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12.悪役令嬢はハッピーエンドに安堵する

最終話となります。

 面会終了時間まで、アンジェは頭を撫でるマリアンヌにすがって泣いていた。

 まるで、今まで我慢していた苦しみを吐露するように。



 騎士達に先導され、階段を上がり地下から出て直ぐの所で、窓から射し込む陽光に煌めく蜂蜜色の髪が見えた。

 騎士達が敬礼して、左右に分かれ道を作る。

 優雅さを感じさせる足取りで、彼はマリアンヌの傍まで来ると自然な動作で肩を抱いた。


「陛下。どうして此処に?」


 どうしてなど問わなくとも、ギルバートが此処に居る理由は分かっている。


「しかも、お一人でなんて」


 いくら腕に自信があるとはいえ、一国の王が共の一人も連れていないとは。おそらく側近を振り切って、転移魔法を使って来たのだろう。


「遮断結界が二重に張られたら、愛しいマリアンヌに何かあったかと心配するだろう?」

「だって、会話を盗聴されるのは嫌でしたから」


 面会室に入ってから、ギルバートが盗聴と監視をしていたのは分かっていた。まったく、この男は仕事中に何をしているんだ。


「聞かれてはならぬ話でもしていたのか?」

「いいえ? 新たな発見はありましたけど」


 にっこり笑って言えば、肩に回されたギルバートの腕に力が入る。


「で、どうだったんだ」

「彼女と有意義な会話が出来ました。その事でお願いがあります」

「お願い?」


 怪訝げに眉を動かしたギルバートは、次の瞬間には口角を上げて唇をマリアンヌの耳元へ近付けた。


「マリアンヌが愛情を込めて、執務で疲れた私を癒してくれるなら、考えよう」

「今から、ですか?」


 ぎょっと、マリアンヌは目を見開いて身を引いてしまった。

 後ろを歩く、騎士達に会話を聞かれるのは恥ずかしいため、叫びたくなるのを堪える。


「ま、まだ昼間ですよ」

「食事を部屋へ運ばせれば問題無い」


 それは朝まで部屋にこもると言いたいのか。一瞬、意識が遠退いた。


「問題大有りです。あとくっつきすぎです」

「朝から謁見やら会議で、マリアンヌに触れられなかったのだ」


 ぎゅうぎゅう、隙間が無いほど横からくっつかれ、非常に歩きにくい。

 苦しくて睨むと、ギルバートは二度耳元へ唇を近付けた。


「寝室ならば、邪魔も入らず込み入った話も出来る。邪魔されず、マリアンヌを堪能出来るしな」


 後半の言葉は聞かなかった事にして、頷いたマリアンヌは寝室へ向かった。

 歩きながらギルバートの足を数回踏んだが、それはくっつきすぎる彼が悪いのだ。



 騎士と侍女を下がらせ、寝室のソファーに座ったマリアンヌの膝へギルバートは頭を乗せた。

 膝を貸すマリアンヌは重たくて疲れるのだが、彼は膝枕がお気に入りらしく毎日せがんでくる。


「お願い、とは何だ?」

「アンジェの事よ。話をしてみて、彼女の精神は体の年齢に比べ未発達、まだ幼いと感じたわ。母親を亡くしカインツェ男爵家に引き取られれた混乱状態の中、父親によって洗脳されていったのでしょうね」


