いながら置時計を置き、息を吐くと傍らから規則正しい寝息が聞こえる。


 フッと笑い、ゆっくりと顔だけ動かす。

 薄暗い中でも淡い光を放つ銀髪、王妃付きの侍女達が羨ましがるくらい長い睫毛、女神のように整った顔立ちをした妻が掛け布団にくるまって眠っていた。

 実年齢より幼く見えるその寝顔に、ギルバートは思わず笑みが溢れる。


「マリアンヌ」


 ふと滑らかな頬を人指し指でつついてみる。マリアンヌは眉毛を少しピクリと動かしたが、起きる気配は無い。

 頭が冴えてきて、微かに感じる喉の渇きを癒しに行こうと上半身を起こした。


 指先をぎゅうっと掴まれ振り向くと、眠っていると思っていたマリアンヌは薄目を開けていた。


「どこ、行くの?」


「起こしてしまったか」


 ギルバートは、薄暗い部屋の微かな光を反射して輝く銀髪を指で優しくすいてやる。


「だめっ」

 

 起き上がりかけた上半身を少し屈め、マリアンヌが伸ばした手を反射的に握った。


「いっちゃ、やだ、もうすこし、そばにいて」


 握った手を弱々しい力で引っ張るマリアンヌがいとおしくて、ギルバートは再びベッドへ横になった。


「アンヌ」


 引き寄せて抱き締めれば、マリアンヌは自分を抱く腕にしがみつく。


「まだ、ねよう?」


 舌ったらずな声は少しかすれ、瞳はとろんとしていて夢現。

 直ぐに夢の世界へ入ってしまいそうなのに、ギルバートの腕を抱き締める力は、そう簡単には振りほどけない程強い。


「ああ、そうだな。もう少し眠るか」


 華奢な体を擦り寄せ、甘えるマリアンヌの背にギルバートは腕を回しそっと抱き締めた。


「俺の、可愛い妃。初めて会った時から、ずっと欲しかった」


 腕の中で微睡むマリアンヌの髪を撫で、露になった額へ口付けを落とした。


「早く、子を孕め」


 子どもという鎖で繋いでしまえば、情深い彼女はもうギルバートから逃げられない。

 そして、死の間際まで、賊害を望んでいたギルバートの子が次代の王と成れば、あの男への復讐は完遂する。


 冷酷な笑みを浮かべたギルバートは、近い将来自分との子を宿すだろう、眠るマリアンヌの下腹を愛しげに撫でた。




 ***




 現スレイア国王ギルバート・アルム・スレイアは、兄である前国王、王太子だった第一王子から王位を簒奪し国王と成った第二王子の命により、本来ならば王位継承権はおろか、生まれた直後に母親と共に処刑されるはずだった。

 だが、赤子を殺すのはあまりにも酷だと、第一、第二王子の実母、王太后の懇願により助命され、生まれて一月後に王都から追放されたのだった。


 追放後、母親の遠縁であるヘンゼル辺境伯が後見となり、ギルバートは王都から遠く離れた国境沿いの地で育てられる。

 長らく世継ぎに恵まれず、危機感を抱いた国王の側近は秘密裏に彼を引き渡すよう再三伝令を出すが、辺境伯は全て断ると同時に、時折送られてくる暗殺者を返り討ちにしていた。

 そのため、幼い頃のギルバートは自分の境遇を詳しくは知らず、不遇だと嘆く事も無く従兄弟達と伸び伸び育っていった。


 ギルバートが出生時の国の状況、生みの母親の処刑と王都から追放された事実を知り、国王に対して不信感と憤りを抱いたのは、十四歳になった頃に起こった隣国との戦争がきっかけだった。

