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3. 気まずい出会いにため息を

 一瞬だった。


 いつのまにかフィオナは、床に足を着いてしっかりと立っている。浮遊感を感じただけで衝撃を感じなかったし、どこも痛くない。

 思わず瞑ってしまった大きなアメジスト色の瞳を開くと、フィオナはおそるおそる辺りを見回した。


 洞窟のようなでこぼこした壁沿いに松明が灯されている。薄暗さはあるが周りの様子はわかる。床には磨かれた石が敷き詰めてあるので人が手を入れた場所なのだろう。


(ここは……。神殿の下なの? こんな場所があったなんて)


 石碑があるはずの場所に近づいた時に落ちたのだ。上を見ても自分が落ちてきた穴がないことは気づいているけど、そうだろうと推測するしかない。


(もしかして……守りの神様を祀ってあるところとか)


 たびたび一人で神殿を訪れていたフィオナだ。一人でいることは怖くない。薄暗い場所であったが、祭壇も守りの神様も見たことがないフィオナは、だんだんと恐怖心よりも好奇心が勝ってきた。


(どんな姿をされているのかしら。ここにいても仕方ないし……)


 フィオナは自分のいる場所から見える片側だけにある扉に近づいていった。いきなり開けるのはさすがにためらわれたので、扉の前で様子を伺う。すると、ボソボソと話す低い声が聞こえる。



「……契約成立だ。これでお前は私の主。お前の魂が私の体にある限り、誠実に仕えることを約束しよう」


「ふん、偉そうに。二度目だぞ、二度目。悪魔と繰り返し契約ができるのかと父上も驚いていたぞ」


「仕方ないだろう。契約を結んだ時のお前は子どもで、魔力も魂も小さすぎた。死んでしまう可能性もあったんだ。お前の魔力量が莫大に成長した今では、私の体に預けられたお前の魂は欠片であっても力が漲っている。お前が死ぬまで無くなることはない。信じろ」


「召喚した悪魔は、主には忠実だと聞く。嘘ではないのだろうが、信じられん……」


 扉の向こうで交わされている会話は何とも物騒だ。


 フィオナは扉から一歩離れたが、静けさに慣れた耳からは聞きたくないのに勝手に続きが聞こえてくる。


「まぁ、いいじゃないか。お前は不死身となり私の力を利用することもできる。大いに魅力的だろう。だから再契約を望んだ、違うか」


「国を守るためにだ。国のためとはいえ、お前の本当の姿を見るのもごめんだ。命を削ってるんだ。これで最後だからな」


「俺様の美しい姿を見たくないとは……。高位の悪魔はみな美しいのだぞ。人間なんか足元にも及ばん。そもそも……」


「さっさと行くぞ」

 強引に話を打ち切るような声がした瞬間、扉がいきなり開いた。



 とっさのことに対応しきれなかったフィオナは扉の前で固まった。開いた扉に目を向けるだけで精一杯だ。扉を開けたのはフードつきの黒いローブを着た長身の男。男の背後には四つ足の大きな獣が見えた。


「なぜ人がいるのだ……」

 男は形のよい口を動かし呆然としながら呟くようにもらした。


 正直フィオナも同じことを思った。なんで人がいるのよと。ついでに思わず口から出てしまった言葉も自然だったと思う。


「あっ、悪魔! こっち来ないで!」


 声が出たことで動けるようになったフィオナは、距離をとるために駆け出そうとした。恐怖ですくんでいた足はかろうじて動いてくれたが思うように動かず、もつれた足でドレスを踏んで倒れこんでしまった。


 乗馬用に着ていた簡素なドレスがビリビリと破れる音が聞こえたが命には代えられない。魂を食う悪魔が目の前に現れたのだ。逃げなければ!


「グルルルルルッ」


 急いで体を起こそうとした時、獣が呻くような声と一緒に体に何かがのしかかってきた。男の背後にみえていた獣がフィオナの背中を押さえつけているようだ。


(もうダメ!)

 フィオナは死を覚悟し、その瞬間が訪れるのを待った。


 ふさふさとした長い毛に包まれながらじっとしていたフィオナだったが、獣は男の指示を待つかのようにじっとしている。のしかかる獣の体は思ったよりも軽く、全体重で押さえつけられる、というよりは優しく包まれている感触なのが心地よい。このような状況でなかったら、ふさふさの毛を堪能したいところだ。


 獣の荒い息遣いが耳元で聞こえる状態のまま、フィオナはおそるおそる獣の体の下から男を見上げた。


 若い男のようだ。


 フードの隙間から、青年の鋭い双眸がフィオナにまっすぐ向けられていた。松明の薄暗い明かりの中でも青年の目は光を失わず、光を反射して妖しく揺らめいている。祀られている神が現れたのではないかと思うほど、青年は美しかった。


 悪魔には見えない。いや先ほど悪魔が言っていたではないか、悪魔は美しいと。


 青年はフィオナの姿を認めて目を瞠った後、顔をしかめたのがフィオナにもわかった。フィオナとしばらく見つめ合った後、大きく息を吐いた。


「……ウィルフレッドと同じ髪色と瞳をしているようだ。離してやれ。アルディ家の者だろう。……違うか?」


 最後の方はフィオナに向けた言葉だった。

 フィオナが頷いて肯定すると、獣はフィオナから離れ青年の隣に移動した。獣は大きな狼のようだ。


「さて、どうするか……」


 青年は目を伏せ自嘲するように言葉を発すると、隣にいる狼に目を向けた。青年の視線がそらされたことで、フィオナも詰めていた息を吐いた。


(私を食べる相談? でもでもお兄様も私の家のことも知っているようだし……。ていうか、狼がしゃべってるのっておかしくない!)


 兄の名前が男の口から出てきたことで少し落ち着いたらしい。

 悪魔なのか人間なのか、もしかしたら神なのか……。正体ははっきりしないが、兄の知り合いらしい目の前の青年と狼にツッコミたい。


(あなたたち何者なの? なんで当たり前に話しているの?)


「ここにいても仕方ないだろう。戻るぞ……」

 青年はため息をつきながら狼にそう告げた。不服そうだが、とりあえず話は終わったらしい。


 眉間にしわを寄せた青年が近づいて来るとフィオナの前で跪いた。美しい顔がフィオナに寄せられ、覗きこんでくる。


「立てるか?」


 青年の言葉に、倒れこんでいたままでいたことにようやく気がついたフィオナは、特に痛みを感じるところはなかったので、首を縦に何度も振り頷いた。


「大丈夫そうです……あの……」


「……行くぞ」


 話を打ち切るように、いきなりフィオナの二の腕をつかむと青年は立ち上がった。つられるように立ち上がったフィオナを引き寄せ自分に密着させる。そして青年は憮然とした声音で言った。


「気分が悪くなるかもしれんが我慢しろ」

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