 涙を流して体を震わせていたアンジェ。あの怯えようは演技ではない。

 彼女がカインツェ男爵家で何をされてきたのかは、知りたくもなかった。


「やはり、アンジェの行動には父親の指示があり、そして、黒幕はバルトの予想通りの人物よ」


 会話の一部を録音した魔石を手渡す。

 伝えなくとも、自分よりずっと先を読んでいるギルバートなら、黒幕の尻尾を掴んでいることだろう。

 魔石を手のひらで転がして、ギルバートは満足げに笑った。


「既にカインツェ男爵は捕らえてある。後は自白と押さえた物証で、ウィリアムを傀儡に仕立て国を乗っ取ろうと企てた、狸爺を叩き潰すだけだ」

「あのね、もしも、アンジェが妊娠していたら、どうするの?」


 アンジェが使用していた媚薬には、避妊薬が混ぜられていたとはいえ、月のものが来るまでは妊娠の可能性を捨てきれない。


「父親候補は数人いるとはいえ、ウィリアムとの子の可能性もある以上、戦乱の火種は作らせられぬ。今後生まれる王家の血を引く子は、俺とアンヌの子だけでよい」


 腕を伸ばし、ギルバートはマリアンヌの薄い腹を撫でる。

「早く孕め」と言われているようだと、昨夜の情事を生々しく思い出してしまい、マリアンヌの頬に熱が集中してしまう。


「じゃ、じゃあ、ウィリアム殿下と他の方達は、どうするつもりなの?」

「騎士団長子息と魔術師団長子息は、薬の摂取量が少なく禁断症状はほぼ出てはいない。そのため、職を辞した父親達が責任を持って領地へと連れ帰り、性根を鍛え直すことになるだろう。奴等を諌められなかった罰として、今後十年間、奴等と奴等に連なる一族は俺の許しなく王都へ立ち入るのは禁止とする」

「それは、彼等の一族にしたら憤死ものの罰でしょうね。でも、大丈夫なの?」


 歴代、騎士団長と魔術師団長を輩出している武と知に長けていた一族にとって、十年といえども王都から追放させられる屈辱は相当堪えるだろう。

 だからこそ、叛意を抱かせてしまわないのかと、心配になる。


「騎士団長と魔術師団長が一族の不満を抑える。手は回してあるから心配するな」


 俯いたマリアンヌの指にギルバートは自分の指を絡め、口付ける。


「ウィリアムは、薬が完全に体から抜けるまで離宮で休養させる。その後、ヘンゼル辺境伯へ預けるつもりだ。ヘンゼル辺境伯は俺の養い親だった厳しくもあり情深い男。途中で放り出さず、ウィリアムを更正させてくれるはずだ。あとは、学園の教師か。教師は当然ながら懲戒処分だな。ナイジェルから教師がマリアンヌに嫌がらせをしていたとも聞いた。今、学園の内部調査をさせているところだ」


 攻略対象キャラでアンジェと関係を持っていた一人、教師エルヴィスはマリアンヌに対して厳しい態度を取り、テストの点数や評価を下げる等、あからさまな嫌がらせをしてきたため一気に嫌いになった。

 騎士団長と魔術師団長とは違い、生徒に手を出した教師の処分は、何も可哀想とも思わない。


「ウィリアムが気になるか?」

「まぁ、元婚約者ですもの。薬と魔法でおかしくされていたのだし、多少は気にはなるわよ」

「気に入らんな」


 ソファーの背凭れを掴み、ギルバートは上半身を起こした。


「アンヌが俺以外の男を気にするのは気に入らない。俺以外の男を視界に入れるのも嫌なのに」


(ひぃっ、ヤバイ)


 背凭れへ手を突いたギルバートの表情から、剣呑なものを感じとり上手く言い訳をしなければと、マリアンヌは口を開いた。


「バルトッ、ぅんっ」


 口を開くと同時に噛み付くように口付けられ、言い訳は声にはならなかった。

 開いた口の隙間から舌を差し入れられ、口腔内を好き勝手に蹂躙される。

 逃げる舌を絡め取られて苦しくて解放されたいのに、初めてギルバートを受け入れてからの数日間で、彼のキスに応えるよう躾られてしまっていた。


「はぁ、こんな事するの、バルトだけ、だからぁ」


 荒々しい口付けの合間に何とか発した言葉。

 その答えは合格だったらしく、唇の端へ垂れてしまった唾液を舐め取り、ギルバートはマリアンヌを解放した。


「当たり前だ。もしもこの瞳に他の男を映したら、首輪をつけて鎖に繋いで寝台から下りられないようにしてやる。脳が壊れないよう量を加減して、媚薬漬けにするのも愉しそうだな」


 クツクツ笑うギルバートは、脅しではなく本気でマリアンヌを媚薬漬けにする気だと感じ取り、濃厚な口付けで蕩けてしまっていた頭が冷水を浴びせられたように冷えていく。


「学園を引っ掻き回し、余計な仕事を増やしてくれたあの娘を気にかけるのも苛々するのに、父親と一緒に処刑せず生かしてやるのはアンヌのためだ。あの娘を助けたいのならば、恥じらいを捨てて俺に奉仕をして、満足させてみろ」