 突然、国境を越えて攻めて来た隣国の敵兵の中に、特殊な魔術師が混じっていたのだ。

 禁じられた精神異常を引き起こす魔法や、魔力で強化された武具を使用され、ヘンゼル辺境伯は窮地に立たされてしまう。

 周囲の反対を振り切り参戦したギルバートの活躍で、どうにか敵軍を退ける事は出来たが、この戦で従兄弟のうち二人が戦死した。

 魔術師達の様子や今までの戦いで使用されなかった武具、砦付近の地形や罠を知り尽くしていた等、明らかにおかしな点が多かった事から、ギルバートは国の関与を疑った。しかし、証拠は無くどうすることも出来ない。


義父(ちち)上! 国王が手を貸したのは明らかなのに、何故静観するのですか! 俺は、義兄(あに)上達の死を無駄にしたくない」

「今はまだ動くのは早い。下手に動けば、お前を処罰する理由を国王へ与えてしまう。動かずとも、近いうちに王は弑逆される。その後、お前が乱れた国を正せ」


 義父の握り締めた手から血が滴り落ちたのに気付き、ギルバートは、一人でも王都へ乗り込まんとする憤怒の感情を必死で抑えた。


 その後、二度戦の指揮をとったギルバートの武勇は王都まで届き、一部の高位貴族以外には存在を隠蔽されていた王弟の存在が徐々に明るみ出ていく。

 議会を無視し、強硬に政策を進める国王への不満を持つ貴族や平民達が、ギルバートを「英雄」と称賛する声が上がるまで、それから一年もかからなかった。




「お前がギルバートか。此度の戦での活躍は余も聞き及んでおる。よく王都へ戻って来てくれた」


 通された謁見の間の壇上、王座を象徴する飾りと金箔が貼られた豪華な椅子に腰掛けるのは、初めて顔を合わせた腹違いの兄だという国王。

 親子ほど年齢が離れた、常に眉間へ皺を寄せている神経質で卑屈そうな中年の男は、髪と瞳の色しか自分と似ておらずギルバートは内心安堵した。

 初対面とはいえ、愛想笑いすら無く敵意を隠すこともしない国王には、肉親の情など一切湧かなかったのだ。


「ギルバート殿下、戦での武勇は王都まで届いております」


 凱旋した王弟の歓迎、という名の宴は、称賛の声に混じる策略とギルバートを値踏みするような視線に溢れていた。


「武勇に長けたところやお姿までもが、ルティウス殿下に瓜二つだとは」

「これでは陛下は面白くはないだろうな」


 存在価値が未知数の者へ対する、警戒と期待を込めた視線がギルバートを追いかける。

 息が詰まる空気に耐えきれず、バルコニーから会場の外へ出た。



 華やかな会場の外は既に薄暗く、人気の無い庭園のベンチにギルバートは腰掛ける。

 腹に一物を持つ者達との会話は、思った以上精神を疲弊させたようで、ベンチの背凭れに背中を預けた。


「貴方は、もしかして王弟殿下?」


 ギクリッとギルバートは肩を揺らした。

 気が緩んでいたとはいえ、自分以外の者が近くに居るのを話しかけられるまで気付けなかったとは。


「此処で何しているの?」


 問い掛けてくる幼い声には警戒心など皆無で、ギルバートの警戒も解けていく。


 ガサガサ音を立てて植え込みの中から姿を現したのは、まだ幼さが色濃く残る、長い銀髪を青色のリボンで結んだ可愛らしい少女だった。

 小綺麗なワンピースを着て、王宮へ入れることから高位貴族の子ども。

 参加者が、幼い王子の遊び相手として連れてきた子どもだろうか。


「お前は?」

「わたくし、マリアンヌ・ソレイユですわ」


 マリアンヌと名乗った少女の家名と、ギルバートの記憶に残った貴族の名前を照会していく。

 考えて、直ぐに誰の娘か分かった。過剰な称賛も媚び諂う言葉も口にはせず、国を守り戦った謝辞と労りの言葉をギルバートへかけた唯一の高位貴族の娘。


「ソレイユ公爵の娘か。小さなレディは、こんな夜に一人で何をしているんだ?」

「お父様についてお城まで来たのだけれど、子どもは来ちゃ駄目ってウィリアム王子の所で待たされていたの。ウィリアム王子は意地悪してきてつまらないから、お兄様に押し付けて逃げてきたの」


