11.悪役令嬢はヒロインの真実を知る
胸糞かも。
魔法の灯りが照らす、王宮の地下へ続く階段を騎士達が下っていく。
階段を下った先にあるのは、貴族や高官など身分が高い懲罰が決まってない者、政治的な容疑者を一時的に収容する地下牢だった。
外部の牢獄よりは小綺麗といえ、地下は若干のカビ臭さと湿気がある。
ドレスの裾を踏まないよう、マリアンヌは慎重に階段を歩いていた。
階段を下りた先から伸びる廊下を進み、突き当たりの扉を先導する騎士が開ける。
面会室は中心を魔法で強化された壁と鉄格子で仕切られており、仕切りの前後に置かれた椅子に座り会話が出来るよう作られていた。
面会する相手、アンジェ=カインツェは椅子へ座り待っていた。
「ありがとう。申し訳ないけれど貴方達は席を外してください」
ギルバートの命により、マリアンヌへ付けられた国王直属の護衛騎士達は、一斉に表情を曇らせた。
「何かあったら叫びます。彼女と二人で話をしたいのです。咎める事はしないよう、陛下にはわたくしからお伝えしますわ」
有無を言わせぬように、語尾を強めてにっこり微笑んだ。
騎士達が退室していき、マリアンヌは面会室へ防音結界を展開する。
騎士を五人も付けた、過保護な彼が心配して邪魔しに来ないように、遮断するのは音だけにした。
看守が用意してくれたのか、柔らかなクッションが置かれた椅子へ腰掛ける。
キィ……
椅子の軋み音に反応して、ずっと俯いていたアンジェが顔を上げた。
「何しに来たのよ」
発した声は、以前の鈴を転がしたような、可愛らしい声は消え失せ疲労のせいで掠れていた。
射殺すような視線を向けるアンジェから放たれるのは、マリアンヌへの明確な敵意。
「思ったより元気みたいね。貴女とゆっくり話をしたくて此処へ来たの」
突き刺さる敵意を受け流し、マリアンヌはあえて挑発するような余裕を感じさせる笑みを返した。
「アンジェ・カインツェ、貴女が学園へ編入してから学園の空気が一変したわ」
可愛らしい容姿と強い魔力を持った男爵令嬢の存在は、編入初日から話題となり、学園中の生徒達の注目を集めた。
性格に難が無ければ、自分を高める努力を怠らなければ、学園を引っ張る生徒会メンバーに選ばれる実力はあったかもしれない。
「それだけ皆を惹き付ける存在感があった貴女には、分からないことだらけだった。貴女は何がしたかったの? 勉強面は座学も魔法学も熱心ではないし、結婚するのに条件が良い男子生徒を探しに来たのにしては、気が多すぎる。ウィリアム殿下以外の男子とも関係を持っていたとも聞いているわ」
ギルバートの命を受け、暗部が調べ上げたアンジェの素行調査結果を見せてもらい、あまりの酷さに驚き、そして呆れた。
繁華街での深夜徘徊、ウィリアム以外の攻略対象キャラや他の男子生徒とも淫らな行為を行っていたとは、貴族令嬢の行動とは思えない。
「私はただ、色んな男の子と仲良くして、王太子とのエンディングを迎えたかったのよ。なのにアンタが苛めてこないから、上手くいかなくなった!」
アンジェの叫びに呼応するように、ザワザワと空気が揺れる。
「王太子エンディングを迎えられれば、推しキャラのナイジェルと逢えるもの。ナイジェルルートへいけなくとも、王太子妃になったら、地位も権力も手に入って一番幸せになれるじゃない!」
防音結界を強化して、マリアンヌは目を細める。
素行調査結果に書かれていた、不可解な行動から予想はしていたけれど、彼女はやはり前世の記憶を持っているのだと確信した。
「エンディング、ルートか。アンジェ、貴女には前世の記憶があるのね」
「まさか、アンタもなの?」
両目を見開いたアンジェは、手首に手枷を付けたまま勢いよく立ち上がる。
「だからか! だからアンタは悪役令嬢なのに苛めなかったの?! 今頃、ウィリアムの婚約者になっていたはずなのに、アンタのせいで私はこんな目に!! それに、何で悪役令嬢が難易度の一番高い隠しキャラのギルバートを落としてるのよぉっ!」
ガシャンッ!