 立ち上がったギルバートは軽々とマリアンヌを抱き上げる。


「うぅ~意地悪っ」


 向かう先はもちろん、整えられた豪華なベッド。

 この後、何をされるのか、何を求められるのか分かっていても、こればかりは慣れないし羞恥心も捨てられない。

 しかも、ベッドサイドのテーブルに置かれている色とりどりの小瓶が怪しすぎて、マリアンヌは涙目になっていく。


「はぁ、アンヌの泣き顔は本当に可愛い。堪らないな」


 ベッドへ下ろしたマリアンヌを組み敷き、ギルバートは愉悦に満ち恍惚とした笑みを浮かべた。


「ぎゃああっ! 変態ぃ! 誰かぁ!」


 泣きながらマリアンヌが上げた悲鳴は、残念ながら寝室に張り巡らされた結界に阻まれてしまい、外に控えていた侍女達へ届く事は無かった。




 ***




 海からの風に海鳥の鳴き声と潮の匂りが混じり、港には多くの漁船と連絡船が行き交うとある港町。


 昼時のため、町の住民と旅行者で混雑する商店街の一角にある白壁と栗色の屋根の店舗の前で、フード付きコートを羽織った一人の冒険者が立ち止まる。

 店から香る甘い匂いに口元を綻ばせ、冒険者は被っていたフードを取ると店の扉を開いた。


 カランカラン、扉を開くとドアチャイムが鳴り、店の奥からパタパタと軽い足音が聞こえてくる。

 店内に満ちるのは、甘い焼き菓子の香りとこの国ではまだ珍しい珈琲の香り。

 店の奥から出てきたのは、ワンピースの上からピンク色のエプロンを着けた、肩より少し長い栗色の髪を耳の下で二つに結んだ可愛らしい少女。

 少女は冒険者へ向けて笑顔を見せた。


「いらっしゃいませ。お決まりですか?」


 小ぢんまりとはしているが、焼き菓子の販売と併設するカフェがなかなか評判の店で、少女は店の看板娘だった。

 ショーケースの籠に入った焼き菓子を見ていた冒険者は、クッキーを指差す。


「チョコチップクッキー五枚、キャラメルクッキー五枚くださいな」

「はい、少しお待ちください」


 少女はショーケースの籠から、トングでクッキーを取り出し丁寧に紙袋へ入れていく。

 少女の様子を冒険者はじっと見詰めていた。


「ありがとう」


 代金を支払い、少女から紙袋を受け取った冒険者はやわらかく微笑む。


「ありがとうございました。お気を付けて」


 頭を下げて冒険者を見送った少女は、ドアチャイムが鳴り終わり、閉まった扉をぼんやりと眺めていた。


「どうしたんだい? 休憩するかい?」


 後ろから声をかけられ、少女はハッと振り向いた。

 恰幅のよい女性が心配そうに少女の肩を擦る。


「今の女の人、凄い綺麗だったなぁって思ったの。あんなに綺麗な女の人も旅をするのね」


 冒険者の格好をしていた女性は旅の途中なのだろう。何故か彼女とは何処かで会った事があるような、懐かしさと苦しさを感じて少女は胸を押さえた。


「良家のお嬢様かもねぇ」


 ジリジリジリリ!

 オーブンに取り付けてある時計が鳴り、少女の思考はそこで断ち切られる。


「あら、もう焼き上がる時間だわ。アンジェ、手伝って頂戴」


「はい、お義母さん」


 エプロンのポケットから取り出したミトンをはめ、アンジェと呼ばれた少女は義母(はは)と一緒に厨房へ向かった。




 焼き菓子の店を出た冒険者は、港町の高台にある広場へ向かって石畳の道を歩いていた。

 高台の手前まで来たところで、彼女は足を止めて溜め息を吐いた。


「迎えに来なくても、今回は逃げないわよ」


 石のモニュメント前に立って彼女を待っていた、冒険者装束の黒髪の青年は器用に片眉を上げて笑う。


「今回は、ねぇ」

「今回は置き手紙をして行ったでしょ?」


 行き先と帰宅予定時刻を書いたのに、迎えに来るとは。

 本当に彼は過保護だ。つい横を向いて唇を尖らしてしまう。

 何か言われるのが面倒で、青年に先程買ったクッキーが入った紙袋を見せる。


「せっかくだから、一緒に食べましょうよ。バルト」

「ああ」


 頷いたバルトから差し出された手をしっかり握り、二人で広場へと向う。


 過保護で恐いけど、優しい旦那様。

 いつか二人でこんな風に旅をしたいと、隣を歩くバルトを見上げてマリアンヌは微笑んでいた。



 おしまい


これにて本編完結となります。

本編は完結しましたが、別視点の番外編を時々更新するかもしれません。

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

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