 腰に手を当てたマリアンヌは「此処にいるのは秘密なの」と得意気に言う。


「王弟殿下も逃げてきたのでしょう?」

「ふっ、そうだな。俺もあんな偽りの称賛ばかりの場はつまらない」


 不平不満を抱えながらも、誰もが口をつぐみ国王の顔色を読み機嫌を伺う。つまらなくて息が詰まる場所。

 じいっと、ギルバートを見上げていたマリアンヌは、ポケットから何かを取り出した。


「これをあげる」


 背伸びして手渡したのは、硝子細工で作られた小さな薔薇の花だった。


「ギルバート殿下、戦でのご活躍と王都への凱旋、おめでとうございます。この国を守ってくださってありがとうございます」


 スカートの裾を持ち可愛らしく笑うマリアンヌに、ギルバートの口元も綻んだ。

 

「うふふっ王弟殿下は笑っていらした方が、格好良くて素敵ですわ。ウィリアム王子よりずっと素敵! 物語の王子様みたいだわ!」


 頬を赤らめたマリアンヌは、興奮気味に両手で口元を押さえ、クスクス声を出して笑った。

 笑うマリアンヌにつられてギルバートもクスリと笑い、気が付いた。王宮へ入ってから初めて作り笑いじゃなく、自然に笑えていると。




 王弟として立場を確立されても、ギルバートは王都へ残らずヘンゼル辺境伯家を継ぐ予定だった。

 まさか、それから一年も経たないうちに国王が崩御し、望んでもいなかった王座が転がり込んで来るとは、予測すらしていなかった。


「十年、十年経ったら戻る。この国を立て直して戻ってくる。そうしたら、義父(ちち)上の後を継がせてくれるか?」

「もしも、十年後、ウィリアム王子がどうしようもない愚者へと、崩御した国王のように成ったら、お前はどうするのだ?」


 ヘンゼル辺境伯はギルバートの問いに答えず、質問を返す。


「そうならないよう、ウィリアムを鍛える。それでも無理だった時は、血を流さないやり方でウィリアムには消えてもらうだけだ」


 答えに満足したらしく、ヘンゼル辺境伯は豪快に笑いながら「行ってこい」とギルバートの背中を強く叩いた。




 ***




 天蓋から垂れるカーテンの隙間から射し込む光に刺激され、ギルバートはゆっくりと目蓋を開いた。

 隣で眠っていたマリアンヌの姿と温もりは既に無く、どうやら彼女が起きたのに気付かないほど熟睡していたらしい。


 ベッドの外に気配を感じ、起き上がったギルバートは天蓋から垂れるカーテンを掻き分け顔を出す。


「あら、起きたの? 貴方が私より遅く起きるなんて珍しいわね」


 ネグリジェの上からガウンを羽織ったマリアンヌが、手にしたティーポットをテーブルへ置き微笑んだ。


「懐かしい夢をみたからな」


 寝衣をはだけたさせたままベッドから下り、ギルバートはマリアンヌの腰へ腕を絡め抱き寄せた。


「どんな夢?」


 好奇心に満ちたマリアンヌの瞳は、初めて会った時と変わらず輝いて見え、眩しさに目を細める。


「たわいもない、子どもの頃の夢だ」


 真に欲しいものが何なのか、気が付いていなかった頃の夢。

 首を傾げるマリアンヌの唇へ、目覚めの挨拶として触れるだけの口付けを落とした。


出会った時は、ギルバートは十六歳、マリアンヌは六歳です。アウト?

*ギルバートがマリアンヌと眠るシーンの独白のところでは、殺害以外の損害も与えようとしたという広い意味で、あえて賊害という表現を使っています。ご了承ください。

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