髪を乱し鉄格子に体当たりする姿は、守ってあげたくなるような可憐なヒロインとはかけ離れた姿で、マリアンヌはこめかみを押さえた。
「はぁ……ギルバートとは、色々あったのよ。まぁ、それは置いておいて。いくら婚約者に近付かれてたとしても、一般常識を持っていたらあんな陳腐な苛めはしないわよ。苛めるくらいなら、私は合法的に貴女を消すもの。例えば、不慮の事故やカインツェ男爵家の不正を暴く、とかしてね」
「な、何よそれ?!」
鉄格子への体当たりを止めたアンジェを睨むと、マリアンヌは静かに立ち上がった。
「魅了魔法と精神へ干渉するくらい強い媚薬を使うだなんて! 法律で禁じられているはずよ! 薬はどうやって手に入れたの? 魅了魔法と肉体で縛り付けても、それは偽りの気持ちじゃないの! 不特定多数と関係を持ったら、病気と望まない妊娠の可能性があるのよ! もっと自分を大切にしなさい!」
調査結果を読んで沸き上がってきた感情は、軽蔑ではなく自分の体を大事に出来ないアンジェと、彼女を利用した者への怒り。怒りの感情を込めて、声を張り上げて叱り付けた。
マリアンヌの勢いに圧され、狂気すら感じさせたアンジェの表情は一転し、みるみるうちに怯えが混じり出す。
「だって」
眉を寄せ、顔を歪めたアンジェはぎゅっと下唇を噛む。
「だって、好感度が見えないんだもの」
「えっ?」
「好感度の数値が分からないから不安になって、魔法と媚薬を使えばみんな私に夢中になってくれるし、体を求められたら嬉しくていっぱいしちゃったの。つまらない勉強よりエッチをするのは気持ちいいし、誰かが一緒にいてくれたら寂しくないから。カッコいい男の子に囲まれるのは、逆ハーレムみたいで楽しいんだもん。病気? 赤ちゃん? 何それ知らないよぉ」
急に幼い子どもの口調となったアンジェは、表情も幼い子どもへと変わる。
「アンジェ、もしかして貴女は……前世の貴女は、何歳だったの?」
「小学六年生、十二歳」
彼女の行動は、とても賢いものではないと思っていたが、まさか小学生だったとは。マリアンヌは「嘘」と小さく呟いた。
「小学生? あのゲームはR指定があって小学生は出来ないんじゃなかった?」
「前の、お姉ちゃんが買ったの。お母さんが病気で死んじゃってから、カインツェ男爵家に引き取られた時に前の記憶を思い出して……鏡を見たらヒロインと同じ顔だし、最初は頭がおかしくなったのかって怖かった」
じわり、アンジェの瞳に涙の膜が張っていく。
「でも、そのうち、勉強は嫌いだけど、ヒロインに転生したなら推しキャラと逢うために学園へ行こうと思ったの。私に強い魔力があることが分かって、お父様は喜んだわ「身分の高い男を捕まえて来い」って。ウィリアムと知り合ったって伝えたら「よくやった」って媚薬をくれて、こうすれば男の子は喜ぶって」
「もう、話さなくていいわ」
これ以上は、聞きたくなかった。思い出させたくなかった。体は成長していても、彼女の精神はまだ幼いのだ。
幼くて、純粋で、それを利用された。実の父親に。
娘を利用する親は、貴族、平民関係なくいるのは知っている。知っているが理解はできない。こんなやり方は許せない。
震えるアンジェは、迷子になった子どものよう。マリアンヌは鉄格子の隙間から手を差し入れた。
「アンジェ、貴女の心は疲れているのよ。ゆっくり休める場所へ行って体と心を癒しましょう。それから、この世界でどう生きていくかを考えましょうね」
安心させるように微笑み、アンジェの頬を包み込むように手を添える。
擽ったそうに細められた瞳から、涙が一滴零れ落ちた。
最終話の予定が長くなったので分けます。




