7. アルディ家の応接室にて
身支度を終えたフィオナが、アルディ伯爵とともに応接室に入ると青年は立ち上がって迎えてくれた。
何度みても惚れぼれする人だなとフィオナは思う。
大きな銀狼と並んで立っているところなんて、まるで絵のように計算された美しさだ。
「お待たせいたしました、アルスカイザー様。フィオナを連れてまいりました」
父に促され、一歩前に進み出たフィオナは礼をとった。これが初対面であったなら、噂の美青年を前にとても緊張していたと思う。
恥ずかしい姿を見せてしまった後では取り繕っても仕方ない。自分らしくするのが自然だろうし、それでもかなり令嬢らしく青年の目には映るはずだ。
それに、この麗しい青年を前にしたら、どんなに美しく着飾っても見劣りするんだろうな……と妙に納得している自分がいる。
「先ほどは名乗りもせずに失礼いたしました。フィオナ・アルディと申します。それに今回のこと、父に知らせてくださってありがとうございます。アルスカイザー様のおかげで、いらぬ騒ぎを防ぐことができました」
本当なら、屋敷に着いた途端に大騒ぎだったはずだ。神殿であったことを説明しても信じてもらえないだろうし、叱られていたことは間違いない。神殿にも行けなくなっていただろうと予想できる。
また、国中の娘を虜にするという噂の美貌を間近に見られたことも幸いした。神とも精霊とも讃えられる青年の魅力に、みんな骨抜きになっている。
辺境に住む者たちにとって、フィオナの失態など些細なことで、青年に会えたことの方がよっぽど大事件だったようだ。素直に感謝することにする。
「いや……。私がここに来たことに意味があったのなら良かった。急いで来たものだから、王宮からの連絡が後になってしまった。こちらの落ち度もある。すまなかった。……フィオナ嬢、今回のことが原因で……神殿に行くのが怖くなったりしていないか」
フリオニールのもったいぶった言い方に神殿での不思議な体験が頭をよぎる。
そのことについて話したいのなら遠回しには言わないはずだ。青年と狼はその話題に触れられたくないのだろうと、フィオナは聞かれたことにそのまま答える。
「とんでもありません! 大好きな場所ですもの。これからも行きたいわ」
フィオナの気がかりな点でもあったので、ここは力説しておく。今回のことを教訓にすれば大好きな場所を奪われることはないはずだ。
「そうか。それなら……良かった。ウォルスも反省している」
フィオナの返事に頷くと、フリオニールはウォルスに視線で合図を送る。するとウォルスが「わふっ」と返事をするので、フィオナは思わず笑ってしまった。動物好きな者の性である。
「ウォルスさんも気にしないでくださいね。フサフサの毛がとても気持ち良かったです」
「……君は、ウォルスが怖くないのか?」
笑顔でウォルスに話しかけるフィオナに、フリオニールは確認するように問いかける。
「怖い? ……大きいからでしょうか? こんなに大人しくて賢そうな狼さんには……初めて会いましたわ。銀色の毛並みもきれいですし、あとでなでさせてほしいくらい」
狼ではない可能性もあるのだが、動物の姿をしていれば怖さは薄れる。毛皮を纏っている動物はなおさら……可愛い。
「……そうか、平気なのか。珍しい」
二人が和やかに会話しているのを眺めていたアルディ伯爵が、立たせたままだったフリオニールに腰掛けるようにと椅子を勧めた。
「気遣いありがとう、伯爵。それなら、フィオナ嬢に庭を案内してもらいたいのだが、いいだろうか? 普段はゆっくり散歩することができないものでね」
返事を返したフリオニールがフィオナに視線をゆっくりと移す。その鋭い視線に、フリオニールは神殿で起こった不可解なことを説明しに来たのだとフィオナは確信する。
アルディ伯爵は苦笑を浮かべると、それでも朗らかに頷いた。フィオナに案内するように促してくれる。
フィオナも了承し、日が傾き始めるにはまだ時間がある美しい庭に、二人と一匹は連れ立って出ていく。
フィオナは何を聞かされるのか不安はあったが、興味もあった。大好きな神殿で起こったことならば、きちんと知っておきたい。知らないから不安になるのだ。お父様やお兄様なら知っているのかもしれないと思うと、少し寂しい気持ちもある。
でも今回のことで、フィオナも神殿の秘密を共有することになるかもしれないと考えると嬉しい。
フィオナは、密かな闘志を抱いて青年と狼を庭に誘った。