6. 少女の困惑
「エルも教えてくれようとしてたのに……。油断していたわ」
そうなのだ。
ギードの森の不思議な力、結界を張った張本人である宮廷魔導士のフリオニール・アルスカイザーだけは森にも王家の神殿にも自由に立ち入ることができる。
(でも、おかしいわよね。お父様のところに連絡もなかったし……。王家の神殿というより、薄暗い地下のようなところにいたわけだし……。そうよ! 石碑が消えていたのよ。それに悪魔がいたんだもん)
たくさんの疑問が浮かんでくるが、答えは出せないままだ。お父様に聞いてみるしかないと思う。
(この格好をみたら、お父様もシドもびっくりするわよね……)
今の自分の姿を見た伯爵家の人たちの反応を思うと頭が痛い。老齢に差しかかった執事のシドにいたっては倒れないかとても心配だ。
ギードの森の外で待機していた護衛と合流したフィオナは、顔を赤くし慌ててマントをかしてくれた護衛とともに伯爵邸に急いで帰ってきたのだが……。
伯爵邸の玄関の前には、家政婦長のマーサが体をすっぽり覆うマントを用意して待っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。こちらをどうぞ。さぁさぁ着替えましょう」
お待ちしておりましたよ、と体を隠すようにマントをかけてくれる笑顔のマーサに、フィオナは戸惑いながら問いかける。
「……。準備がいいのね。それに、……驚かないの?」
「お知らせしてくださった方がいるのですよ。本当にありがたいことですね」
「お知らせしてくださったって……どなたが?」
「宮廷魔導士のフリオニール・アルスカイザー様ですよ! お嬢様、お会いになったんでしょう。今、旦那様と応接室にいらっしゃいます」
「えっ! なんで?」
美貌の青年は、王家の神殿に置き去りにしてきたはずだ。
「それはもう、お美しくて……。神のような精霊のようなと讃えられる方を間近に見られて、マーサは幸せ者でございます。屋敷の者たちも騒いでおりましたよ」
うっとりと夢見る少女のような表情になったマーサを筆頭に、フィオナの着替えを手伝ってくれるらしい侍女たちもうっとりしている。マーサは控えめに言ったが、大騒ぎだったのだろう。
「背が高くていらっしゃるから、赤と金色の瞳で見下ろされた時はゾクッとしましたわ……」
「噂の通り、赤い瞳の銀狼を連れているんですよ。孤高の人って感じの雰囲気が素敵です……」
しかも、青年が屋敷の女性たちの心をすでに掴んでいることに驚く。フリオニールの姿を見られたのは応接室に行くまでの短い時間しかなかったはずだ。
(いつのまに! その人は悪魔かもしれないんだよ……)
あやうく口にだしかけた言葉を飲み込んだ。誰も信じてくれないだろうけど、いきなり悪魔なんて言ったら失礼だろうし……。神殿での自分の態度を振り返る。
一応、確認してみることにする。
「お話ししたの?」
「いいえ! 私たちのような使用人に声をかけてくださるわけないじゃないですか。いつものようにお客様をお迎えしただけで、こっそりと……」
「フィオナ!」
そこへ父が自分を呼ぶ声が聞こえ、フィオナは声がした方を向いた。
「なんと……。まぁ……うん。怪我はないか?」
大きなマントで体をすっぽりと隠されているので、ボサボサの頭しか見えていないだろう父は、怒りとも情けないとも心配ともとれるような微妙な表情を浮かべながら問いかけてくる。
マントに隠された部分が見えていたら、それこそ大目玉だろう。知らせてくれた青年に少しだけ感謝した。
「ごめんなさい、お父様。心配させてしまって……。怪我はないので大丈夫よ。それよりも、アルスカイザー様がいらっしゃって、私のことを知らせてくれたって聞いたわ」
「ああ、そうだよ。お前の乱れた格好は自分のせいだから叱らないでやってほしいと、わざわざ伝えに来てくださった。フィオナにも謝りたいとおっしゃって待っておられる。忙しいお方だ。急ぎなさい」
「わかりました。お父様に聞きたいことがたくさんあるのだけれど、後にするわ」
フィオナも謝らなければいけないことがたくさんある。今は着替えを済ませることが先だ。令嬢らしい姿を見せないと、きちんと学ばせてくれたお父様に申し訳ない。
フィオナは、父の言うことに素直に従うことにして自室へと急いだ。